突入戦闘②

 聖騎士との一騎打ち。

 さすがに経験としてはないし、あまり想像したくもない戦いだ。


 しかし泣き言を言っている場合ではない。

 超高速で放たれる斬撃をすべて叩き落とす。


「……ッ!?」

「ふふ、これが聖騎士の力だよシャロン君」


 始まった超高速戦闘にシャロンが絶句し、アークライトが笑みを浮かべる。

 ザンバが自らを雷撃に変換して得ていた超スピードには、流石に最高速度は及ばない。

 だが神秘を炸裂させ推力代わりにしつつ、卓越した体捌きで迫ってくるブレイブハートの方が、はるかにやりにくい。


 そして普通の斬り合いと違うのがもう一つ。

 互いの得物が接触した瞬間の、異様な感触だ。


「威力が見た目より随分と高いな──」


 受け続けているとまずいかもしれない。

 防御から回避に主軸をスイッチして、カウンターを狙い剣を振るう。


「流石は勇者の末裔!」


 こちらが戦法を切り替えた瞬間に、ブレイブハートが笑みを浮かべた。

 刀身に纏わりつく神秘が炸裂し、衝撃波を放つ。


 これだ、これがこの男の戦闘用魔法術式だ。

 アクティブスキル『ネガインパルス・インテグレーター』。

 原作では刃を振るって不可視の衝撃波を飛ばしてくる攻撃だった。

 しかし。


「…………ッ!!」


 俺が即座にその場から飛びのくと同時、爆撃じみた威力が空間を粉砕する。

 直撃した場合、人体なんて跡形も残らないだろう。


 なんだよそれ!

 明らかに原作と違うんだよ!

 もっとシンプルな……言葉を選ばなければ雑魚い能力だったじゃんか!


