未踏破区域の番人

 朽ち果て、植物に覆われた帝国時代の建物が点々と残る一帯は、むせ返るような濃い緑の匂いに包まれている。

 ナタンは、リリエやフェリクス、セレスティア、それとラカニたちと共に「帝都跡」の「未踏破区域」と呼ばれる場所の一つに入ろうとしていた。

 樹上を小さな生き物が移動しているのであろう葉擦れの音や、鳥や虫の声は聞こえてくるものの、その姿は見えない。しかし、どこからともなく「帝都跡」への侵入者を見つめる視線が感じられる。

「ここから先は、俺も行ったことがないんだ。未踏破区域ってことは、行って帰ってきた奴がいないってことだから、油断するなよ」

 ラカニが言って、一同の顔を見回した。

「無理はせず、危険があれば、すぐに撤退します」

 緊張した面持ちのリリエが言うと、一同は頷いた。

 「帝都跡」の中でも、人の行き来が頻繁な場所は踏みしめられて道ができているが、「未踏破区域」では繁茂した植物が行く手を阻んでいた。

 木々の間から僅かに覗く、帝国時代の建物の屋上らしき部分を見上げて、リリエが言った。

「あの建物は損傷が少なそうですね。帝国時代の遺物も多く見つかるかもしれません」

「……だといいね。まずは、あそこに辿り着かないと」

 ナタンは答えながら、藪を切り拓くべくなたを握る手に力を込めた。

 藪を切り拓き、道を作りながら進んでいたナタンたちは、突然、開けた場所に出た。

 遠目には、かなり広い範囲で、植物が薙ぎ払われた如く刈り取られているように見える。

「この木や草の切り口、不自然に見えるのだが」

 フェリクスが、周囲を見回して言った。

「先に、ここに来た発掘人ディガーたちが刈り取った……とも思えないよね。人が通るだけなら、こんなに広い範囲の藪を刈る必要はないんじゃないかなぁ」

 ナタンが、傍に生えている草の切り口に手で触れてみると、そのふちの部分が脆く崩れやすくなっているのが分かった。

「なぁ、この木なんだけど、横から綺麗に抉り取られてる……何の為にこんなことをしたんだ?」

 ラカニが指し示した一本の大木は、側面を大きく抉られている。その切り口は一見滑らかだが、やはり触れてみると表面が脆くなっていた。

「これらは、刃物などを使って草や木を刈り取った訳ではないということでしょうか……」

 緊張した面持ちで、リリエも呟いた。

「……向こうから、何かが近付いてくる音が聞こえませんか?」

 セレスティアが言うと同時に目を向けた方向から、何か大きなものが移動していると思しき葉擦れの音が近付いてくる。

「何かヤバい……! みんな、隠れろ!」

 普段とは打って変った真剣な表情で、ラカニが叫んだ。

 ナタンたちは急いで後退し、藪の中に身を隠した。

 木々を大きく揺らしながら姿を現したのは、トカゲに似た、だが、それよりも遥かに巨大な生物だった。

 四足歩行をしているが、立ち上がったなら、人の背丈の三倍にはなると思われた。

 ごつごつと鎧の如く分厚そうな皮膚や、頭部に生えた二本の角から、ナタンは伝説上の生物である「竜」を連想した。

 と、無表情に周囲を見回していた巨大トカゲが、大きく口を開けた。

 その口に並んだ鋭い牙は、明らかに肉食獣のそれであり、巨大トカゲが獰猛であろうことを示している。

 欠伸あくびでもしているのかと思われた、巨大トカゲの大きく開いた口の前に、突如まばゆく輝く光球が出現した。

 次の瞬間、羽虫の飛行音に似た音と共に、光球から大人の腿ほどの太さがある光線が放たれ、ナタンたちが隠れている藪の近くに命中した。

 白く輝く光線でかれた木や草は、まるで蒸発するかのように消滅している。

 この一帯の樹木や草が薙ぎ払われているのは、巨大トカゲが吐く「光線」によるものであることを、一行は理解した。

「な、何だよ、あれ……帝国時代にあったって言う破壊光線兵器みたいじゃないか……実際に見たことはないけどさ」

 顔を強張らせたラカニが言った。

 おそらく、巨大トカゲの吐く「光線」が人体に命中したなら、先刻の草木と同じ結末を迎えるのだろう――そう考えたナタンも、背筋に冷たいものを感じた。

「私には、呪文の詠唱なしで『魔法』を発動しているように見えました……いえ、考えにくいことですが、あの生物は、生まれつき『魔導絡繰まどうからくり』のような仕組みを体内に持っているのだとすれば……」

 リリエが、頬を紅潮させている。彼女の言う通りであれば、この生物との遭遇は大発見だろう。しかし、それは同時に、目の前の巨大トカゲが非常に厄介な存在ということでもある。 

「こいつを何とかしないと、リリエが行きたい建物へ行けないんじゃないかな」

 ナタンは、仲間たちに囁いた。

「では、排除するか」

 フェリクスが、刀の柄に手をかけた。

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