口〈ハコ〉
風見星治
事件資料1 県警捜査資料:精神科医の聴取内容
一番最初の兆候は……そう、ここ数日の間に妙な症状を訴える患者が増えて来たという話を人づてに聞いたところかな。その時はまだ噂話レベルで私は見た事なかったんだけども、話を聞けばどうも市内での報告が目立っているそうだ、と。今もそうだけど原因が分からなかったから化学物質だとか、はたまたカルトの仕業だ、とか色々な噂が飛び交ったものだよ。勿論、コレも現在進行形だけどね。
――本題に入ってもらえますか?
あー、はいはい。その人が来たのはそんな噂を耳にし始めた矢先だったよ。その人も例に漏れず妙な症状、何か変な模様が視界にチラつくなんて理由でココに駆け込んで来ましたよ。ただ、正直なところ話を聞いてもさっぱり要領を得なくて。頭の問題なら正直脳外科医にでもかかって欲しいって思いましたね。地方だから暇で良いと思っていたのは最初だけ、意外と精神を病んでるヤツは何処にでもいて、更にここ最近の騒ぎが拍車を掛けてまして、医者の不養生と言うヤツです。で、ふと"またこの手のヤツか"って本音零しちゃったら、彼はソレが酷く気になったようでした。その後の会話ですか?まぁ、普通ですよ。
「どうされました?」
「いや。ここ最近、仕事でそういった人を立て続けに見て来たので」
「へぇ。でも偶然という訳ではないでしょうね。現代社会が生んだ社会的な病気ですよ。誰も彼も安月給でこき使われ、壊れたらポイっと放り出されるか、あるいは逃げるか。だけど、何方にせよ次は簡単には見つからないし、見つかっても逃げる前と変わらないか余計に待遇が悪いか。こんな社会情勢で精神を病むなってのは無理な話ですよ。ま、そのお陰でウチはソコソコ儲かってますがね。」
「そう、そうですよね」
こんな具合でしたね、確か。彼は私の言葉に酷く落胆していました。誰も彼も、大小の差はあれども自分が潜在的に望む答えを言って欲しいという欲望があるもので。
「先生、こんな模様見たことありますか?」
不意に彼はそう言ってジャケットの内ポケットから取り出した黒いメモ帳に走り書きした、まぁお世辞にも褒められない汚い模様を見せてくれました。さて……と、ソレを見た私の目は釘付けになりまして、すると彼「知ってるんですか?」「教えて下さい!!」なんて、酷く食い下がって来たんですよ。私にも守秘義務があるんですが、でも彼はそんな押し問答をジャケットの内ポケットから取り出した警察手帳で強引に黙らせました。
成程、彼が今追っている仕事でもこの手の模様が出て来たのか。私は大きなため息を付いて、まぁこうなっては仕方が無い、捜査に協力するのが市民の義務と覚悟して話し始めました。とは言ってもですね、大したことは無いですよ。私の受け持つ患者さんの1人がそんな模様を見せてくれた事があるというだけです。そう言って私は彼が書きなぐったスケッチを……あぁ、その時は何処にやったか忘れてしまったので見せられかったのですが……でも、あれ?と疑問に思ったんですよ。彼が見せてくれた模様と私が見た模様は違ったような気がするんですね。
――違うんですか?
あぁ……えぇそうですね。あぁ、似ていると言っても構成が、ですよ。例えば模様のホラ、この外周の部分が1つが欠けていましたし、それにその中身の模様も別でした。あれは……漢字が一番近いですかね。ただあんな漢字は見た覚え無いんですけど。で、その話を私がすると青年は模様と私の顔を交互に見つめながら神妙な顔つきで何かを考え始めたんですよ。病院に来てまで仕事なんてどう考えても根を詰めすぎですよね。で、休んだ方が良いと助言したんですが、彼「冗談でしょ?」なんて言って、コッチの助言を聞かなくて。
なので、ここ最近の状況はどうなんだってちょっと語気を強めたらシュンと肩をすぼめちゃいましたよ。自覚はあるみたいでしたね。ま、私としてもこれ以上に彼の症状が悪化するのを望んでいる訳ではなかったので軽めの薬を幾つか処方し、ついでに診断書も発行しておいたんです。職業柄、少々体調が悪い程度では休ませてはくれないでしょうしね。
その後ですか?"お大事に"って定型文を背中に投げかけて終了です。医者だからと言って何でも解決できるわけじゃあありませんよ、特にこの仕事はね。ここ最近の盛況ぶりもあって、それ以上は考えませんでした。本当に最近は多い。あの刑事を含めれば同じ症状の人がココ数カ月で4人もですよ?しかも……あぁ、よりにもよって今更に肝心なこと思い出した。
――それは一体どのような事ですか?
あの刑事が見せてくれた奇妙な紋様、先の3人共に共通していたんだった。1人だけじゃなかったって事でして。
――具体的には?
そりゃあ教えられませんよ。でも、模様くらいなら別に良いでしょう。常用漢字じゃない、何やらすごい昔の漢字みたいな模様ですが、この程度ならば守秘義務違反にはならないでしょうし……あれ、おかしいな。どこにやったっけ?俺も歳かなぁ、物忘れがちょっと酷くなってきたみたいだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます