裏表
「えーっと、今から行くのはどんな神様の神殿だっけ?」
年若い青年ながら歴戦の冒険者であるテオが、小柄な神官少女のミアに尋ねる。
「醒めを司るレイモン神様ですよ。悪夢を防いだり、正気を保つ神様です」
「ちなみにだが、ドワーフの一部はレイモン神を二日酔いに効果がある酔い醒めの神だと思っている。あくまで一部だぞ?」
ミアの説明にドワーフの女性であるフレヤが補足を入れるが、勝手に酔い醒め神と認定されていることを老神レイモンが知ればどう思うだろうか。
「あまり聞かない名だ」
「確かに」
絶世の美女であるエリーズが首を傾げると、無表情な女のアマルダが僅かに頷いて同意した。
「まあ大戦で活躍したという話もありませんし、信徒も目立った行動をしてません。でもこの王都にあるレイモン神様の神殿は素晴らしいものという話です」
ミアが困ったような表情を浮かべる。
どうやらレイモンは裏方だったようで、知名度はあまりないらしい。
それはともかくとして、観光中のテオ一行は街中にあるレイモンの神殿に足を運んでいた。
「あれ? お客さん達じゃない。武芸者大会の観戦はいいの?」
その道中に現れたのが、大通りでも変わらず怪鳥のような姿をした、勇者と剣聖の先輩を自称するオスカーだった。
「あ、どうもオスカーさん。なんと言うか、戦い続けてたものですから観光をメインにしてるんですよ」
「ああ、なるほどなるほど。分かる分かる。とーっても分かる。戦いから離れた時間は必要だよね!」
「それで今はレイモン神様の神殿を見に行こうとしてます」
「おおっとこりゃ偶然! 僕も丁度仕事で呼ばれてるんだ!」
世間話のつもりだったテオだが、偶然にもオスカーが向かっているのもまたレイモンの神殿だった。
オスカーは仕事であるためテオ達に内容は口にしなかったが、神殿から動かせない宝剣の手入れについて相談を受け、確認のため見に行こうとしている最中だった。
レイモン神の神殿から依頼を受けるのは初めてであるが、実は街でも有数の武具店を営み、そして長命で経験豊かなエルフのオスカーは、こういった祭事に使用する武具についての相談を様々な神殿から受けていた。
「しかし中々目の付け所がいいね! レイモン神の神殿は綺麗だから、見応えがあると思うよ!」
「そうなんですね」
相変わらず妙にテンションが高いオスカーを、テオは鬱陶しく感じることなく対応する。
これは彼の気の良さに加え、怪鳥オスカーの大雑把な戦歴をフレヤから聞いていたことも原因だ。
「ただ、どんな神様か詳しく知らなくて……」
「仕方ないよ! 処世術の神様なんだから、目立ったことはしないさ!」
「え? 処世術? 醒めとか酔い醒めじゃなくてですか?」
「おっとそうだった! 人間から見たら醒め。ドワーフの一部から見たら酔い醒めだけど、長生きしてる古いエルフはレイモン神を処世術の神として見てた時期があるのさ! でもまあ、僕もどうしてレイモン神が処世術の神って言われてたかは知らないんだよね!」
不勉強を恥じたテオに、オスカーは気にすることないと手を横に振るが認識の違いが現れた。
ミアはレイモンを醒めを司る神と説明したが、オスカーは処世術の神であるというではないか。
「処世術……ですか?」
「そうそう。神も人と変わらないさ。表の顔があるように裏の顔もある。額面通りの存在なんてそうそういないよ」
(それに慢心。油断。視野狭窄。独善。挙げればきりがない)
オスカーは首を傾げたミアにいつも通りの楽天的な表情を向けるが、心の中では溜息を吐いていた。
若者や聖職者は神を完璧な存在として捉えている者が多い。しかしオスカーのように僅かながらも神と関わりがあった者達は、とてもではないがその意見に賛成することができなかった。
(まあ、大魔神王ですら別の面を持っていたと言い換えることが……できるかな? 僕は理解が浅いから言いきれないけど、フェアド君ならどう表現するだろうか。シンプルに馬鹿? それに世間から見たフェアド君も真実から遠ざかっているなあ)
オスカーは武芸者大会を観戦しているであろう後輩を思い浮かべる。
そのフェアドも常識人や歴史家のそうでなければおかしいという思い込み、物書きの脚色が入り混じったせいで完全無欠の英雄像が完成しており、無教育で礼儀作法とは無縁な悪ガキという真実の一端が消え去っている。
結局のところ、他人からの評価や伝聞は長引けば長引くほどどこかでねじ曲がってしまうものなのだ。
「ちょっとした雑談なんだけど、全存在の中で世界で一番有名なのはなんだと思う?」
「え? それはもちろん勇者様なんじゃないですか?」
「だよね」
何気ないオスカーの質問にテオは即答した。
(認識してる人間が多いってことは、それだけ解釈が生まれるんだろうなあ)
オスカーは再びフェアドのことについて考える。
大魔神王を打ち倒し世界を救った。この比類ない功績で勇者パーティーと勇者フェアドの名は不動となり知らぬ者などいない存在と化した。だがそれ故に様々な人間が解釈を持ってしまい、突拍子もない意見も飛び出てしまうのだ。
そして何度も述べたことだが、皮肉なことに全存在の抱いた勇者への希望の光はフェアドの許容量を超えかけ、彼は人里離れた山で暮らすことになった。
「おっと。着いた着いた。ここがレイモン神の神殿だね」
思考を打ち切ったオスカーの視線の先に神殿があった。
王都の中央から若干離れた立地にあり、巨大だとは言えないもののきちんと管理が行き届いた白き神殿は見事なものだ。
「えーっと、この仕事の責任者はマティアス大司祭って名前だったかな」
内はともかくとして。
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