「我が主の進む先を邪魔するのならば、君が相手でも斬り捨てよう!」

「ああそうか。だったら殉職しかねえなァ!?」


 あらゆる動作の威力が跳ね上がっている。

 一歩で地面が爆砕し、一振りで腕を持っていかれそうになる。


 衝撃に干渉する代物だと前回予想した覚えがあるが、恐らく正解だ。

 細かいところまでは絞り切れないが、ざっくりと衝撃を吸収してストックし、好きなタイミングで放出できる……ぐらいの汎用性はありそうだ。

 でなければ、そもそも俺と打ち合えている時点でおかしい。


「ため込んだ衝撃を使って、こっちの攻撃力を相殺しているのか!」

「ご名答! こうでもしなければ、その輝きには対抗できないのでね!」


 こちらが放つ光のレーザーをかいくぐり、ブレイブハート卿が近接戦闘を挑んでくる。

 刃と刃がぶつかり合う。


 つまり能力はいたってシンプルに、衝撃の吸収と放出と考えていいだろう。

 それを卓越した技量で制御し、タイミングを熟知し、完璧に行使しているわけだ。


 ストックした衝撃でこちらの勇者の剣に耐えうる威力を生み出し。

 俺が放つ斬撃の威力を吸収して、防御しつつストックに回す。

 あるいは足元で炸裂させての緊急回避にも使えるか。

 汎用性の高さとそれを使いこなす持ち主が揃った以上、なるほどこれは強いわ。


「考えることが随分と多いバトルスタイルだな、大変だろ……!」

「慣れたものさ!」


 攻撃を捌きながらも、ごわす卿モードの戦闘スタイルに納得がいった。

 あれは壁とぶつかって衝撃を吸収・ストックし、敵との衝突の際に放出するのを繰り返していたらしい。


 ごわす卿モードとブレイブハート卿モードで戦い方の落差が激しすぎる。

 呪いが解けた本体のスタイルは、超高速で剣を振るう攻防の中、口頭でチェスをやってるみたいなものだ。


「私は呪いをかけられる前から、次代の聖騎士候補筆頭だった! この程度は造作もない!」


 裂ぱくの気合と共に、衝撃を多重に織り込んだ一閃が振るわれる。


「チッ……」


 受け流そうとしても、そもそも力の向きを操っているのは向こう側だ。

 こちらの体へと食い込むようにして衝撃が放たれる。


 とっさに防御魔法を展開して防ぐ。

 俺の身を守った代わりに砕け、撒き散らされる神秘の光たち。

 その輝き越しにブレイブハート卿の顔をにらみつけた。


「じゃあこれはどうだ?」

「……ッ!」


 足を叩きつけ、アリーナの地面に転がる小石たちを勇者の剣に上書きする。

 そのまま足元からブレイブハート目がけて光の斬撃を打ち上げる。


「それぐらい!」


 ため込んでいたストックの衝撃を展開して、聖騎士が勇者の剣の光を耐えきった。

 ……なるほど、衝撃を伴わない魔法なんかはこうして対応するのか。


 だんだんと見えてきた。

 こいつの戦術レンジ、どこからどこまでを対応するのか、何を避けるのか、どこになら乗って来るか。

 頭の中でピースがはまっていき、勝利へ至る道筋を算出する。


 ──しかし、その時。


「フン。流石に圧倒するまではいきませんか」


 攻防を繰り広げる俺たちを見下ろしていたアークライト卿が立ち上がった。

 俺はブレイブハートから距離を取り、警戒しつつ黒幕を見上げる。


「何が言いたい?」

「善戦していても、圧倒できないとは。所詮は第1世代ということです」


 その言葉に、俺とシャロンは、同時にブレイブハートへ顔を向けた。

 第1世代というの言葉が彼のことを指しているのなら、つまり。


「主よ。手を打ちますか」

「ええ。来なさい『Σ-a』」


 アークライトが指を鳴らすと同時、ブレイブハートの足元に広がる影から、のそりと異形が這い出て来る。

