魔法使いじゃなくて魔弓使いです
カタナヅキ
第1話 エルフに拾われた少年
――薄暗い森の中で一人の少年が歩いていた。身体中が汚れており、意識も朦朧としていた。
「はあっ、はあっ……誰か、助けて」
虚ろな瞳で少年は森の中を歩き続けるが遂に体力の限界を迎えたのか倒れてしまう。すると少年が倒れた途端に彼の後方から足音が鳴り響く。
「ギギィッ!!」
「ううっ……!?」
少年を追いかけるように現れたのは全身が緑色の皮膚に覆われた人型の生物であり、背丈は小さいが醜悪な形相をした化物だった。化物の手には木の枝と石を蔓で括り付けた自作したと思われる石斧を持っていた。
化物は倒れている少年を見て笑い声のような鳴き声を上げながら近付く。石斧を片手に自分に近付いてくる化物の姿を見て少年は殺されると思ったが、何者かが少年と化物の間に割り込む。
「失せろ!!」
「ギィアッ!?」
「えっ……!?」
何者かは少年を襲おうとした化物に対して杖のような物で殴りつけ、それを見た少年は驚愕の表情を浮かべる。こんな森の中で自分を助けてくれる人間が本当にいた事に驚き、改めて化物を殴り飛ばした人物の顔を見てさらに度肝を抜く。
(この人……人間じゃない!?)
少年を助けた人物は金色の髪の毛を肩の部分まで伸ばし、人形のように整った顔立ちに宝石のように美しい碧眼の女性だった。一目見ただけで少年は彼女がただの人間ではないと悟り、彼女の正体は「エルフ」と呼ばれる種族だと気が付く。
エルフは人間とは異なる種族であり、絵本などにもよく出てくる存在だった。エルフは人間と比べて優れた容姿をしており、金色の髪の毛と碧眼が特徴的で他には緑の自然を愛する存在だと絵本では描かれていた。
(この人は男……いや、女の人なのかな?)
エルフは中世的な顔立ちをしているのも特徴の一つのため、レノは最初に見た時は男性か女性か分からなかったが、体つきを見る限りはどうやら助けたのは女性のようだった。女性のエルフは怪物を殴り飛ばすとため息を吐きながら倒れている少年に視線を下ろす。
「おい、生きているか?」
「……あ、あの、助けて……ください」
「安心しろ、人間とはいえ子供を見捨てるような真似はしない」
「ギィイッ……!!」
いきなり現れたエルフの女性に少年は戸惑うが、彼女に殴りつけられた怪物は怒りの表情を浮かべて立ち上がる。それを見てエルフは手に持った杖を構えると、怪物は怒りのままにエルフに飛び掛かった。
「ギィイイッ!!」
「ちっ……吹き飛べ!!」
「うわっ!?」
自分に向かってきた怪物に対してエルフは杖先を構えた瞬間、強烈な突風が発生して怪物の身体を遥か上空に吹き飛ばす。
――ギィアアアッ!?
