episode0-3
「私と一緒に、「らじおはいしん」をしろ!!」
突然乱入してきたアーシャ・ルナベッタはそう言った。
魔王 《幽冥なる忌み仔》バルバ・ベルゴォルはせっかく冷静になって受け止めかけてきた現状がもう一度飛びかけた。
二百年ぶりに復活し、魔王城とともに現れ、人間に宣戦布告し、せめてもの慰みに一番はじめに到達した者の願いを叶えるなどと言った直後に乱入されてこれである。
いくらなんでも早すぎる。
……いやそれ以前に。
「……らじおはいしん?」
「そうだ!」
勢いよく肯定するアーシャ。
「お前、魔王だろ? さっき魔力パネルのネットワークを乗っ取って無差別に声を送ったじゃないか。あれをやりたい。一緒にやってほしい。そうすれば《らじおはいしん》ができる!」
「……配信というのはそういうものなのか?」
「うん。勇者の残したメモによると――」
「勇者の……」
ぴくり、と周囲に緊張が走った。
「その中に《ラジオ》とか《配信》っていう言葉があるんだよね。つまりさっきみたいにネットワークの一部を使って、その日のニュースやおしゃべりをすること」
「それで、どうするんだ?」
「一番の利点としては、ニュースを即座に全世界に届けられるってことかな。これって魅力的ではあるけど、ネットワークの一部を使う以上、魔力パネルに手を加えないといけない。これは魔力パネルの基礎を作ったタイジュ=クドーが考えていたことだから、本人だったら即座にやれたはずなんだ。だがやれることなく本人はもうとっくに死んでる」
「はあ……」
「でも、魔王はそれを自分の魔力でやってみせた。そして、この城に一番に着いた奴の願いを叶えるといった。私はいまここにいる! こんな偶然あるか! いやこれ以上のものは無い!」
「……おう……」
早口で目を輝かせるアーシャに対し、バルバ・ベルゴォルはやや引いていた。
というより、他の魔物もほとんど引いていた。
「ちょ、ちょっと待て人間!」
ようやく立ち直ったのは、魔人のひとりだった。
「その前にだ、お前はいったいどこから入ってきた!? いくらなんでも早すぎるだろう!?」
「それはこっちの台詞だ! 私の家ごとこんな城おっ建てやがって!?」
「はあ!?」
意味がわからないという顔をする魔人。
だがバルバ・ベルゴォルはその意味をなんとなく悟った。
「つまり、お前はこの魔王城の近くに居たという事か?」
「魔王城っていうか、勇者の石碑……というか魔王と勇者の戦いの遺跡的な感じで石碑がぶっささってるところに、研究がてら住んでたんだよ。家ごと巻き込まれたんだぞ」
「……あ~~、わかったわかった」
バルバ・ベルゴォルはますます頭痛が酷くなった顔で続ける。
「つまり、こうか。二百年の間に、魔王城の建つはずの場所に居を構える人間がいたと……」
頭痛がしそうだった。
これでは、ゲームにならない。
一瞬そんなことを思いかける。だが、バルバ・ベルゴォルはなんとか持ち直した。
「……お前、なんだってそんなところで勇者研究なぞ……」
「そりゃ、一応うちってタイジュ=クドーの血をうっすら引いてるらしいから。研究も自然とそうなるっていうか……」
「ほう! 奴の血筋とは。……仔を残せたのか、奴は」
バルバ・ベルゴォルは少しだけ考え直す。
「いったいどの程度血を引いているんだ?」
「王位継承権的には99番目だな!!」
「……」
笑顔のアーシャに対して、バルバ・ベルゴォルは両手で顔を覆った。
微妙だ。
せめてもっと順位が上の方であったのならば、まだ人質としての価値もあっただろうに。その価値すらない。つまりこの人間は、本当にただの事故でこの城に巻き込まれただけの、ほとんど一般人に過ぎないのだ。
だがおそらく、こうして吹っ掛けてきたのは身の安全を保証するためではないか、と思い至った。気がつけば魔王城にいたという事実をどうにかするべく、口を滑らせた。
とはいえこの大胆さと不敵さ。いままで対峙してきた勇者とはまったく違う方向性でのアプローチは、バルバ・ベルゴォルを揺らすにはじゅうぶんだった。だが、目の前の少女は勇者ではない。芯の強さが垣間見れるものの、勇者として認められるのだろうか。
――期待を持つな。
自分に言い聞かせる。
魔王として勇者と対峙し、戦う。
それが自分という存在だと思い直す。
「それより、やるの、やらないの?」
「……っ、誰がそんなくだらない願いを……!」
「ほー。魔王のくせに、こんな小娘ひとりの願いも叶えられないって?」
「……ぐ」
確かに経緯はどうあれ、アーシャはこの城に一番最初にたどり着いた。そして願いを叶えるなどと一度言ってしまった以上、叶えないのはプライドに関わる。
バルバ・ベルゴォルはしばらく考え込んで深く息を吐いたあと、今度はしっかりとアーシャを見た。
「わかったわかった! お前の願いを叶えよう。ラジオ配信、だったか。やればいいんだろう」
「やったー!」
諸手をあげて喜ぶアーシャ。
「じゃあ勇者が来るまでよろしくな!」
「はいはい。……ん!?」
「え、そりゃそうだろうよ。当然、今回の勇者が来るまでやってくれるよね!?」
バルバ・ベルゴォルはもう一度大きく息を吐いてから肯定した。
「ど、どうしますか。殺しますか……?」
魔人の一人が恐る恐る尋ねる。
「……いい、放っておけ。どうせ、毒にも薬にもならん」
「いいんですか?」
「勇者でもない、戦闘員でもない小娘ひとり、放置していても構わんわ。こんなことも叶えられないと思われても困る。しょせん、勇者が来るまでの暇つぶしに過ぎない」
――……それにどうせ、今回もどうにもならんのだ。
言いかけたその言葉を、バルバ・ベルゴォルは飲み込んだ。
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