07 王子様と決闘(前半)
ラシュレー家の応接間のソファに、わたくしと同い年の六歳で、艶やかな黒髪黒目、整った顔立ちの王子様が腕組みをして座っていらっしゃいます。
……その表情は憮然としたもので、わたくしに婚姻の打診をしに来たのは自分の意志ではないと、一目でわかりますの。
ソファの傍らには、派手な紫色の髪をロングで垂らした、すらりとした女性が立っています。純白の騎士鎧を着けていますから、護衛の騎士様なのでしょう。
その騎士様が、手で王子さまを示しました。
「こちらのお方が、ロラン・ランボーヴィル・レヴェイヨン様でございます。アタシは護衛騎士のヴァレリー。以後、よろしくお願いいたします」
「お初にお目にかかります。わたくし、レオノル・リュドア・ラシュレーですの。よろしくお願いいたしますわね、ロラン様、ヴァレリーさん」
いちばんいいドレスのスカートをつまんで、淑女らしくご挨拶。ブリジットに仕込まれましたから、それなりに様になっているはずですの。もちろん、笑顔も忘れずに。
にっこり笑顔のわたくしを見て、ロラン様は「ふんっ」と鼻を鳴らし、そっぽを向きました。
……なんですの、このおガキ様は。釣り上げた頬にぴくっと来ますわねぇ。
ヴァレリーさんはロラン様を窘めもせず、懐から封筒を取り出しました。見るからに高そうな紙を使って、真っ赤な封蝋には立派な印璽が押されています。
「ラシュレー辺境伯。ルネ・ランボーヴィル様より、手紙を預かって参りました。別室にてお確かめいただけますか?」
「王の愛妾から、ねぇ。ルイーズ、どうする?」
「どうせ当たり障りないご挨拶しか書いていないでしょう。本当に伝えたいことは、あなたが言付かっているのではなくて? "
"蝮竜"? なんか、カッケェ二つ名をお持ちなようですの。
ヴァレリーさんは切れ長の瞳を弓の形にして微笑み、うなずきました。
「さすがは百戦錬磨の冒険貴族、ラシュレー夫妻でございます。ええ、もちろん、本当に大切なお話は、アタシが言付かっておりますとも」
「どうせ、面倒な政略だろ? ……とはいえ、聞かないわけにはいかないか。ブリジット、レオノルとロラン様を見ていてくれ。レオノル、大人しくロラン様とお話をして待っていなさい。同い年だし、話も合うだろう。いい子にしているんだぞ。絶対に」
「ええ、いい子にしていてね、レオノル。くれぐれも。くれぐれも、ね?」
そんなに何度も念押ししなくても、わたくしはいつだっていい子ですけれど。釈然としませんわねぇ。
お父様とお母様がヴァレリーさんを連れて部屋を出て行かれます。……わたくしとロラン様の婚約の話ですのに、当のわたくしたちを放って大人だけで密談というのも、釈然としないポイントですの。
とはいえ、わたくしたちはまだ六歳の子供。それも仕方ないのでしょう。視線を正面に向けて、対面に座るロラン様に微笑みかけます。ここは、精神的には年上であるわたくしが会話をリードして差し上げるべきでしょう。
「えーと……。今日は天気がいいですわね、ロラン様」
「……」
無視。無言。
このおガキャア……。ま、まあ、いいでしょう、この程度ではくじけませんとも。
「ロラン様は、ご趣味はございます? わたくしは食べることと、寝ることですけれど」
「……はん」
めちゃくちゃ見下されて、鼻で笑われましたわ!?
「……はぁ。わざわざ辺境まで来た挙句、こんなちんちくりんと婚約だなんて。俺もとことん運がないな」
ち、ちんちくりん? ようやく、意味のある言葉を発したと思ったら、ちんちくりんですって!? あらやだ、このクソガキ、態度が悪いですの!
「わ、わたくしだって、あなたみたいな礼儀を知らないおちびさんは、眼中にはございませんけれど!」
「レオお嬢様、どうか冷静に――」
ブリジットが言葉を差し込んできますけれど、ロラン様がぎらりとわたくしを睨みつけて、大声で遮ります。
「ち、ちびって言ったか!? 俺のこと! 背は俺のほうが高いだろ、見ればわかるじゃないか!」
「いいえ、わたくしのほうが高いですわ! ぜったい!」
ソファを飛び降りて、ロラン様に背中を向けます。
「さ、ロラン様。背中合わせに立ってくださいな。そうすれば、どちらの背が高いか一目瞭然ですの! ブリジット、測ってください」
売り言葉に買い言葉。ロラン様もソファを降り、背中合わせにお立ちになります。……かかりましたわね! ふふん。ブリジットはわたくしの味方! わたくしのほうが高いと言ってくれるに違いありませんの! 勝ったな! ガハハ!
「レオお嬢様、背伸びは禁止でございます。ロラン様も、つま先立ちをおやめください。ずるはいけませんよ。……ふむ。だいたい一緒でございますね」
この堅物メイド! そこはちょっとわたくしの肩を持つべきでしょうに!
「ほんの少しだけ、ロラン様のほうが高いかと思います」
ぐあーッ!? この裏切り者っ!
ロラン様がずばっと振り向き、勝ち誇ったお顔でわたくしを見下してきます。ムカつくゥ。
「ははん! やっぱりお前のほうが小さいじゃないか、ちんちくりん! 母上のお指図でなければ、おまえとなんか婚約してやらないんだからなっ! ありがたく思えよばーか!」
「ば……!? もう我慢なりません! そんなにわたくしと婚約したくないなら、嫌だと言えばいいではありませんか! 帰ってお母様に『やだよー』って泣きつきなさいな!」
……わたくしのこの切り返しが、ロラン様の逆鱗に触れたようでございます。
黒曜石のような瞳に、一瞬、潤んだような光が反射して――、ロラン様は勢いよくわたくしに右手の人差し指を突きつけました。
「う――うるさい! 俺を馬鹿にしたな、ちんちくりん! 許さん! 決闘だ!」
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