「帝都跡」へ
すっかり朽ちている帝国時代の建物の間を縫って、幾人もの
「やっぱり、『入り口』に近い場所は調べられ尽くしてる感じだね」
周囲を見回していたナタンは、廃墟の傍にある、こんもりと土の盛り上がった場所を見つけ、足を止めた。
彼の目には、それが古いものではなく、最近になって人為的に作られた土饅頭のように見えた。
「あれは、何かな」
「廃墟から発掘された遺骨を埋めてある場所です。『帝都跡の歩き方』にも、記述がありました。発掘の途中で見つかった遺骨は、ああして埋めておくのが
ナタンの疑問に、リリエが答えた。
「僅かに残った記録や口伝によれば、『大破壊』と呼ばれる帝都壊滅事件は、一夜にして起きたと言われています。……多くの住民たちが、逃げる
「そうだよな……ここは、人が沢山住んでいた都市だったんだよな」
現在は荒れ果てた廃墟と化しているが、ここにも多くの人間の営みがあったのだと、ナタンは、悲しいような恐ろしいような気持を抱いた。
ふと彼は、フェリクスとセレスティアに目をやった。
二人は、土饅頭の前に佇み、祈るように
彼らも死者たちを
一行は再び歩きだした。
やがて陽の光が真上から差すようになり、正午に近付いているのが分かる。
彼らは、雑貨屋で仕入れた地図にある、他の
比較的平らな
「地図で見ると、ここも本来は建物が密集していた筈なのに、現在は空白になっている部分です。やはり、建物の土台すら残っていませんね」
歩き疲れたのか、少し息を切らせながら、リリエが言った。
「何か、凄い威力の魔導兵器の攻撃に晒された……とか?」
「その可能性は高いと思います。でも、実際に訪れてみると、書物を読んだだけでは分からなかったことを掴める気がします」
興味深いといった様子で辺りを見回しているリリエの姿を見て、何故かナタンも嬉しい気持ちになった。
ナタンたちは、短い草の生えた地面に座って、宿で用意してもらった弁当を広げた。
紙でできた箱の中には、
野外の活動に慣れておらず疲れの色を見せていたリリエも、旨そうな弁当を見て、表情が明るくなった。
「この後は、しばらく携帯食が続くんだよね……味わって食べないと」
ナタンは具材たっぷりのパンに
「お腹が空いていれば、何でも御馳走になるものですよ」
そう言って、セレスティアが微笑んだ。
柔らかな日差しと心地良い
「こうしていると、まるで
フェリクスが呟いた。
「
聞き慣れない言葉に、ナタンは首を傾げた。
「野外に出かけて、食事をすることだ。……昔の言葉だから、最近は、そういう言い方をしないかもしれないが」
言って、フェリクスは照れたように笑った。
「ところで、君は、まだ体力に余裕があるだろう?」
「うん、まだまだ行けるよ」
フェリクスに尋ねられて、ナタンは頷いた。
「ここは広い場所だし、君と手合わせするのに丁度いいと思うんだが」
「えっ、いいの?」
ナタンは目を輝かせた。いよいよフェリクスと手合わせできると、彼は、わくわくする気持ちを抑えられなかった。
二人は、数歩離れた位置で向き合った。
ナタンは「武器屋」で買ったばかりの剣、フェリクスは自分の刀を手にしている。
「い、いきなり真剣勝負なんて、大丈夫なの?」
剣を構えながら、ナタンは言った。
「大丈夫だ。君に傷つけられるほどヤワではない。全力でかかってきてくれていいぞ」
左半身を大きく前に出し、剣先を右後方に下げた「脇構え」と呼ばれる体勢をとったフェリクスが答えた。一見、左半身が無防備なフェリクスの構えは隙が大きい。しかし、敵が、その隙を狙ってくることが分かっていれば、
他の人間に同じことを言われたなら、ナタンも侮られたと考えるだろう。
しかし、フェリクスと向き合ったナタンは、彼の言葉が文字通りの意味なのだと感じた。
――元より実力に雲泥の差があるのは承知の上だ……少しでも、フェリクスの強さや技術を学べれば、それでいい……!
「いくぞ!」
完璧と思える踏み込みから、ナタンはフェリクスに向かって全力で剣を打ち込んだ。
フェリクスが、それを刀で受け止め、二人は鍔迫り合いの状態になる。
「真っすぐで、美しい太刀筋だ。それだけに、読まれやすいとも言えるが」
一瞬、微笑んだかと思うと、フェリクスは身体ごとナタンを押し返して、距離を取った。
全力で押し合っていると思っていたナタンは、一連の動きをフェリクスが
それでもナタンは、怯むことなくフェリクスに向かっていった。彼が、何をどうやっても勝てない相手だという事実が、
どこから、どんな角度で打ち込んでも、フェリクスはナタンの攻撃を受け止めた。
と、不意にナタンの目の前からフェリクスの姿が消えた。
相手の姿を見失い、たまゆら動きが止まったナタンは、後頭部に弾かれたような小さな痛みを感じた。
慌てて振り向いたナタンの目の前に、フェリクスが佇んでいる。どうやら、彼に後頭部を指先で弾かれたらしい。
「今日は、まだ先があるし、これくらいにしておこう」
フェリクスが微笑んだ。
一方、ナタンは、もしこれが実戦だったなら、自分は攻撃されたことすら気付かないうちに葬られていたのだと、冷や汗をかいた。
「……やっぱり、俺は全然強くなかったんだなぁ。学校の授業で褒められて強いつもりでいたの、恥ずかしいや」
ナタンは、ため息混じりに呟いた。
「君は、単に経験が足りないだけだ。鍛えれば、必ず強くなるだけの力はあると思うぞ」
そう言って、フェリクスがナタンの肩に手を置いた。
※野掛け:日本の古い言葉でピクニックのこと
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