要らないものなんてない

 ナタンたちは「帝都跡」についての情報収集を終え、最初の探索の予定を立てた。

 護衛対象であるリリエが野外活動に不慣れであることを踏まえ、目的地は「帝都跡」入口から、一泊から二泊程度で往復できる場所に決定した。

「未踏破の場所には、未知の『魔導絡繰まどうからくり』が残っている可能性が高いのですが……」

 いよいよ探索に出発する朝、宿の部屋で荷物の最終確認をしながら、リリエが呟いた。

 未踏破の場所とは、文字通り、様々な理由で到達した者がおらず、地図に未だ記されていない場所だ。

「今回は、手慣らしだからね」

 言って、ナタンは微笑んだ。

「君の体力がどれくらいなのか確かめる意味もあるし、未踏破の場所の近くには『化け物』の巣があったりするらしいから、いきなり無理はしないほうがいいよ」

「……そう、ですね」

 ナタンの言葉に、リリエは少し緊張した様子で頷いた。

「ところで、気になっていたんだが」

 フェリクスが口を挟んだ。

「リリエの、その髪……邪魔になるのではないか? 『帝都跡』では、藪の中を歩いたりすることもあるだろう?」

 彼の言葉を聞いて、ナタンもリリエの髪に目をやった。

 艶のある美しい黒髪は腰の近くまで伸ばされており、下ろしたままでは、フェリクスの言う通り、活動の邪魔になると思われた。

「……床屋さんが苦手で、つい伸ばしたままにしていたのですが……フェリクスさんの言う通りですね」

 リリエは人と話すのが苦手だから、床屋に話しかけられるのも苦痛なんだろうな――と、ナタンは思った。

 その間に、リリエは荷物の中からはさみを取り出すと、自分の髪を無造作に首の後ろで束ねるように掴んだ。

「ま、待って!」

 はさみが入る寸前で、ナタンはリリエの手に自分の手を添え、髪が切り落とされるのを阻止した。

「何も、切らなくても……」

「わ、私……自分で髪を結えないので……切るしかないと思って」

 リリエが事もなげに言った。清潔好きではあるようだが、着飾ることには興味が薄いのだろう。

「そうなんだ……でも、綺麗なのに勿体ないな」

 ナタンが言うと、リリエは一瞬きょとんとした後、少し頬を染めた。

「もしよければ、私が髪を結ってあげましょうか?」

 それまで、黙って成り行きを見守っていたセレスティアが言った。

「いいんですか……では、お願いします」

 リリエは、セレスティアが作業しやすいように椅子に腰かけ、眼鏡を外した。

 普段は瓶底眼鏡に隠されている、リリエのはしばみ色の大きな目が露わになる。

 ナタンと視線の合ったリリエは、少し目を細めると、恥ずかしそうに俯いた。 

 その様子を見たナタンも、可愛い小動物を見た時のような、胸の奥がむずむずする感覚を覚えた。

 リリエの後ろに立ったセレスティアは、櫛を使って彼女の黒髪を左右に二等分し、手早く二本の三つ編みを作った。更に、それぞれの三つ編みを頭の上で団子状にまとめていく。

「終わりましたよ」

 言って、セレスティアがリリエに手鏡を渡した。

 リリエの頭上には、三つ編みで作った団子が左右に配置されている。

 これなら、動き回っても邪魔にはならないと思われた。

「すごいです……本職の方みたいです。……ありがとうございます」

 鏡を見たリリエが、心底感心した様子で溜め息をついた。

「以前、髪結いをしている方の家に滞在した時、教わったのです」

 セレスティアが言うと、フェリクスが無言で頷いた。

「うん、髪を下ろしてるのもいいけど、今のも可愛い……」

 そう口に出してから、ナタンは恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。

「あの……セレスティアさん、お時間のある時に、髪の結い方を教えてもらえませんか。自分でも、できたほうがいいと思って……」

「もちろん、喜んで。他の結い方も、色々試してみましょうね」

 リリエの言葉に、セレスティアが、にっこりと笑って答えた。

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