第3話 吸魔石
「へえ、魔力を操作する方法ってこんなにあるんだ。でも、どれも難しそうだな……」
魔法書には魔力操作の技術を磨く方法がいくつか書き込まれており、瞑想を行って精神力を磨いて魔力を感じ取る方法、または他の魔術師に協力してもらい、体内の魔力を引き出す方法も書かれていた。
「瞑想の場合だと魔力を感じ取れるまで相当に時間が掛かりそうだな……魔力を引き出してもらう方法というのも気になるけど、師匠は協力してくれないだろうな」
瞑想はともかく、他の魔術師の協力が必要な鍛錬方法は実践できない。レノの師であるアルは彼が魔法を覚えることに否定的であるため、正直に話しても協力はしてくれないだろう。
そもそもアルは人間に魔法の使い方を教える方法は知らないと言っていたため、魔法書に記されている他の人間の魔力を引き出す術自体を知らない可能性もあった。そう考えたレノは他に方法がないのかと魔法書を確認すると、水晶玉の絵が記されていた。
「あれ?なんだこれ……水晶玉?」
魔法書に記されている水晶玉を見てレノは不思議に思い、水晶玉の下の部分に書かれている文字を見て解読する。
「……吸魔石?」
水晶玉には「吸魔石」なる名前が付けられており、魔石と聞いてレノは思い出す。魔石とは特殊な鉱石を加工して作り出される水晶であり、外見は宝石のように美しい。そして魔石は魔法の力を高める効果があると聞いたことがあった。
魔法書に記されている水晶玉は「吸魔石」という名前の魔石らしく、文章を読み進めると名前の通りに触れるだけで魔力を吸い上げる機能を持つ魔石だと判明した。
「魔力を吸収する魔石か……あれ?でもこれって何処かで見たことがあるような気がする」
吸魔石の絵を見てレノは自分が前に同じ物を見た気がしたが、すぐに彼は思い出す。
(そうだ!!これは前に倉庫で見かけた奴だ!!)
レノとアルが一緒に暮らす家から少し離れた場所に小屋が存在し、現在は倉庫代わりに利用している。半年ほど前にレノはアルと小屋の中を掃除していたのだが、その時に吸魔石らしき物を発見していた。
掃除をしていた時はただの水晶玉だと思って特に気にも留めなかったが、アルはレノが水晶玉に触ろうとしたら慌てて引き留めた。
『馬鹿!!それに触れるんじゃねえ!!』
『え?でも……』
『そいつは俺が片付けるから外に出てろ!!』
水晶玉に触ろうとしただけでアルは血相を変えてレノを引き留め、彼女が代わりに水晶玉を片付けた。レノはアルの態度を思い出して倉庫に保管されている水晶玉の正体は「吸魔石」ではないかと考える。
『師匠も魔術師なんだから魔石を持っていてもおかしくはない……あの倉庫を探せば見つかるかも!!』
レノは魔法書を閉じて窓の外から倉庫代わりに利用している小屋に視線を向け、今夜アルが寝た後に忍び込むことに決めた――
――夜を迎えるとレノはアルが眠ったのを確認し、こっそりと倉庫小屋へ向かう。運がいいことに小屋には鍵の類はないため簡単に中に入ることができた。事前に用意していたランタンに火を灯してレノは小屋の中を確認する。
「えっと……何処にあるんだろう」
小屋の中には様々な道具が置かれており、その中には弓矢の類もあった。森の中で暮らしているので食料を得るためには狩猟は必須であり、レノも狩猟の技術を教わっていた。
「あ、この弓……師匠のだ」
アルは漆黒の弓を取り扱っており、狩猟を行う際は獲物を外したことは一度もない。レノも弓の練習はしているが中々上達せずに的に当てることもままならない。
エルフは森や山などに好んで暮らす種族のため、彼等は幼い頃から森で生きていくための知識と技術を伝授させる。だからエルフの殆どは狩猟の際に多用される弓を得意としており、アルも弓の名手だった。