 それはゴーレムに近い、いいや違う俺のよく知る言葉を使うのなら、パワードスーツだった。


「これがあんたの実験の成果か?」

「ああ。第3世代、増幅装備型実験個体『Σ-a』だ」


 直後、着装が開始された。

 漆黒のパワードスーツは泥が広がるように展開され、装着されるというより体を蝕みながら覆いかぶさっていく。


「ぐ、うううう……!」


 顔を歪ませて苦悶の声を上げる聖騎士。


「先生、これ、何かおかしい……!」


 アリーナ全体を覆っていく寒気に、シャロンが悲鳴を上げた。


「……これは何だ」

「魂の増設装甲ですよ。装着者が死亡する際に、代わりに『Σ-a』は蓄積している魂を消費するんです」

「…………」


 ……口に出して言ってはやらないけど。

 アークライト卿、あんたちゃんと天才なんだな。


 方向性があってるよ。

 ラスダン前で買える呪いの装備と、やってること同じじゃん。


 名前は違えど、『呪詛外鎧零式』だったっけ。

 何かの研究を引き継いで生み出されたっていう、いわば残機を増やす初心者救済も兼ねた呪いの装備がこの世界にはあった。


 ……いやもしかしたらだけど、あれはアークライト卿の研究を引き継いだという裏設定があったのかもしれない。

 もちろん装備すると常時HPが減っていくんだけどな、そこは呪いの装備の鉄板として外せない。


「さて、もっと踏み込んだ戦いを見せてくれますか?」

「先生──まさか、子供たちって……!」


 ここに来る途中、確かに子供サイズの敵は見当たらなかった。

 なるほど、これに使っていたのか。


「シャロン」

「……ッ」

「忘れるな、学んでくれ。世の中にはこういうどうしようもない、廃滅する以外に選択肢が浮かんでこないような馬鹿な悪がいる」


 振り向いて、彼女に淡々と告げた。

 怖気の走る発明品を前に、へたり込みそうになっている少女の姿がそこにある。


「……こ、んなの。絶対におかしい、許せない、許せるはずがない、こんなの……!」

「そうだ。でも、だからって憎しみだけで対処すれば、俺たちも向こう側に転がり落ちてしまうかもしれない」


 頭の中の冷静な部分は、彼女を連れてきて正解だったなと頷いている。

 他の二人、エリンとクユミと比較した際にシャロンが最も劣っていたのは実のところ技術的な面ではなく精神的な面だ。

 二人は既に、修羅場を経験し、血の味を知り、それでも前に進んでいる。


「シャロン、どうしたい? もし君に、全てを決断して、決定できる能力があったら──」


 問いかけに対して彼女は一切の迷いを見せなかった。


「これ以上生み出させない! だから──だから、楽にしてあげて……」

「ああ、その願いを肯定する」


 再度、正面へと振り向く。

 ブレイブハートは既に『Σ-a』を完全に身に纏い、目を血走らせてこちらへと駆け始めていた。


「ァァァ──────!!」


 パワードスーツに剣やら火器やらは取り付けられていない。

 飛びのくと同時、腕の一振りで俺がいた場所を中心に大地が爆砕した。


「どうですかハルートさん! 人間の魂を燃料に転換すれば、一挙一動が自然災害の威力を持つ! この研究に認可が下りなかったこと、不思議でなりません!」

「……確かに不思議だな」


 くるくると回転して着地した後、一つ息を吐いて、勇者の剣をかざす。


「あんたがこれを認可取れると思って申請出したのが不思議だよ」


 告げて、意識を切り替えた。

 宿った極光がその色を変え、どす黒く濁っていく。


「ほお! 知らぬ技、見せてくれるということですか!」


 発動するは、魔王対策に編み出したオリジナル魔法のうち1つ。

 ついでにお前の願いも肯定してやる。

 見たことのないものを見るのは、研究者冥利に尽きるだろう?