森の中に怪物の悲鳴が響き渡り、強烈な風圧によって空の彼方へと消えていく。その光景を見たレノは唖然とするが、エルフは一息吐くと少年に振り返る。
「もう大丈夫だ」
「あ、あの……」
「怪我をしているな、すぐに治してやる」
少年はエルフに抱き抱えられ、ようやく自分を助けてくれる人物と出会えたことに安堵した途端、意識を失ってしまう――
――それから一年後、少年はエルフの女性の元で暮らしていた。彼は両親と共に他の街に引っ越すために馬車に乗っていた。しかし、森を通り過ぎようとした際に怪物に襲われて両親を殺されてしまった。
両親を殺した怪物は「ゴブリン」と呼ばれる生物で森の中で少年を追いかけていた化物の正体だった。ゴブリンは魔物と呼ばれる動物とは異なる進化を遂げた種であり、その危険性は並の動物の比ではない。
殆どの魔物は人間に対して強い敵意を抱いており、人類にとっては最大の天敵と言っても過言ではない。少年の家族がそんな魔物と偶然にも遭遇したのは不運だとしか言えず、身寄りが亡くなった少年はエルフに引き取られて一緒に森の中で暮らす。
「レノ!!お前また勝手に私の部屋に入ったな!!この悪ガキめ!!」
「あいてっ!?」
エルフは少年のことを「レノ」と呼び、この名前は彼の元々の名前ではない。エルフは少年を拾った時に新しい名前を授けた。理由はエルフは本来は人間と交わることを禁止されており、本来であれば人間と一緒に暮らすなどご法度だが子供の彼を見捨てることはできず、仕方なく彼を自分の弟子として育て上げることにした。
レノを救ったエルフは人間は嫌いだが子供を見捨てるほどの人でなしではなく、亡くなった両親の代わりにレノの面倒を見ることにした。エルフは弟子を作る際に新しい名前を授ける風習があるため、エルフは彼に「レノ」という名前を与える。エルフは自分のことを「アル」と名乗り、レノには自分の事を「師匠」と呼ぶように厳命する。
「い、痛いよ師匠……何も殴らなくてもいいじゃんか」
「何度も言ってんだろうがっ!!どうせお前にこの本は読めないんだよ!!」
一緒に暮らし始めてからレノはアルの部屋に度々忍び込み、彼女が大切に保管している本棚の本を何度も盗み読もうとした。しかし、何度やっても最後はアルに阻止されて本を奪われてしまう。
――エルフは魔法が扱える種族として有名であり、彼等は全員が生まれた時から風を操る魔法を身に着けているという。実際にアルもレノを助ける際に風の魔法の力でゴブリンを吹き飛ばしており、そんなアルの姿を初めて見た時にレノは彼女の様に魔法を扱えるようになりたいと思った。
人間でも修行を重ねれば魔法を扱えるようになると聞いたことがあり、レノはアルの部屋にある本を読めば自分も魔法を使えるのではないかと考えた。実際にアルの部屋にある本棚の中には魔法に関係すると思われる書物がいくつか置かれており、それらの中には魔法を覚える方法も書いてあるのではないかとレノは推察する。
「お願いだよ師匠!!俺に魔法を教えてよ!!」
「だから無理だって言ってんだろうが!!私の場合はエルフだから生まれた時から風を操れたんだ!!だから他人に魔法の使い方を教えたことなんてないんだよ!!」
「そんな……」
「あのな、私だって別に意地悪で教えないわけじゃないんだ……せめてお前がエルフだったらな」
「うっ……」
アルはレノに魔法を教えないのは彼女も人間が魔法を使う方法など知らないからであり、エルフの扱う魔法と人間の扱う魔法は根本的に異なる。エルフの扱う風の魔法は人間には決して真似できず、だからアルもレノに魔法を教えることはできなかった。
「私に憧れて魔法を使いたいと言ってくれたのは嬉しいけどね、どんなに頑張っても無理なもんは無理なんだよ。だからもう諦めるんだよ」
「……いやだ!!師匠は知らなくても人間だって魔法を扱える方法はあるんでしょ!?それなら俺は絶対に諦めない!!」
「たくっ、強情な奴だねお前は……分かったよ。そこまで言うのならこれを貸してやる」
「えっ!?」
レノの強情さにアルは諦めたかのように一冊の本を取り出し、その本は何度もレノが彼女の部屋に忍び込んで盗み読みしようとした本だった。アルはため息を吐きながらレノに本を差し出す。
「そんなに読みたいのならこれを読みな。この本だけは前に人間から買った魔法書のはずだ」
「魔法書?」
「普通のエルフはこんなもんは読まないけどよ、私のおふくろは変わり者で人間の魔法を研究してたんだよ。おふくろが死んだときに親父が殆どの魔法書はは処分したんだが、その本だけは私が貰ったんだ。そいつはおふくろの形見だからね」
「形見!?そんな大切な物を俺は勝手に……ご、ごめんなさい!!」
知らず知らずにレノはアルの母親の形見の本を勝手に取ろうとしていたことを知って謝罪するが、アル本人は全く気にしておらずレノに本を貸す。
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