第23話 キーランの誕生日

「あっちの席の人が食べてるパフェ、美味しそう……」

「……」

「あら、パンケーキもオススメなのね」

「……」

「でもタルトも食べたいわ。うーん……。……よし。全部頼んじゃおう!」


向かいの席では、金髪の少女が次々甘いものを平らげていく。

それまで黙っていた少年……いや、青年は耐え切れずに口を開いた。


「食べ過ぎじゃないですか、姉さん」

「へ?」


きょとんとした顔でチーズケーキを頬張る小さな姉の姿に、キーランははぁ、と溜め息を吐いた。


「ちょっと休憩しようってこの喫茶店に入ったのがほんの十分前ですよね。何ですかこの有様は」


二人の間には白い円形のテーブルがある。キーランの元にあるのはコーヒー一つ。一方、アルマの元には空になった皿が山積みになっている。

アルマはチーズケーキをぺろりと平らげると、高く積まれた皿のてっぺんにまた一枚皿を重ねた。


「キーランも食べたら?」

「見てるだけで胸焼けするので大丈夫です。そんなことより、姉さん……肥えました?」

「嘘!?」

「ほっぺたが丸いですよ。どうせ向こうでも甘いものばっかり食べてたんでしょう」

「ほっぺが丸いのは子供の姿だからよ! 太ってなんてないから。……あ、パフェとパンケーキとタルトください。ついでにモンブランも」

「……」


ごく自然に給仕に注文をするアルマの姿に、キーランはすっかり呆れ顔になった。


「今日は俺のために時間を作ってくれたんですよね。姉さんが一番楽しんでません?」


アルマは運ばれてきたパフェをスプーンで掬うと、テーブルから身を乗り出し、キーランの口に突っ込んで黙らせた。


「んぐっ……何するんですか」

「細かいことはいいでしょ? 今日は誕生日なんだから、ただ楽しめばいいの」


アルマはにっこりと笑う。

キーランは甘ったるいクリームをごくりと飲み込むと、溜め息を零した。


「……しょうがないですね。誤魔化されてあげますよ」


アルマは毎年、キーランの誕生日にはキーランのリクエストに応じたプレゼントを贈っていた。

しかし今年はエイベルのことで頭がいっぱいで、キーランの誕生日を直前まで忘れていたのだ。そこで慌てて何が欲しいかと手紙を送ったところ、『買い物に付き合って欲しい』との返信が来た。

こうして二人は街にやってきたというわけだった。


キーランはアルマの食べっぷりを観察しながら問いかける。


「最近、何か変わったこととかありましたか」

「そうねえ。この間プロポーズされたわ」

「……はい!?」


ガタッ、とキーランが身じろぎした衝撃でテーブル上に積んだ皿が揺れる。アルマは咄嗟にそれを押さえた。


「だ、誰に……ですか」

「十歳くらいの子供よ。エイベルのいとこなんですって。可愛いわよね」

「ああ、子供ですか。そうですか……」


キーランは心を落ち着けようとティーカップに手を伸ばした。そしてコーヒーに口を付ける。


「それで最近思い出したんだけど。キーラン、あなた昔、私にプロポーズしたわよね」


その一言でキーランはコーヒーを吹き出した。


「キーラン!?」


キーランはゴホゴホと激しく咳を繰り返している。そして口元を拭うと赤い顔を向けた。


「な、何を……!」

「大きくなったら姉さんと結婚するーって言ってたじゃない」

「何でそんなこと覚えてるんですか!」


冷静なキーランが珍しく真っ赤だ。口では勝てないキーラン相手に優位に立てたことが嬉しくて、アルマはニヤリと笑った。


「私が『エイベルと結婚するから無理!』って言ったら拗ねてたわよね。あれ、可愛いかったわ~」

「子供の頃の話でしょう! もうやめてください……」


キーランが顔を覆って震えている。どうやらこの勝負、アルマの勝ちのようだ。


「昔は人見知りが酷くていつも私の後ろに隠れてたくせに、今じゃこんなに大きくなって。お姉ちゃんは感慨深いわ〜」


戦闘不能に陥ったキーランの頭にポンポン、と慰めるように触れた。

キーランも今日で十七。風貌からして、もう少年というよりは青年だ。元々それほど背が高い方ではなかったが、最近になって一気に背が伸びたようだ。しばらく離れていたせいか、尚更それを実感する。


「そういえばキーランの浮いた話は聞かないわね。好きな令嬢くらいいるんじゃないの? ねえ、どうなの?」


アルマはエイベルをつついた。しかし反応がない。


ツンツン。

ツンツンツン。

ツンツンツンツン。


「やめてくださいよ」


そのときキーランはようやく顔を上げ、アルマの攻撃をガードした。まだ顔は赤いままだ。


「どんな子が好みなの? やっぱりレイラ嬢みたいな綺麗な子? それともチェルシーみたいな可愛い系?」

「言いません」

「『ありません』じゃなくて『言いません』なのね。好みのタイプはあるのね。教えなさいよ〜」

「しつこいですよ……」


それまでアルマは冗談めかした調子だったが、腕を組むと幾分か真剣な顔になった。


「キーランももう十七でしょう? 婚約は早ければ早いほどいいわよ。見てよこの私を。十九歳になった途端に感じ始める二十歳へのプレッシャー。嫁き遅れというレッテルへの恐怖を……」


アルマはフッと笑う。

そして一気に憂鬱な顔になった。


「まあ、今や結婚どころじゃなくなったんだけどね。この身体でいる限り恋愛なんて夢のまた夢よ……」

「だいぶ病んでますね」

「好きな人がすぐ側にいても絶対に振り向いて貰えない辛さ、キーランにはわからないでしょ……」

「……」


テーブルに突っ伏してしまったアルマをキーランはじっと眺めた。そして、ぽつりと呟いた。


「じゃあ、ずっとウチにいたらいいじゃないですか」

「え?」

「姉さんがいると何だかんだ面白いですし、姉さんは侯爵邸に欠かせない……愉快なインテリアみたいなものだと思うんです」

「愉快なインテリア!?」


生まれて初めて聞く褒め言葉だ。……いや、悪口か?

アルマは口を尖らせた。


「やめてよ。そのうちキーランも結婚するでしょうし、ずっと家に居座るわけにもいかないでしょう? そもそも、私はエイベルと結婚するつもりなんだから」


確固たる意思でそう告げると、キーランはスン……と真顔になった。


「まだ諦めてないんですか。まあ、せいぜい頑張ってください」

「言われなくても」


アルマは決意を示すようにパフェを食べ進める。

しかし最後に注文したモンブランを食べきれず、結局キーランに食べてもらうこととなった。そして「本当に計画性がないですね」と言われる羽目になったのだった。

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