第20話 エディ

 外の喧騒がまるで別世界の出来事であるかのように、養護施設の中は静まり返っていた。

(エドゥアルドって名前は間違いなさそうだな)

 職員の反応を思い出しながら、ズィオは足音を殺して建物の中を歩いてまわった。子ども達の名前も、既にリサーチ済みだ。兄の方はエドゥアルド、妹はアリアナと言う名前らしい。

 古い建物だが部屋数は思いのほか多く、こうも静かだと標的を探し出すのも簡単ではなさそうだ。

 ズィオがそんなことを思いつつ、音の立ちにくい分厚いビニル材の床に感謝をしながら廊下を奥へと進んでいった。

 そしてふと、廊下の突当たりの手前にある部屋の扉が、半分ほど開いているのが目に入った。

 部屋からは物音一つ聞こえてはこなかったが、その静寂の中から首元に刃を突き立てられたような冷たい緊張感が零れ落ちてきた。

(ここだな...)

 そう確信したズィオは、扉の陰から部屋の様子を伺おうと身を屈めた。

 ズィオのいる場所から見て対角線方向の部屋の隅に、男が一人倒れているのが見えた。足元しか見えていないが、しばらく見ていてもぴくりとも動かない様子を見るに、意識を失っているのかもしれない。 

 ズィオは扉に顔を押し付けながら、出来る限り物音を立てないようにさらに部屋の奥を覗き見ようとした。しかし...

(こっからじゃ、これ以上はわからねぇな。もう入っちまうか)

 そんなことを考えていると、不意に死角になっている場所から声が飛んだ。

「誰だ...」

 低く、けれどまだ声変わりの完了していない細く若い声が、突き刺さるようにズィオの耳に届いた。

(気付かれたか...)

 慎重に動いていたはずだがと、ズィオは身構えた。しかし、声の主がそのあとに続けて何かを言ってくることは無かった

 だが、壁一枚を隔てても伝わってくる警戒感に、ズィオは観念して立ち上がった。

「立ち聞きみたいになって悪いな。失礼するよ」

 そう言って、ズィオは半開きの扉から静かに部屋の中へ入った。

 静かな中に異様な雰囲気を湛えた部屋の中をぐるりと見回すと、窓の側には、先ほど目に入った男の身体が、ぐったりと伸びきったまま窓の方に頭を向け、横たわっていた。

 そして、男の子足の先から少し離れた場所に、彼はいた。

「エドゥアルド·サビーニだな。エディって呼んでもいいか?」

 いつもの飄々とした口調で、ズィオはエディに語り掛けた。だがエディは表情ひとつ変えず、ただじっとズィオの方にその灰色の瞳を向けるばかりだった。

 彼の手には一丁のピストル、おそらくBから奪い取った物だろう。隠し持っていたらしい。

 そしてその銃口は、エディの胸元で震える年輩の女性に向けられていた。

 両手両足を縛られ、口には猿轡代わりのハンカチを噛まされている。服装を見るに、施設の職員だろうとズィオは推測した。

 エディは女性を逃がすまいと、しっかりとその身体に腕を回し、こめかみに銃を突きつけていた。

 青ざめた表情の女性とは対照的に、エディの顔付きは相変わらず、何を考えているのか全く知れない、無の状態だった。

 ふと、エディのとなり、ズィオから見て部屋の左隅の方で、誰かが小さくなって震えているのが見えた。

 アリアナだった。

 不安と悲しみとが入り交じったような顔で、こちらとエディの両方を交互に見るアリアナの様子を窺いながら、ズィオは倒れている男の方にも目をやった。

 よくよく見れば、男の顔面は殴られて赤く腫れ上がっており、目元に至っては青黒いアザが出来ていた。

(いや、まぁそういうことかも知れねぇな)

 ズィオは、何か思い付いたことがあったのか、エディの方へ向き直り、口を開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る