第12話 不幸の象徴
私と話していた教員は、どうやら
だから
どうやら
こちらの会話は聞こえていただろうに、こちらには見向きもしなかった。ただただ最短距離で忘れ物を取って、そのまま帰っていった。
教員は気まずそうに頭をかいて、去っていった。そりゃ学生の悪口を聞かれていた可能性があるのなら逃げるだろう。本来なら謝罪すべきだと思うが……
ともあれ、こうして
私は廊下で彼に声をかける。
「
「……?」
話しかけると、彼はちゃんと立ち止まって振り返ってくれた。
整った顔立ちだった。こうして真正面から見ると美しさが際立つ。背も高いほうだし、意外にも鍛えてありそうな身体だった。目立たないけれど、脱ぐとすごいのではないだろうか。
「あ、あの……」声をかけたのは良かったが、続く言葉が見当たらない。「
「……1つ忠告だ」落ち着いた声だった。「できることなら、その名前で呼ばないでほしい」
「え……?」
「
自分の名前が嫌い……
私は……どうなのだろう。自分の名前が好きだから反応に困る。
「じゃあ、あの……えっと……」なんて呼ぼうか迷って、「じゃあ、
「なんだい?」悪の科学者みたいなしゃべり方だな……「僕に声をかける人がいるとは珍しい」
「そうなんですか?」
「黒猫は不幸の象徴らしいからね」
やっぱり聞こえてたんだ……
「す、すいません……止めるべき、でしたよね……」
「なにを止めるんだ?」
「あの先生の……悪口」
悪口を言っているのを知っていて止めない私も同罪だ。悪口に加担していたようなものだ。
「止める必要などないだろう。あの手の人間は無視するに限る。ヘタに止めて面倒事に巻き込まれるのは避けるべきだ。逃げるが勝ちってやつだよ」
結構早口だけれど、かなり聞き取りやすい。滑舌が良いのだろう。
「話はそれだけかい? なら――」
「あ、いえ……ほかに話がありまして……」
「なんだ?」
一応立ち止まってくれるんだな……完全に無視されることも覚悟していたんだが……
……なんて切り出そうか……いきなり殺人事件の捜査をしてください、なんて言うと不自然だよな……
少し世間話から入ろう。
「あの……
「だからなんだ?」
「それで、理解できるんですか?」
「勉強のコツを教わりに来たということかな? ならば相手が違う。僕は人になにかを教えるのが苦手でね」
「あ、いえ……コツと言うより、純粋な興味です」
なんだか彼を相手にすると慌ててしまう。
ともあれ、私は続ける。
「ほら……頭の良い人って講義を1回聞いただけで理解するじゃないですか。
「それは少しばかり間違った理解だと思うよ。少なくとも僕は、講義を一度で理解などしていない」
「……そうなんですか?」
「ああ。正確にはすでに理解していたというほうが正しい」
すでに、理解……?
「……予習をしてるってことですか?」
「広義で言えばそうだな」やっぱり予習なのかと思っていると、「キミはクイズ番組の類は見るかい?」
「いえ……見ませんけど」
「そうか。ではスマホや動画投稿サイトで見るジャンルは?」
「……お料理とか、お化粧とか……」
「ならば、キミが講義を理解できないのは当然だ。そのための行動をしていないのだから。現状の成績を受け入れるんだね」
バッサリ切り捨てられた。そして完全に図星だから、なにも言い返せない。
授業を一度で理解する人たちは、常に勉強しているのだ。常に予習しているのだ。いや……勉強をしているという自覚はないのだろう。
生活習慣が違うのだ。
私は講義を聞いて覚えようとする。
しかし彼らは思い出すのだ。
日常生活で見た、聞いた事柄を思い出す。すでに理解していることを更に深く理解するのだ。だから一度で理解するように見えるのだ。
なんだか自分の甘さを完全に思い知らされた気分だった。講義を一度で簡単に理解できる方法があるのなら教えてもらおうと思っていた自分が恥ずかしい。
なんてことを思っていると、
「逆に僕は化粧や料理は詳しくない。なぜならその手の技能を積み重ねていないからだ」
「……? つまり……なんですか……?」
「講義が理解できないのを恥じる必要はない。人間には得手不得手があるということだ。自分が無意識のうちに積み重ねた分野に自信を持てば良い」
……
励ましてくれた、のだろうか。優しい人なのだろうか……
「要件が終わったなら僕は行く」
「あ……いえ……」
「まだあるのか?」嫌な顔をされてしまった。「僕は今現在暇だが、やりたいことがないと言えばウソになる。手短にお願いしたいね」
それは悪いことをしてしまった。
ならば……早く本題を告げよう。
「オンライン会議殺人事件……その事件を、解決してほしんです」
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