第3話 蝶々とママはナニ味?

 忙しく立ち働く母親(妹)に代わり、子供のお迎えに訪れた保護者(仮)。


「今日は、保育園で何をしてきたかな~?」


 ん! とばかりに、筆談用にセッティングされている。ミニタブレットに表示された言葉を読むと、


『おうた、うたった!』


 はじめの頃の戸惑いや顔見知りは薄れ、遠慮もそろそろ学んでほしいかなと思いつつある、今日この頃。


「そっかそっか、どんなお歌を歌ったのかな? わたしにも聞かせてね」


 魔法対応型マジークゥーズイヤホンを、手を繋いでいる方の耳にはめる。

 ごく狭い範囲で、限定的に音声変換されるもの。


『うん! きーてて! ちょうちょ~、ちょうちょ~!』


 よく知る童謡のワンフレーズを歌い終わると、張り切ってりきんで歌ったからなのか。足元に丸や三角四角の幾何学模様が表れ、無数の大小様々な蝶々が現れ、頭上を一回りしたかと思えば、一直線の帯状に翔んでいく。


 思いもよらぬ事態に驚いていると、

『ちょうちょ~!』


 そう言って、指差している指先にひときわ大きな蝶が止まった。ゆっくりと羽ばたきを始め、飛び立つと。いつの間にやら自分の背中にも取りついていた蝶が、自分ごとふわりと翔んだ。


「ま、まったぁ~!」


 この手を離したらダメッ! とっさに子供を抱き抱えると、さすがに大人の重さのままではうまくは飛び立てなかったのか、ゆっくりと上昇しつつ放物線を描くように飛んでいく。


「う、うわわゎあ~!」

『ちょうちょ~』


 異常な事態に大人は驚いているのに、子供は楽しげに愉しそうに笑っている。

 とっさに思ったことは、今日はズボンで良かったということ。


 いざという時は、抱えて飛び降りれる場所を探して、屋根なら行けるか。それと木にしがみつくか。

 そんなことを考えるうち、いつの間にか、高くそびえる塀を越えた辺りで、ゆっくりと蝶々の帯が降下し始める。


『あ、ママだ~!』

「え?」


 目下に見えるはホイッスルを咥えた妹の姿。合同訓練の途中だったのか、老若男女が一様にこちらを見上げていた。


「お、お姉ちゃん? と…」


 戸惑う妹めがけて、叫ぶ!


「なぁ~のぉーはぁー! パス!?」

「ワ、わかった!」

『ママ、なのはママ~』


 近ずく妹の元に手を伸ばし、子供を受け取らせ、自分はそのまま走り勢いを減らしながら着陸。




 当事者はそんなに大騒ぎすることではなかったのか、今一番気になることにご執心のようだ。


「ん~、何かな?」


 ざっと、子供に怪我や異変がないのを確かめると、ほっとしたのか抱き締めている。

 辺りを飛び交う蝶が、何やら私に止まると消えていくのが疑問だけど、何ともないみたい。多分、この子の影響だろうって、見当は付く。…うん、後で調べてもらおう。


『ちょうちょ、おはなにとまるからあまいよね?』

「そうだね~、蝶々はお花に止まるね~」

『なのはママ、あまい?』

「…え~? 何味かな~?」


 相づちのつもりで、気持ち何も考えずに応えている。すると、ワシッと、ほっぺたに小さな両手がさし伸ばされ、ペロリ。

 ん~? っという顔をしたかと思うと、も一度お鼻をペロペロ。


しおつら塩辛かた~? あまくなぃ~!』


 想像していたような甘さがないことに、カンシャクをおこしてる。仕方がないな~と思いながら、


「…今は、汗かいてるからね! 今だけ! 今だけはしょっぱいだけだから!」


 言い訳に困って、訳も分からぬ言い訳をするなのはママ。

 そんなセリフに対し、


「そ、それは…。多分、塩対応だソッケナイからだねw」

「「「ぶっ!」」」


 思いもよらぬ突っ込みに、それを聞いていた何人かは吹き出し撃沈した。そしてそれを言った本人ははたかれた。

 何かを予知したのか、その内の一人は、


「…なぁ、お前。さっきアレ持ってたよな? 今だけくれ。今すぐ」


 ついさっき、とがめられたアレ。


「え? はぁ、でも…」


 上司命令に戸惑いながらゴソゴソと差し出したアレを奪うように、ササッと洗った手でぎゅうっと握り締める。

 案の定、顔を洗うためにか、ママの抱っこから下ろされた子供が、誰かを見つけ、かけてくる。


『ママ~! ママ、あまい?』

「アタシは甘いぞ~!」


 そう言って焦げ茶色でトロリとしそうな人差し指を差し出す。目の前に差し出された指をそのままパクリ!


