第5話再起

​ 松戸の安アパート。モニターの青白い光に照らされていたponziの廃人同然の生活に、一陣の風が吹き込んだ。

​「ponzi、いい加減にして!」

​ ドアを荒々しく開けて入ってきたのは、医学部の白衣を羽織ったままのユリエだった。彼女は荒れ果てた室内と、カップ麺の容器が散乱するデスク、そして何より、生気を失ったponziの瞳を見て、言葉を失った。

​「サッカーに戻って、ponzi。あなたは、ピッチでタクトを振っている時が一番輝いている。こんな数字の羅列に魂を売るなんて、あなたらしくないわ」

​「……俺らしく、だと?」

 ponziは自嘲気味に笑い、空のグラスを弄んだ。

「ユリエ、君の科学が証明したじゃないか。俺のフィジカルじゃ、あの怪物(ロマーリオ)には勝てない。知性も戦術も、圧倒的な暴力の前では無力だ。俺には才能なんてなかったんだよ」

​ 頑なに拒絶するponzi。だが、彼の心を真に震わせたのは、次に訪れた「絶望の化身」だった。

​ 数日後。アパートの廊下でうずくまっていたのは、かつての面影を失うほどやつれた幼なじみ、クドウだった。

「ponziくん……助けて……」

 彼女の震える手は、まだ目立たない、けれど確かに新しい命が宿った腹部をさすっていた。

「私、ロマーリオの子を妊娠したの。でも、あいつに伝えたら『勝手にしろ』って……。もう、連絡もつかないの。怖いの、ponziくん……」

​ その瞬間、ponziの脳裏で何かが弾けた。

 自分の誇りを踏みにじり、チームを蹂躙したロマーリオ。それだけでは飽き足らず、最も純粋だった幼なじみの心と体までも弄び、使い捨てた。

 心の中に澱んでいた「敗北感」が、純度の高い「殺意」に似た怒りへと変換されていく。

​「……クドウ、わかった。もう泣かなくていい」

​ ponziは、彼女を優しく抱きしめた。その視線は、壁に掛けられたまま埃を被っていたスパイクを捉えていた。

「俺が、あいつに落とし前をつける。サッカーという奴の土俵で、徹底的に叩き潰してやる」

​ ponziは、すぐにユリエに連絡を取った。

「ユリエ、俺はもう一度、サッカーをやる。あいつを倒すためなら、地獄のトレーニングでも何でも耐えてみせる。俺に、もう一度翼を貸してくれ」

​ ユリエは何も言わず、ただ深く頷いた。彼女の医学的知見に基づいた、かつてないほど過酷な「再起動プログラム」が始まった。

 デイトレード漬けで鈍った心肺機能、失われた筋持久力。激痛にのたうち回る毎日だったが、ponziの瞳からは、かつての冷たい計算高さが消え、復讐者の燃えるような炎が宿っていた。

​ その再起の噂は、すぐに村田財閥のミカの耳にも届いた。

 彼女は再び、黒塗りの高級車で千葉大のグラウンドに現れた。

​「ponziさん。トレーニングを再開したそうね。どう? 私のJ3チーム『FC松戸ジーニアス』に来ない? 最高の環境、最高の医療スタッフ、そして……アナタの借金を帳消しにする契約書を用意しているわ」

​ ミカは誘惑するように、一枚の書類を差し出した。だが、ponziはそれを一瞥もせず、泥にまみれたボールを蹴り上げた。

​「ミカさん、誘いは光栄だが、断らせてもらう」

「……借金が惜しくないの?」

「俺は、千葉大のこの仲間たちと戦う。あの怪物を、同じ大学生という枠組みの中で、俺が構築した戦術で倒さなきゃ意味がないんだ。俺の誇りは、金じゃ買えない」

​ ミカは驚いたように目を見開き、やがて愉快そうに声を上げて笑った。

「素晴らしいわ、ponziくん。アナタはやっぱり、わたしの見込んだ通りのデュエリスト(決闘者)ね」

​ ミカはその日を境に、ponziを「所有物」にしようとするのを止めた。代わりに、一人の投資家として、そして一人のファンとして、彼を陰からサポートすることを決意した。

 彼女は、完璧すぎる調律を強いる許嫁・ケンとの婚約破棄を父に告げた。

「お父様、私は『完成された名曲』より、今にも壊れそうな『戦いの不協和音』と共に生きたいの」

​ 一方、日大のロマーリオは、相変わらず放蕩の限りを尽くしていた。自分が捨てた少女がどれほど絶望しているかも知らず、次の獲物を探して夜の街を闊歩している。

​ ついに、舞台は整った。

 関東大学サッカーリーグ、ふたたびの決勝戦。

 千葉大vs日大。

 

 ピッチの入り口で、ponziは日大の青いユニフォームに身を包んだロマーリオと対峙した。

「Hey, Japanese BOY. マタ泣キニ来タノカ?」

「いや、今日はお前に『地獄』を見せに来たんだ。……行くぞ、ロマーリオ」

​ 運命のホイッスルが、冬の国立競技場に鳴り響こうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る