シイタケ戦線ほうかい中

加賀山かがり

キノコ前線たんさく中

「うてっ――! うてぇっ――!」


 俺は耳に着けたインカムから伸びるマイクへ叫びながら目の前に迫ってくるキノコ怪人へと拳銃の引き金を引いた。


 俺たちの小さな手でもあつかいやすいように改良されたハンドガンSデザートSHI-Kの銃口から対キノコ怪人用に開発された発火弾丸が発射され、即座にキノコ怪人のアホみたいに大きな頭部の傘へと穴をあけた。即座に目の前の動くキノコから火の手が上がる。


 だが一体倒したからといって状況が楽になるわけでもない。何故なら、今燃えているキノコ怪人の後ろにはまだまだたくさんのキノコ怪人がいるからだ。


 コンクリートの床にびっしりと生えたキノコのかさを踏みつぶしながら後退しつつキノコ怪人へと向けて次から次へと銃弾を発砲する。本来のデザートSHI-Kであればキノコ怪人を三匹まとめてうちぬける性能があるらしいのだが、俺たちに支給されているSデザートSHI-Kは子どもでもあつかいやすいようにい力が小さく設計されているため、まとめてやっつけるのは中々難しい。


『ジーちゃん班長、次から次へときりがないよ……!』


『コチラ、コウイチ。状況同じで、手が回らない――!』


『リエカも対処しきれないわよっ、早く何とかしなさいっ!』


「状況了かい。こちらもキノコの数がへらせない……! 一旦退却してD地点に集合したのち戦線をほうきする――!」


 ビルの中を後退しつつインカムから聞こえてくる班員の声、ダイチ、コウイチ、リエカに向かって作戦指示をだす。その間にもシイタケ怪人たちはおれを捕まえようとずんずん迫ってくる。


『ジィ、ジジ――――、作戦了かい――!』


 三人の無線通話が重なり、ひどいノイズが走った。


 キノコたちへと発砲を続けつつ耳元のインカムの音声送信チャンネルをオフにする。


 どうにか階段までたどり着く。一度階下をのぞきこんで、それから銃をホルスターにしまいベルトから二つあるうちの手りゅう弾を一つ引っぺがしてせんをぬく。


「これでもくらえっ! クソキノコども――!」


 悪口を浴びせつつせんを抜いた手りゅう弾をキノコ怪人の群れへと投げつけ、両耳をふさいで大慌てで階段を下った。下り切るとほぼ同時にどぉん! とすごい音がひびく。そのまま無人ビルの出口へと走る。


 無人の古い雑きょビルの一階はキノコ、キノコ、キノコ、まるでキノコの森。昔は使われていたらしい丸いソファや受付の小さな案内板も今はキノコでおおいつくされている。足元もキノコのじゅうたんだ。


 出入り口からそっと外の様子をうかがいつつホルスターから銃を抜きかまえる。当然背後のけいかいも忘れてはならない。


 どうやら外は少し落ち着いているようで、キノコ怪人のすがたは見えなかった。


 ほっと思わずあんどのため息をはく。それからいけないと気付き、軽く頭をふった。ここは戦場だ、安心するのはまだ早い。


 気を引きしめるために再度息をはき、それから意を決してビルの外へと転がり出た。


 左右を確かめ、すばやく走り出す。


 班員に指示したD地点はこのビル街の入り口地点。北方向へと真っ直ぐだ。


「ヒトヨシくんっ!」


 ビルとビルの間を走っていた俺は、声が降ってきた上方向へと首を上げる。割れた窓から身を乗り出したコウイチが見えた。


 コウイチは窓のサッシに足をかけている。アイツ、二階から飛び降りるつもりだ!


「コウイチっ、無茶はよせ――!」


「えんごは、任せたよっ!」


 言葉をかけるのとコウイチが窓から飛び出すのはほぼ同時だった。幸い下にはかさを大きく広げたキノコが生えているからケガはしないだろうけど、それでも無茶なことに変わりはない。


 ついでに言えばコウイチを追いかけるように何匹かのキノコ怪人が窓から飛び出してきた!


 それに対してすばやく銃口を向けて、窓から落ちるキノコ怪人へと発砲する。飛び出してきたキノコ怪人は六匹いて、そのうちの三匹を打ち落とすことに成功したが、残りの三匹はおいきれなかった。


 どるぅんとキノコのかさの上にコウイチの体が落っこちた!


