事件資料5:G大学教授ニエダロクロウの地質調査記録より一部抜粋-2

 題名:地元民に語り継がれる因習について


 更新日:20XX年6月29日 8:30


 フィールドワーク中に出会ったご老人の話は中々に興味深い内容だった。何せ日本中を探しても恐らくココだけだろうと言う程に珍しい風習……と言ってよいか分からないが、独自性溢れる情報を教えてもらったのだ。


 それは"キンジュ"というそうだ。禁止の「禁」に文字の「字」を合わせて禁字キンジュ。恐らく"キンジ"が訛ったのだろう。古い文化や因習は門外漢ではあるが、呪術とか神道とか、所謂オカルト方面の話に思えた。歴史に興味はあれどオカルトには無関心な私にはちっともピンとこないが、つい最近知り合った年若い民俗学者の彼にはさぞ垂涎もののネタだろう。


 さて、本題だ。禁字……禁止された字と書く位だからソレ自体は当然の如く宜しくない意味を含んでいる。と言うか不幸そのものだとご老人は語った。曰く、名状しがたい不幸があった場合、その現象に無理やり名前を付けるそうだ。例えば倒木で死んだ人が何人も出たとする。偶然か否かは問わない。その時、この近辺ではその不幸に例えば"ジュボク"とか、あるいは"ジュボッコ"みたいな風に仮の名前を付け、次に「木」と「死」を組み合わせた新しい漢字を無理やり作り、その新しい創作漢字の読み仮名にさっきの名前を宛がうそうだ。


 話を聞いてみる程に何とも不思議な習慣だと思いつつも、なんでそんな習慣があったのかと問いかけると、ご老人は蓄えた髭をさすりながら神妙な面持ちでこう答えた。封印するためだ、と。成程。何となく納得がいった。存在しない漢字に不幸な現象の名前を付け、封印する事で不幸が二度と起きない様に願ったのだ。


 普段から使わないような創作の名前と漢字だから話題に上る事などない。使わなければ忘れ、忘れる事で災いを封印する。そんなところだろうか。現代社会から考えれば実に馬鹿馬鹿しい行為ではあるのだが、当時の人達が必死で考え付いたまじない、いや祈りと言った方が正確か、とにかくソレを馬鹿にする気は毛頭ない。


 その後もご老人は色々な情報を教えてくれた。創作漢字の扱い、災いの封印方法など、当初の頑固で意固地そうな雰囲気は何処へやら、民俗学を齧っていると教えるや非常に饒舌にこの地域独自の文化の説明をしてくれた。残念ながら今の私が知ったところで大した役には立たないから、後でクヤマ君に教えてあげるとしよう。


 追記:そう言えばご老人が名づけの際に注意しないといけない点があると言っていた事を思い出した。聞けば確かにその通りだと酷く納得すると言っていたが、しかし肝心なところで話が中断されてしまって聞けず仕舞いとなってしまった。まぁ、この手の話に興味は無いからさして後ろ髪を引かれるようなことも無かったが、しかし肝心な情報が抜け落ちていると知ったクヤマ君の嘆き悲しむ顔が目に浮かぶ。と、いう訳で戻る前に忘れず聞いておくようココに追記しておく。


 未来の私よ、忘れるなよ。

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