「俺もいつか師匠のように一人で狩猟できるようにならないとな……って、今はそれどころじゃなかった」
自分の弓の腕が中々上達しないことにレノは落ち込むが、すぐに倉庫へ来た目的を思い出して吸魔石を探し出す。こんな場面をアルに見られたら大変のため、できる限り音を立てないように慎重に探していると遂に目的の物を見つけた。
「あった!!こんなとことに置いてたのか……」
前にレノが触れようとしたのを見て心配に思ったのか、アルは吸魔石を倉庫の奥の方にしまっていた。木箱の中に布に包んで隠されていた吸魔石を見つけ出したレノは緊張した様子で水晶玉に手を伸ばす。
(これが魔法書に書いてあった吸魔石だとしたら触れた途端に魔力が吸収されるはず……)
覚悟を決めたレノは水晶玉に人差し指を触れると、しばらくの間は何もせずに様子を伺う。だが、特に身体に異変は起きず水晶玉にも変化はない。
「あれ?」
不思議に思ったレノは今度は人差し指だけではなく掌を押し付けてみるが何も起きなかった。
「何も起きない……これは吸魔石じゃなかったのかな?」
水晶玉に触れても何も起きないことにレノは半分安心したがもう半分は残念に思う。吸魔石がなければ魔力を感じ取ることはできず、魔法を覚えることができない。
とりあえずは木箱の中に水晶玉を戻そうとレノは両手で掴む。だが、木箱から取り出す際は布に包んだままの状態で触れていたが、この時は布を解いていることを忘れてレノは水晶玉を両手で直に掴んでしまう。すると先ほどまで何も変化が起きなかった水晶玉に異変が生じる。
「あれ?なんだこれ……光ってる?」
両手で水晶玉に触れた途端にレノは違和感を抱き、水晶玉を覗き込むと淡く光っていることに気が付く。
「何だ!?」
水晶玉の異変に気付いたレノは手を放そうとしたが、磁石の様に掌がくっついて離れない。無理やりに引き剥がそうと力を込めようとしても何故か上手く力が入らない。
(何だこれ……力が出ない!?いや、まるで……吸われている!?)
触れている間も水晶玉は光り輝き、嫌な予感を抱いたレノは水晶玉を振り回す。触れているだけで体力が奪われていく感覚を抱き、このまま水晶玉を持ち続けたら大変なことになるのだけは間違いなかった。
(駄目だ!!離れない……それなら!!)
いくら振り回しても水晶玉が離れないのでレノは方法を改め、水晶玉を取り出した木箱に視線を向けた。彼は全力で水晶玉を振りかざすと、木箱の角の部分に水晶玉を叩きつける。
「このっ!!」
水晶玉を引き剥がせないのであれば壊すしかないと思ったレノは木箱にぶつけると、水晶玉は衝撃を受けた途端にレノの手元から離れて跳ね返る。この時にレノの顔面に水晶玉が衝突して彼は後ろ向きに倒れ込む。
「いだぁっ!?」
顔面に水晶玉が当たったレノは鼻血を噴き出して床に倒れた際に背中を痛めた。どうにか痛みを堪えながら起き上がると、彼の足元に弾き飛んだ水晶玉が転がってきた。
水晶玉を壊す勢いでレノは木箱に叩きつけたつもりだが、水晶玉は掠り傷ひとつなかった。鼻血と涙を流しながらレノは水晶玉を見下ろし、もしも水晶玉を手放していなかったらと考えるだけで背筋が凍り付く。
「やっぱりこれが吸魔石だったんだ……」
半年前にアルがレノに触れさせようとしなかった理由が判明し、ひとまずは落ちている布を拾う。布越しならば触れても平気なのは最初に確認済みであり、慎重に水晶玉を布に包み込んで木箱へと戻す。
「……今日はもう寝よう」
水晶玉に少し触れた程度でレノの体力を殆どなくなり、何とか自分の部屋に戻るとベッドに横たわった途端に眠りにつく――
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