置き去り

 ナタンたちは、リリエが調査していた廃墟の傍で夜を明かすことにした。

「今度は、交代の時間になったら起こしてくれよ」

「分かっている」

 ナタンの言葉に、フェリクスが微笑んだ。

 何事もなく夜は明け、一行は街へ帰還するべく出発した。

「そういえば、あのクルトって人の隊は、どうしたのかな」

 道すがら、ナタンは何となく思ったことを呟いた。

「街に……戻ったのではないでしょうか」

 リリエが、首を傾げながら答えた。

「負傷していた方たちは、治癒の力で全員動けるくらいには回復した筈ですし、大丈夫かと思います」

 セレスティアも頷いた。

「もっとも、今後、彼らが探索を続けられるかは分からんな」

「何故、そう思うの?」

 フェリクスの言葉に、ナタンは疑問を呈した。

「君がクルトに言っていたように、彼と護衛の者たちの信頼関係が危ういものだと、俺は感じた。金銭による契約があったとしても、ひとである以上、最後に物を言うのは『心』なのだろう?」

「……そうかもしれない。でも、どんな相手でも契約を結んだ以上はキチンとやるのが『大人』かもしれないって、後から思ってさ」

「……ナタンさんの、そういう真面目なところ、良いと思います……」

 リリエに言われて、ナタンは思わず顔を赤らめた。

 やがて、「帝都跡」の入り口まで、あと少しという地点に差し掛かった時、前方の茂みから葉擦れの音が聞こえた。

 何かいるのか、と一同に緊張が走る。

 ナタンとフェリクスは、リリエとセレスティアを庇うように前へ出た。

 と、茂みの中から、三十歳前後に見える一人の男が、おぼつかない足取りで出てきたかと思うと、膝から崩れ落ちるようにうずくまった。

「だ、大丈夫か?!」

 咄嗟に駆け寄ったナタンを、男は、ぼんやりと見上げた。

「……あ、頭が……痛い……」

 顏をしかめながら、自分の後頭部を押さえる男の身体を、ナタンは支えた。

「どうしたんだ? 病気か?」

「その方、怪我をしているようですね」

 セレスティアも男に近付き、彼の頭を入念に調べた。

「後頭部に、擦り傷と大きなこぶができています。少し、じっとしていてくださいね」

 そう言って、セレスティアは男の後頭部に手をかざした。

 彼女の手のひらが淡く輝き、癒しの力が男を包み込んでいくのが、ナタンにも分かった。

「……あれ? 痛みが消えた……? すごいな……」

 ぐったりとナタンに寄りかかっていた男の身体が、力を取り戻した。

「まさか、『化け物』に襲われたのですか……?」

 男の傍に屈み込んで、リリエが言った。

 フェリクスは刀の柄に手をかけ、油断なく周囲を見回している。

「いや……ここまで雇った護衛と一緒に来た筈なんだが……そういえば、荷物がない……?」

 男は、はっとした様子で言った。

「そうだ、歩いてたら、いきなり後頭部を殴られて気が遠くなって……思い出したぞ……」

「護衛の報酬は、前払いだったのか?」

 フェリクスが、男に尋ねた。

「ああ……もしかして、俺は騙されたのか? 結構な金額を払ったんだが……」

 男は肩を落とした。

「金だけ取られて、ここで殴られて置き去りにされたってこと? ひどいな!」

 ナタンは、驚きに目を見開いた。

「あの……私たちは、これから街へ戻るのですが……あなたも、街まで戻ったほうがよくありませんか?」

 リリエの言葉に、男は目を伏せて少し考える様子を見せた。

「……そうだな。荷物も盗まれたみたいだし、これじゃ探索どころじゃない。申し訳ないが、君たちに同行させてもらえないだろうか」

 男が、ため息交じりに言った。

 もちろん異議を唱える者はなく、ナタンたちは男と共に「帝都跡」入り口を経由して、街へと向かった。

「これから、どうするんだ?」

「残念だが、仕切り直しだな……貴重品は『預り屋』に預けてあるから、国に帰るくらいは何とかなる。あんたたちのお陰で、野垂れ死にせずに済んだのに、何も礼ができないのが心苦しいが……」

 ナタンに問いかけられ、男は申し訳なさそうに答えた。

「き、気にしないでください」

 とんでもないとでも言うように、リリエが首を振った。

 男と別れ、ナタンたちは、食堂兼宿屋「躍る子熊亭」へ戻ることにした。

「……私も、一歩間違えれば、あの男の方みたいになっていたかもしれないんですね」

 リリエが、ぽつりと呟いた。

「現地で護衛を雇う場合、相手がどれくらい信用できるかは分からないからな。『無法の街ここ』には警察も無いし、被害に遭っても、どうしようもない……」

 フェリクスが、顎に手を当てて言った。

「信用できる奴だけ集めて、護衛の必要な人に紹介する仕組みみたいなものがあればいいのかな」

「それは、いい考えですね」

 ナタンの言葉に、セレスティアが頷いた。

「なるほど、紹介料を取って、信用できる人材を紹介するという形なら、商売として成り立つかもしれないな」

 フェリクスも、感心した様子を見せた。

「そうだね……誰かが、やってくれればいいんだけどなぁ」

 そう言ったナタンの腹の虫が、派手な鳴き声をあげた。

「ナタンさんの腹時計は正確ですね」

 リリエが、くすりと笑ったのを見て、ナタンは恥ずかしそうに頭を掻いた。

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