第6話 妹の襲来

 目が覚めると、見慣れぬ天井。

 ベッドの横に座る相田さんが、ウトウトと寝息を立てていた。

 しかし、流石相田さんなのだろう。

 シーツの擦れる音で、彼女は俺の覚醒に気付いたようだ。


「だ、伊達くんっ!」

「おはようございます、相田さん……」

「もう……心配かけて……」


 そう言いながら相田さんは俺の顔を覗き込む。


「あ、あの……だ、大丈夫ですから……」


 流石に顔が近い……というか、睫毛まつげなが……。


「本当に大丈夫……?」

「大丈夫です。背中もしっかり回復してるみたいだし――」

「――それよ」


 相田さんは言いながら俺を指差した。


「はえ?」

「一体何があったの?」


 それは、俺の心配もあるのだろうが、それ以上に彼女は天才派遣所の職員として俺に質問した。

 おそらく、相田さんは俺を気遣って、自分からこの役を買って出たのだろう。

 ……しかし、どう話したものだろう。

 いや、答えは決まっている。

 少し気が引けるが……仕方ない。


「実は――――」


 それから俺は、今日何が起こったかを話した。自分の天恵に起こった事を除いて。

 相田さんには悪いが、今これを全て説明する事は出来ない。

 というより、俺が【探究】の全てを知っていないからだ。


「……あの人たち、伊達くんにそんな酷い事を……!」

「あぁ、でも証拠はないので――」

「――大丈夫よ、伊達くんの頭部の傷口、3D写真で撮ってるから、現場に落ちてる凶器の石を探し出せば、あの人たちの指紋が出るでしょう」

「あんな廃ビル街の雑踏に落ちてる石を……見つけるんですか?」

「そのための天才派遣所よ」


 そう言って、相田さんはすっと立ち上がった。

 そして、ポケットから職員用携帯を取り出し、電話し始めたのだ。

 そういえば、派遣所支給の電話って有事の時も使えるからって事で、院内でも使えるって話だったな。

 だが、流石に俺の前で話す訳にもいかないのだろう。

 俺に手で「少し抜ける」という合図を送り、病室から出て行こうと扉を開けると、相田さんは見慣れた女とすれ違った。

 そして、二人は小さく会釈し入れ違った。

 相田さんは出て行き、もう一人の女は――、


「ちょっとお兄ちゃん、、、、、っ!!」

「――っ!?」


 相変わらず耳に響くなぁ。


「【みこと】、うるさいぞ……」

「どういう事よ! 何でそんな大怪我するハメになってんの!?」


 伊達だてみこと――15歳。

 高校一年生になったばかりの……俺の実妹である。

 クリっとした瞳と二重瞼。腰元まで伸びた黒いロングの髪が似合い過ぎる、制服を着たキツめの美少女。地元中学男子の憧れの的であり、みことを追いかけるように同じ高校を目指した男子が数知れず。

 今通ってる高校には既にみことのファンクラブがあり、同性にもモテる事から親衛隊なるものも結成されているとか。

 ……と、身内贔屓びいきなしで手放しで称賛出来るのは、自慢の妹だけである。


「ここに来たって事は連絡はいってるだろ?」

「お兄ちゃんからの連絡じゃないんだから疑うのは当然でしょ!」

「病院からの電話は疑わなくてもいいんじゃ――」

「――どうなのよ!?」

「まぁ、適度に回復したみたい。あ、彼氏できた?」

「今そんな話してないでしょ! というか、私に釣り合う男なんてそうそういる訳ないでしょ!」


 凄い見積もりだが、性格はさておき、このご尊顔に見合うレベルはなかなかいないと思う。芸能界のスカウトもよく声を掛けてくるとか一々報告にきてたし。


「本当に大丈夫なの!?」

「あぁ」

「本当の本当に!?」

「念押しって大事だよね」

「じゃあ、真面目な話、、、、、していい?」

「あぁ……その件、、、か」


 伊達家の真面目な話といえばたった一つ。


「お兄ちゃん、今日のアガリは?」

「掃除で10800円……今回の荷物持ちで25000円」

「つまり――」

「「――合計35800円……!」」


 そう、伊達家の真面目な話といえば、地獄の業火に燃える家計のみ。


「お兄ちゃん、ここの治療費は?」

「まだわからない。それ次第で今日の夕飯からはおかずが消える……!」


 俺は顔を覆い、みことは天を仰いだ。

 すると、いつの間にかみことの後ろにいた相田さんがくすくすと笑った。


「ふふふ、大丈夫ですよ。今回の治療費は天才派遣所が持ちます。原因が依頼人にありますからね。原因特定が完了次第、派遣所が依頼人に請求しますので、伊達くんが治療費を気にする事はありません」


 それを聞いた俺とみことは顔を見合わせ、


「お兄ちゃんっ!」

みことぉ!」


 ガシッっとハグをして互いを称え合った。


「あはは、仲が良いんですね」

「そ、そんな事ありませんっ!」


 そう言ってみことはあわてて俺から離れた。

 家計の事となると、俺とみことはマジだから。この流れは当たり前の事だった。

 しかし、これが他人に見られたのはみことにとって痛手だったのかもしれない。

 恥ずかしそうなみことが、横目で俺を見た後、そろっと俺に近付き耳打ちする。


「ちょっと、さっきから気になってたけど、この美人は一体何者なの?」

「相田さんだよ、いつも話してるだろ?」


 そう聞くや否や、みことはバッと姿勢を正し、深々と頭を下げた。


「い、いつも兄がお世話になってますっ!」


 ガチ目の体育会系のノリみたいだ。

 まぁ、相田さんが仕事の便宜を図ってくれてる事を、いつもみことには話してるからな。この態度も納得だ。

 謂わば、相田さんは我が伊達家の家計の女神のような存在なのだから。


「ふふふ、伊達くんの妹さんのみことさんですね。話はよく聞いてます。聞いてた通り、本当に可愛いのね」

「んなぁ!? お、おぉお兄ちゃん!?」


 長年の付き合いだ、目でわかる。「一体、私の何を説明しているの!?」と言っているのだ。

 だから、俺も長年の付き合いのアイコンタクトを返した。

 ――わからない、と。


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