 それに続いてキノコ怪人も落っこちてくる!


 コウイチと合流するために街路樹に寄生している大型キノコへ銃をかまえたまま近づく。


 パァンと発砲音が二度続いた。そしてキノコのかさの上からコウイチが降ってきた。ぶわっと風が吹いてキノコの上でキノコ怪人が炎上する姿が見えた。


 だが一匹、逃れたヤツがコウイチの後を追いかけて上から降ってくる! おれはしっかり狙いを定めて空中のキノコ怪人へと発砲する!


 パァンと銃弾が飛び出してキノコ怪人をまたたく間に発火させる!


「無茶するなって言っただろ! このキノコにもすぐ火が回る。早く行くぞ!」


「班長了かい!」


 大きなキノコの上から降ってきたコウイチは柔らかそうな茶色い頭を軽く振りながら立ち上がってわざとらしく敬礼した。


 コウイチの頭のてっぺんが俺の目線に丁度重なる。おれのほうがコウイチよりも五センチ背が高いのだ。


 二人でそろってD地点へと走る。


「それで、何かあったか?」


「ううん、何にも……。キノコ怪人がわらわらいただけだった……!」


「こっちもだよ」


 ここではどこもかしこもキノコ怪人だらけだ。


『ジ、ジジ――、わっ、ちょっ……! やだぁ……! きゅ、きゅうえん、きゅうえん求むぅ! リエカさまたちに近づくな――!』


 俺とコウイチが並走しているとインカムにいきなり通信が入った。どうやらリエカがキノコ怪人相手に手こずっているらしい。


「ヒトヨシくん、リエカちゃんは……?」


「D地点に一番近い商店街だ」


 おれはインカムの音声入力をオンにして指示を出す。


「ダイチ、ダイチ聞こえるな。至急リエカの救援に入れ――! 俺たちもすぐ行く! リエカをアイツらに渡すな――!」


『ダイチ、了かい! リエカ待っててね、すぐ助ける』


『リエカさまっ、よ! ジジ――』


 指示にダイチがやや間延びした声色を返してきた。そしてリエカは意外とよゆうがありそうだった。


「先行したほうがいい?」


 銃をホルスターに戻して、こしのホルダーからローラーブレード型のアタッチメントを引き抜いたコウイチは軽く首をかしげる。俺迷わずそれにうなずいた。


「たのむ!」

「了かい!」


 コウイチは足を止めると、両足へとアタッチメントを取り付ける。そして足を止めず少しだけ先行している俺のことを後ろからすごい勢いで追い抜いて先へと進んで行く。さすがローラーブレード型の新移動ユニット、ダートダッシュの速さはピカ一だ。


「しかし、コウイチのバランス感覚はすごいな……。おれならあんなのゼッタイこける」


 スピードはすごいのだが、その分バランスを取るのが難しくて汎用装備には出来ないと大人たちがぼやいていたのを思い出す。


 去っていったコウイチの背中を追いかけるように角を曲がって、先を急ぐ。


 しばらくしてにぎやかでゆかいな戦場の音が聞こえていた。頭上にも元商店街の出口のカンバンが見えた。煙も上がっているし絶さん交戦中らしい。


 こしを低くして商店街へとかけこむために角を曲がった。目の前に広がるのは一面のキノコだった。


 キノコ! キノコ! キノコ! キノコ! キノコ!

 キノコ怪人が山もりのデザートみたいだ!


 思わず残りの弾倉の数を数えてしまう。取りあえず四個はあるから……、多分何とかなるだろう……。


 山もりのキノコ怪人に向って銃を向け、発砲する!


 パァンと音がひびいた。前方へと集中していたキノコたちの意識が俺の方にも向けられる。どうやら意図せずはさみうちの形になったらしい。コレはうれしい誤算だ……!


 よぅく狙いをつけて一発一発確実にキノコ怪人へと当てていく。炎上したキノコ怪人はうめきごえをあげるようなしぐさでバタバタとあばれて、周りのキノコ怪人へと火を伝わせてくれた。


『だ、ダメッ! ダメよ、ジーチャン班長! あ、あの中に女の子がいるの……!』


「な、なんだって!?」


 インカムから入ってきたリエカの言葉におれは思わずつながっていないインカムに叫んでしまった。


 人がいるなら助けないと……! しかし、なんだってこんなところに女の子が?