『ん…、びたー!』

「はぁ?」

『ビータママ、びたー! オトナアジ!』

「そ、そんなはずじゃ…」

「やっぱ、お子様には苦いか。濃厚カカオは」


 チョコレートを渡した本人がボソッとつぶやくと、


「それを早く言え~!」 ((( ;゚Д゚)))\\(゚Д゚#)ガクガクブルブル


「イヤイヤ、違うだろ! 小柄ロリータなのに大人だからだ~w」

「お、お前もか~!」


 わははっと笑い合う大人達と、ヤラレタと嘆くママ達。ヒデェ、ホントのコトじゃねぇかw と笑ってド突かれる大人達。


 笑う大人達を不思議そうに見上げ、良くは分からないけど、ボクも笑っとく!




 そのままの勢いで次のターゲットへ走り出す! してやられた大人たちは子悪魔に新たないけにえを捧げに目星をつける。


 オフィスでの仕事が一段落してティータイムだったのか、喫茶店でお茶していたママ発見!

 かっちりとしたスーツ姿が様になる大人な女性。


『ママ~、ママ! ナニ味?』

「ぅん? 何がどうした?」


 訳も分からないまま、走ってきた子供が抱っこと両手を揚げていたのを抱き上げ膝の上に。

 ニマニマして何も言わないままでいる、同業他部所のママ友二人を、よく分からないまま見つめている。

 キラキラした目で見上げてくる、心で繋がる我が子を前に、


「…ふむ。これでも食べるか?」

「「あぁ!」」


 目の前に頼んでいたコーヒーとお菓子が届いたのをいいことに、気をそらして時間を稼ぐついでに探りをいれる。

 思惑が外れ、落胆する二人。


『タべる!』 モグモグ、むしゃむしゃ… 『ニケママ、…あま~い!』


 肉桂シナモンシュガーたっぷりの棒状ドーナツのチュロス。


「思わぬ強敵だった~!」

「う、裏切り者~!」

「な、何がだ!?」


 嘆くママ友二人に困惑と戸惑いを隠せない大人達をよそに、お子様はおやつが美味しかったから、本来の目的はおいといて、ご満悦。


『ニケママ、あまかった~!』




 事の子細を聞いて、四人に増えて、次のターゲットへ。


 衛生的に保たれ、落ち着く色調の医務室に白衣を羽織った女性が一人。にこにこ笑ってる。


「うぅ~ん。今日はどこか、いたいいたいかな~?」

『ママ~、ママ! ナニ味?』

「何味かな~?」


 何を思ったか、身を屈めると棒状のモノをその小さなお口に、一つまみポンっと。

 パクリ! シャリシャリ、シャリシャリ…


『ンー、おミカン味?』


 その答えに一寸迷って、

「ん~、当たりー! っでいっかー」

『あたった~! シャママ、ミカン味ー!』

「レモンの皮ピールの砂糖漬けでした~」


 薄黄色のスライスされたレモンピール。


「「ぅう~!」」

「成る程、見てたのか」

「ええ、チラッと見えてたから、先回りしちゃった。エヘッ」



帰宅後


「ただいま」

『タァ~ダィマァ~!』

「お帰りなさい。今日は楽しかったかな?」


 黒地に兎なエプロン姿でお出迎えのママ。


『! ママ! ママ~、ママはナニ味?』


 出張先から、一週間ぶりの帰宅したからか、先に家で待っていたママ。早速、気になる質問をぶつけるのが子供の特権なの! とばかりに投げかける。


「そうだね~、ママは何味か、確かめて?」


 そっとつまんだソレを鼻先に、パクリ! モゴモゴ、もごもご…


セサミゴマ~!』


 口に入ってきた、甘くまだ柔らかく暖かいソレ。


「あっ! …あんまん?」

「そう、帰ってくるまでにって、張り切ってみたの」

「むぅ、まけちゃったか~」

「え? 何かあったの?」

「実はね」


 それまでにあった色々を交い摘まんで説明していると、


「ただいまー!」

『ねぇね~、(*’-^)ノおかえりぃ~!』


 玄関にダッシュして飛びかかる!


『ねぇね~! ねぇねは、ナニ味? なのはママ、しおあじ! ビータママ、びたー!』

「あ、まだやってるw」

「気になるなぁw」

『ニケママ、シナモン! シャママ、サリサリ! ヘイトゥ黒兎ママ、ごまかし菓子ー! だった!』


 それとなく、誤解を招きそうなセリフが聞こえた。


「ね、ねぇ、もしかしたら。私、誤魔化したことになってる?」

「…そーなってるみたいかな~www 」


 奄美の黒兎は週一か10日に一度くらいで数十分しか、子供に会わない。らしい?


 ダダダダダッ! っと、かけ戻って来ると。よほど驚いたのか、目がこぼれんばかりに見開かれ、


『ビビオねぇねっ! 鮮烈ビビッドな味だった!』

「「何でっ!?」」


 当の本人は、動きやすそうな格好でリビングに現れ、


「エヘヘ~! パチパチ弾けるアメだよ~!」


 ちょうど珍しいお菓子を買ってきていたお姉ちゃん。

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