第180話 ◆天才派遣所八王子支部の噂

 ◇◆◇ 20XX年9月10日 9:00 ◆◇◆


 伊達だて玖命きゅうめい川奈かわならら、鳴神なるがみしょう山井やまい拓人たくとが初めて集った日から十日。

 天才派遣所の八王子支部では、玖命の事が大きな話題となっていた。


「おい、聞いたか?」

「あぁ、聞いた聞いた。伊達のヤツ、クラン創ったんだってな?」

「マジかよ!? アイツ昨日Cランクになった、、、、、、、、ばかりだろっ?」

「『マジかよ』って……じゃあお前は何を聞いたんだよ」

「そりゃお前、伊達が、あのインサニアの山井拓人とチームを組んでた事だと……」

「マジかよ!? アイツ鳴神翔と組んで話題になったばかりだろ!?」


 そんな話題がどうしても耳に入ってしまうのは、天才派遣所八王子支部で受付をしている相田あいだよしみ


(まさか伊達くんがここまで成長しちゃうなんて……ううん、最初からこうなるってわかってた。でも、この成長速度は過去例にない。だから目立ってしまうのも無理はないけど……伊達くんが遠く離れてっちゃうみたいで……ちょっと嫌だなぁ)


 大きな溜め息を吐く相田の前に、一人の女がやって来る。


「やほー、よしみ

「あれ? 珍しいね、結莉ゆり?」


【剣皇】水谷結莉の登場に、待合室がざわつく。


「そんなに珍しい?」

「だってここ最近は全然来なかったじゃない」

「あーそれ? 何か【大いなる鐘ウチ】が大型の契約とってきたみたいでね。毎日毎日リザードマン、、、、、、の相手してたの。ここから近いから来ようと思ってたんだけど、新人訓練もあったから帰る頃にはもうヘトヘトでね……はぁ」

「ふふふ、お疲れ様」

「それで、よしみは勤務開始数分で何で溜め息を?」

「うっ!? み、見てたの……?」

「この目で、しかと」


 ニコリと笑って言う水谷に、相田は呆れた目を向ける。


「べ、別にいいでしょ……もう」

「『大事な人が遠くに行っちゃうの嫌だなー』って顔してたけど?」

「そ、そんな事……思って……ないよ?」

よしみは私と同じで嘘が下手」

「むぅ……越田さんに嘘を見破られてから開き直ったよね」

「ふふふ、そういうのって大事よね。玖命クン、今や時の人って感じだね」

「何? 噂を聞きつけて来たの?」

「勿論! 玖命クンに直接話を聞ければと思って寄ったんだけど……いないみたいだね」

「さっき依頼を受けてたからね。帰るのは夜なんじゃないかな?」


 相田が言うと、水谷が神妙な面持ちになる。


「そんなに難しい依頼だったの?」


 そう聞くも、それ以上の事は相田の口から答えられる訳がない。


「伊達くんたちが依頼を受けた事は、周りから聞けばわかるだろうから言いますが、依頼内容の明示は出来ません」

「あははは、だ、だよね」

「気になるんだったら聞いてみればいいんじゃない? 結莉が聞けば、伊達くんなら教えてくれるでしょう」

「いやいや、まずは現場の臨場感から楽しみたいじゃない?」

「その感覚は私にはわからないんだけど?」


 そんな相田の反論に、水谷はまたニコリと笑う。


「それは残念。うーん、でも帰って来るのは夜かぁ……久しぶりに山井さんにも、ららちゃんにも会いたかったんだけどなぁ」

「クランを創ったから、これから忙しくなるんじゃないかなぁ」

「そうそれ、その事も気になってたんだよね」

「だから、ToKWトゥーカウで聞けばいいじゃない」

「そうなると、何か負けた気がするじゃない?」

「何? もう伊達くんをライバル視してるの?」

「えっ? そ、そんな事ないじゃないっ?」

「結莉は私と同じで嘘が下手」


 先程の水谷の口調を真似するように、相田が言う。

 すると、水谷もまた先程の相田がしたような反応を見せた。


「むぅ……性格が悪いぞ、よしみ

「お互い様でしょ」

「んもう、開き直っちゃって……」


 そう言って、受付に寄りかかる水谷。

 そんな水谷たちに、更なる噂話が届く。


「はぁ!? 【天騎士】に【拳皇】に【二天一流】ぅ!?」

「クランメンバーに第4段階しかいないとかどうなってんだよ!?」

「伊達も結局無能じゃなくて【固有天恵ユニーク】だったんだろっ?」

「第4段階三人従えるって一体どんな天恵なんだよ」

「確か……単給だとか高級だとか」

「は? 何だそれ?」

「仕方ねぇだろ、鑑定課でも正確に情報を確認出来てねぇって噂だし」

「鑑定課って言えばアレだ! 鑑定課のエース!」

四条しじょうなつめだろ? あの大人しくて可愛い子」

「伊達のクランに引き抜かれたって話だぜ」

「はぁ!? 鑑定課に喧嘩売ってるんじゃねぇのか、それ!?」

「それがよ、ある日突然鑑定課に伊達がやって来たんだと」

「それでそれで?」

「鑑定課と交渉して【鑑定】持ちの何人かを連れて訓練に出たんだよ」

「は!? 【鑑定】持ちを訓練!?」

「そしたらよ? その日の終わりには【鑑定】持ち全員が【魔眼】持ちになっちまってたとかって話だ」

「ははははは、そりゃ盛られてるぜ。どう考えてもそんな簡単に天恵が成長するはずねぇよ!」

「だがよ、伊達のクランに入ったってのは本当らしいぜ?」

「【魔眼】持ちなんか雇って何するつもりだよ?」

「事務員だと」

「【魔眼】持ちの事務員……どういう職場だよ……」


 そんな噂を耳に入れ、水谷が相田を見る。


「凄いクランになりそうだね、玖命クンのクランは」

「そうね」


 相田がそう言ったところで、水谷が思い出したように聞く。


「そういえば、玖命クンのところのクランって何て名前になったの?」


 聞くと、相田がすっと眼鏡を上げ、答えた。


「めいおう」

「はい?」


 水谷が小首を傾げる。


「命のうたって書いて【命謳めいおう】――クラン【命謳】。一所懸命に生きる伊達くんらしいよね」


 そう言った相田の笑顔は、水谷には眩し過ぎた。


よしみ、その笑顔、玖命クン以外に向けちゃ駄目だよ」

「え?」

「天恵より天才たちの恋の種が成長しちゃうから」


 そう言われるも、相田は首を傾げるばかりだった。

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