 ぎもんに思いながらも、音声入力をオンに切り替える。


「班長了かい。各員、通常弾に切り替えてキノコどもをその場から引き離せ――!」


 指示しながら、俺は弾倉を入れ替えてスライドを引き直し、目の前のキノコ怪人どもへと連続で引き金を引いた。


 ダンダンッ! バンバンッ! と派手な音が連続する。


 おとりとして引き付けるならば一匹一匹を正確に倒すよりはてきとうに弾をばらまいて、注意を一挙に引いたほうが得策だ!


 ねらい通りキノコ怪人たちはそろってのそのそと俺のほうへとやってくる。さっさと逃げたいところだけど、ここで俺のすがたを見失ったりするとアイツらはまたその場にもどってしまうだろう。それでは意味がない。


 だから俺はギリギリのきょりを保ちつつ後たいしていく。

「各員、ギリギリまで引き付けてから発火弾に切り替えてキノコ怪人をいっそうしろ――!」


『了かい――!』


 インカムを通して反対側にいるコウイチ、ダイチ、リエカに指示を出して、俺自身はなるべく大きな音を立てながらなおもゆっくりと後ろへと下がっていく。


 一匹でも多くこちら側に引き付けられれば、三人が女の子を助けやすくなる。俺は班長だからきけんなことは率先してやらなければいけない……! 班長だから……!


「へい! こっちだぜ、クソキノコどもっ! まとめて相手してやるから、よたよた歩きでかかってこいっての!」


 大人隊員仕込みのちょうはつ。


 キノコ怪人に人間の言葉が通じているのかどうかは知らない。ただ取りあえず大声を出せばあいつらはこっちに意識を向けてくる。ちなみに本来は任務中の私語は禁止だ。大抵の大人隊員たちはハンドサインを使って意思のそつうをしているほど、守らなければならない重要なルールだ。


 一人で大量のキノコ怪人を引き付けたおれは予備の通常弾倉を中から抜き出して、発火弾倉を装てんし直した。


 にしても、一人でこの数はちょっと大変だ……!


 ゆっくり後ろに下がりながら商店街の出入り口までもどってきた。店先にも、しまったシャッターにも、電柱にも、ありとあらゆる個所からキノコが生えて来ている。というかいっそキノコの生えていない個所を探したほうが早いくらいだ。動くキノコ怪人だけじゃなくって町全体がキノコだらけ。


 もうすっかり見なれているけれど、それでもさすがに少し位はむっとしたくなる。だが、すねてる場合じゃない。それに電柱を見て少し思いついたこともある。


 ベルトに下げているフック銃を手に取って、すばやく振り返って電信柱の空中足場に向ってそれをうち出す。バヒュンっと音がして銃口からピアノ線が飛び出す。それはグルグルと空中足場にまきついた。後ろを気にしながら手首の固定用バンドをフック銃と連結させる。ヤバイ、もうすぐそこまでキノコ怪人どもが迫っている!


 フック銃上部のコックを思い切り引っ張った。


 ぐいと、おれの体がピアノ線を引く力によって引っ張り上げられ、そのまま巻き付いた空中足場へと引っ張り上げられていく。


 間一髪。

 その直後にはシイタケ怪人がさっきまでたっていた場所にたどり着いていた!


 足場まで引っ張り上げられたおれはぐっと鉄ぼうの要領で体を足場へとくっつけ持ち上げる。それから、何とか足場の上に身を乗せた。


 しかし……。下を見ると結構高い。民家の二階がすぐ近くだから高いのは分かっていたけど、コレは結構怖いぞ。それでも下にいるキノコ怪人に向って大声を上げた。


「へいっ! クソキノコどもっ! お前らにここまで登れるか!? 上れやしないだろう! 悔しかったらここまで来てみろ! やーいやーい!」


 キノコ怪人に向って悪口を言ってやる。高いところからさけぶというのはちょっとだけ気持ちが良かった。


 俺が上にいることに気が付いたキノコ怪人たちが電柱に群れてくる。その場のほぼ全キノコが集まって来ているのを確かめて、もう一度フック銃の引き金を引いた。目標はこの電柱の前にある電柱の空中足場。そう、なんとこのフック銃のピアノ線は最大で十三メートルも伸びるのだ!


 バビュンっと銃口がなき、またピアノ線は目標にグルグルと巻き付いた。そしてコックを引っ張る。ぐんっ、とピアノ線に体が引っ張られる! 


