第227話 言葉の違和感

 むぅ……リビングでは親父、みこと、四条さんが【姫天ひめてん】を観てるだろう。

 俺は恥ずかしくて自分の部屋まで逃げて来たけど、米原さんが言う【新ネタ】って何だろう?

 スマホで【姫天】を観ながら考えていても、その答えは出なかった。

 だが、次の瞬間、俺は固まってしまった。

 何故なら、米原さんがキャラクターの樹子姫ではなく、米原よねはらいつきとして画面に登場したからだ。


 ――うぉ、モノホンだ

 ――やっぱリアルも可愛いな

 ――流石の風格

 ――こんな事、初めてじゃない?


 そんな驚きと困惑のコメントの中、俺は目を丸くする。


「……何、アレ?」


 俺が見たのは米原さんが座る豪華なソファの左右……。


 ――いっちゃんの右隣にあるぬいぐるみ、純命じゃね?

 ――刀さしてるし髪型もソックリだし間違いないw

 ――じゃあ左隣の猫耳男は?

 ――んなの猫ニキに決まってるやろ

 ――会員番号4番は伊達じゃねぇな

 ――いや伊達なんだよ

 ――草


『今回の海老名の一件で、我々【ポット】は、大きな危機感を覚えました』


 ――シャベッタァ!?

 ――いっちゃんじゃなくて米原モードだ。

 ――どうゆう事なの……

 ――ガチ話って事


ポータルの外にSSダブル相当のモンスターが出て来た異常とも呼べる事態。こんな事が北海道で起きた場合、私は北海道代表として戦う事となるでしょう。当然、これは天才の務めであり義務。故郷を守るため、尽力するつもりです』


 ――マジでガチじゃん

 ――これは天才の辛いところだよな

 ――世間の目があるからモンスターからは逃げられない

 ――逃げたら終わるしな

 ――高い報酬だけじゃ割に合わないよな

 ――でも、天才に還元出来るのがそれしかないんだよな

 ――魔石は?

 ――魔石だって手に入れたいなら、高ランクになればなるほど強い個体を倒さなくちゃいけないんだから、結局はモンスターの前に立たなくちゃいけないんだよ。金で解決出来る部分もあるけど、それも限界がある

 ――SSダブルのいっちゃんでさえ、モンスターの前に立つのは怖いと思うよ


「米原さん……」


 彼女は前に立たざるを得ない存在。

 彼女の固有天恵があれば、多くの人が救われる。しかしそれは同時に、米原さんを最前線に立たせると同義。

 …………確かに辛いな。


『私は大きな組織を預かる人間として、天才として、先程、クラン【命謳めいおう】の伊達きゅ……伊達さんと連絡を取り合いました』


 ――今、伊達きゅんて言おうとしたろ

 ――伊達玖命きゅうめいだから……

 ――きゅんきゅんしてるんやろなー


 連絡って何の事だっけ?

 あ、もしかしてさっきの事かな?

 たっくんが暴走する前に聞かれたやつ。


『伊達さんの話によると、やはり今回のダンジョンボスはSSSトリプルランクのモンスターだったそうです』


 ――やば

 ――【命謳】いなかったら危なかったやつ

 ――被害は神奈川全域か……いや関東全域かもな

 ――越田がいるやろ

 ――解き放たれたSSSトリプルが飛行できるタイプなら、越田でも捕まえるのは難しいよ

 ――なるほど。倒せるのと、暴れてるやつを逃さず倒すってのは別物か

 ――そういう事


『もし、相手がSSSトリプル相当のモンスターであれば対処出来るクランは限られてきます。【大いなる鐘】の越田殿は勿論ですが、この海老名の一件で【命謳】の実力も証明されました』


 ――【インサニア】は?

 ――インサニアはまだSSSトリプル攻略した実績はない

 ――出来るとは思うけどタイミングがなかっただけ

 ――出来たとしても犠牲がやばそうなんだが

 ――それはある


『我々【ポット】には、残念ながらその実力はありません。SSダブルモンスターの討伐がせいぜい。ならば、我々もまた、役に立てる場に立つしかない。そう思い、【ポット】代表米原樹は、決断し、実行しました』


 ――え、何を?

 ――【ポット】が何かするの?


『【命謳】のホームページにある、傘下クラン応募ページに【ポット】の代表として、応募し、受領、、されました』


 そう言って、米原さんはニコリと笑った。


「………………は?」


 ――……今何て?

 ――聞き違いじゃなければ、【ポット】が【命謳】の下に付いたって?

 ――え、マジで?

 ――北の【ポット】がCランク筆頭の【命謳】の下に付いた

 ――控えめに言っても……大事件じゃね?

 ――これ、【ポット】のメンバー納得してるんか?


 そんなコメント群が流れる中、俺は階段を降り、リビングまでやって来た。


「し、ししししし四条さんっ!?」

「声が裏返ってるぞ、じゅんめー」

「純命お兄ちゃん、落ち着いて」

「純命、夜にあまり大きな声を出すなよ。近所迷惑だぞ」


 家族全員が俺の名前を間違えてる。


「い、いや、ふざけてる場合じゃないでしょ!? い、今【ポット】の米原さんが!」

「あぁ、これな」


 言いながら四条さんは俺にパソコンの画面を見せた。


「知ってるなら話が早い! ていうかこの話、俺聞いてないんだけど!?」

「そりゃ、言ってないからな」


 あっけらかんと言う四条さんに、俺は肉薄した。


「どうして!?」

「い……いや、顔が近いぞ……じゅんめー」


 四条さんが顔をそむけるも、俺はまだ納得できていない。

 しかし、そんな俺を止めたのは親父だった。


「よく思い出してみろ、伊達きゅん」

「よく思い出した結果、凄いあだ名が出来た事を思い出した……」

「米原さんは何て言った?」

「え?」


 親父にそう言われ、俺は米原さんの言葉を思い出す。


 ――応募し、受領、、されました。


「…………受領?」


 その言葉の違和感に気付いた俺に、みことが教える。


「そ、『応募して受け取られました』って米原さんは言ったの」


 その補足に、四条さんが更に説明する。


「そもそも、応募されたら自動返信で『当クランで検討の上ご返信します』的なメールが届くから。受領で間違いじゃない」


 な、なるほど……だから四条さんは俺にまだ話してなかったのか。帰って来たのさっきだしな。


「米原樹さん、凄い人じゃないか」


 米原さんを褒める親父に、俺は首を傾げる。


「どういう事?」

「受領って言葉で、視聴者の混乱を引き起こしたんだよ。結果、【命謳】は大々的に【ポット】との交渉の席を設けざるを得ない。つまり、玖命が断りにくい状況を作ったって事だよ。玖命もこういうの見習うといいぞ」

「お兄ちゃんのファンでも、それと【ポット】を守る事に関しては別って事だね」


 なるほど、米原さんって確かにそういうしたたかさも持ってたな。

 いやほんと、凄い人だ。

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