「残念だったな! 土産にこれをくれてやるよ!」


 そして俺は引っ張られながら片手で残っていた手りゅう弾を取って映画みたいに歯でピンを抜き、キノコ怪人の群れへと投げつけてやった。


「って、まったっ、待って待って……! ヤバイ、地面スレスレぶつかるっ、ぶつかるぅ――っ!?」


 のだが、十三メートルも伸びたピアノ線はブランコみたいに弧を描いて俺を引っ張り上げる。危うく二階からダイブして地面にげきとつするところだった。危ない危ない。


 地面スレスレで上へと引き上げられ、安心してため息をはきだす。そして直後の手りゅう弾のばくはつで辺りが揺れた。振り返れば、集まっていたキノコ怪人たちは全て吹き飛んでいる。


 おでこを拭って電柱を伝って地面へと降りて、三人のほうへと走る。


「それで、女の子って言うのは?」


 集まっている、コウイチ、ダイチ、リエカに声をかけた。


「この子よ。でもなぜか頭からキノコ生えてるの」


 リエカの金色のツインテール頭が振り返る。リエカが半身になったことでその女の子の姿がおれにも見えた。


 緑色のすごく長いかみ(それにしても長すぎる。だって身長と同じくらい長いかみって普通じゃない)に白と黄色のワンピースを着た女の子。ぐったりと眠っているようすだ。


 リエカが無造作に手を伸ばして頭から生えたごく普通サイズのシイタケを引っこ抜いてその辺に捨てる。


「やっぱり連れて帰るの? じーちゃん班長」


 ちょっと太っちょのダイチが少し困り顔で首を捻ってる。


「連れて帰る。こういうほうき区域で人間の女の子を見つけるのはすごく珍しいからな」


「で、どうやって連れて帰るつもりなの? ボクがコレで先行して連れて帰ろうか?」


 こしのホルダーへと戻したアタッチメントをパンパンと叩きながらコウイチが提案した。


「背負うなら力のあるぼくのほうがいいんじゃない?」


 それに対してそれなら、とダイチが手を上げる。


 俺はそれらの意見を首を振って否定した。


「背負って連れ帰るのは俺の役目だ」


「理由聞かせなさい。それが正しいか判断してあげるから」


 しゃがんだままのリエカはそのビー玉みたいに透きとおった目をナナメにして手を組んでいた。


「まず、コウイチは俺たちの中では一番射げきがうまくて、すばしっこい。コウイチの役を考えればこの子を任せるとチーム全体をきけんにさらすことになるそれはマズい。次にダイチだけど、ダイチは俺たちの中で一番力があるけど、一番足が遅い。何かあったときのことを考えればこの子だけでも逃げさせないといけないのに、一番危ないしんがりをいつもやってくれてるダイチに預けるわけにはいかない。勿論女の子で俺たちよりも力が劣るリエカに女の子を持たせるなんて言うこともさせられない。だからひっくるめて考えれば俺がこの子を背負うのが一番いい」


 リエカが組んでいる手の指がタタタタとリズムを刻むように細かく動いた。けわしい顔でしかもほっぺをふくらませている。


「わかったわ、それでいきましょう。で、隊列はどうするの?」


「コウイチが先頭、次がリエカ、おれ、で最後にダイチ。本当にもしもの時はコウイチにこの子を預けるから先行して本部に戻ってくれ」


 しゃがみ込んで眠っているらしき女の子を背負う。そうするとコウイチはみけんにしわを寄せていた。


「……了かい」

「不服か?」


「いや、ヒトヨシくんが決めたんならそれでいいよ。したがう、ただ、もしもの時は先に逃げろって言われれば仲間としていい気しないでしょ?」


 コウイチの言葉にダイチがうんうんと頷いていて、リエカはヤレヤレとジェスチャーしていた。


「本部にじょうほうを持って帰るのも俺たちの大事な仕事だろ」


 背負った女の子のすわりを確かめて、おれはインカムの音声入力を二度連続で叩く。


「本部、コチラ前線第十四班。戦場で女の子を一名ほごした。これから帰投する」


『少女……だと!? 了かいした気を付けて戻ってきなさい』


 班チャンネルから本部直通回線へと切り替わったインカムから聞きなれた茉莉花じゃすみん先生の声が聞こえた。


「よし、それじゃあ行こう」


 おれたちは隊列を組んで走り出す。目的地は対キノコ怪人戦線そうごうつめ所だ。

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