「【禍つは下弦】【塵殺の暗黒】【汝は天球の幽閉者】【駆け抜けることも許さない】──放射fire



 直後、勇者の剣が光の性質を変える。

 本来なら過負荷に刀身が吹き飛んでいたであろうところを、勇者の剣としての属性が無理矢理つなぎとめる。


 吹き荒れる禍々しい神秘の嵐は、この剣を起点としたものだ。

 先ほどまでとは真逆、光を放射するのではなく、逆にあらゆる光を巻き込み、呑み込んでいく闇の剣。


「なんだそれは……」


 席から立ち上がったアークライト卿は目を見開き、呆然とした声を上げる。

 彼の眼は恐らく、何が起きているのかをきっちり見抜いているのだろう。


「名付けてブラックホールソードだ。あ、いやこの呼び方してるの俺だけだったな……」

「名前ではないッ! 何なんだそれはァッ!」


 魔王根絶のために開発した、対象の復活を封じるための魔法。

 発生させた力場に巻き込み磨り潰して敵を殺すため、剣を名乗るのは本来筋違い。

 だが効果は確かだ、魂は無論、体細胞一つであろうと逃がさない。


 単一の敵に対して、その不滅性を否定するためだけに振るわれる絶殺絶死の刃。

 女騎士の『ハイパーダークネスブラックエターナルブレード』という呼称を却下して魔法使いが与えた銘は『魔剣:魂魄噛辰こんぱくぎょうしん』。


「勇者の末裔が振るうのはよろしくないんだが──特例だ、許せ!」


 大上段に振りかぶった魔剣を、瞬時に間合いを詰めて『Σ-a』へと叩き込む。

 斬撃ではなく、接触した刀身がパワードスーツに宿らされた無数の魂を片っ端から噛み砕き、刀身内部に発生している疑似ブラックホールへと呑み込んでいく。


「ガ、ァァァァ────!?」


 絶叫するブレイブハートの顔を至近距離で睨みながら、一歩踏み込んだ。

 ゴギ、と何かを砕く音と同時に刃を奥へと抉り込む。

 砕かれる魂たちの悲鳴と、諦めに近い安堵の声がないまぜになって脳に流れ込んでくる。


「────ぁ、ああああああああああああっ!? わ、私の傑作を壊すんじゃぁないっ!! やめろ!」


 大慌てで客席を駆け下り、走り寄って来るアークライト卿。

 だがアリーナへと飛び降りた瞬間に、彼の顔面に革靴の底がめり込んだ。

 魔力を噴射してすっ飛んでいったシャロンの飛び蹴りである。


「ぷぱ」


 変な声を上げて吹っ飛んでいく彼の体が地面に落ちると同時。

 俺の魔剣が効果を終了して、最後に刀身ごと消失した。


「──先生!」

「ああ、大丈夫だ」


 隣に駆け寄って来たシャロンと共に、目の前の惨状を見つめる。

 破壊された『Σ-a』は、破片一つ残っていない。


 無理矢理宿らされていた魂たちはすべて消去した。

 少なくとも現世につながれたままよりはマシのはずだろう。


 そして、破壊の爆心地にて、ゆっくりとブレイブハートが顔を上げる。


「気分はどうだ」

「……最悪の気分だな。あんなにおぞましい剣が、この世界には存在するのか……」

「最悪な原因こっちかよ」


 ドン引きしているブレイブハート卿の言葉に、肩をすくめる。


「……ッ! トップガン君、私を守りなさい!」


 見れば、顔を押さえながら、膝を震わせてアークライトが立ち上がろうとしている。

 手元が真っ赤なのは、鼻が折れて血が止まらないからだろう。


「…………」

「あの一言でもう分かってたよ」


 俺はチラリと、黙り込んでいるアークライト卿に視線をやった。


「ていうか多分、シャロンも分かってた」

「うん、そだね」


 何を言っているのか理解できない様子で、アークライトが目を白黒させている。

 俺はポンと、聖騎士の片手に手を置いた。


「こいつは最初からあんたに操られてなんかいないんだよ」

「……は? は、な、なにを、はぁぁああああああああああ??」


 彼の言葉をよく読み解いていけば分かる。

 大前提として、彼は騎士道を捨てている状態だった。

 それは精霊の呪いが解除され外見が戻っていることが証明している。

 だから、彼が言った『騎士道を捨てたりなどしていない』は嘘だ。


 そのうえで、彼は先ほど何と口にしていたのか。

 彼は以前俺に語ったことではなく、『決めた主に仕えること』こそが騎士の本分だと語っていた。

 ならば今回彼の呪いが解けている理由はそこにある、と読むことができる。


「こいつは騎士道を捨てたから呪いが解除された……それは今回、仕えるはずの主を裏切っていたからだ。主っていうのはあんたのことだよ、アークライト」

「────!?」


 驚愕に言葉を失う恩人に、ブレイブハート卿が一歩進み出る。


「申し訳ありません、アークライト卿。ですがあなたには、私が場所を把握できていない第3世代型の『Σ-a』を出してもらう必要があった」


 ああ、なるほどな。

 最初からブレイブハート卿が敵対していたら、それは勝ち目がないとさっさと逃げられてしまうかもしれない。

 だったら仲間の振りをして、俺相手にも勝算があるように思わせたかったってことか。


「まわりくどいことしたな。誘ってくれたら奇襲で殲滅したのに」

「……本当は……説得できれば良かったんだけどね」


 絵になる物憂げな表情ではない。

 見ていて痛々しいほどの、やせ我慢の微笑みを聖騎士は浮かべていた。


「……ッ!! 育ててやった恩はどうした!! それだけの資質を与えてやったのはこの私だぞッ! 聖なる父ゴッドファーザーを相手になんたる裏切りかァっ!」

「……私は」

「お前などもう私の騎士ではなァい!!」


 瞬間、変化は劇的だった。

 隣に立っていた聖騎士の姿が消えた。


「……あ、そっか」


 手をポンと叩き、シャロンが呟く。


「主を裏切ってたからであって、主がいなくなったってことか」


 恐る恐る視線を下に向けると、そこにはまるっこい体の小さな騎士が憮然とした表情で佇んでいた。


「承知したでごわすよ」


 直後である。

 ブレイブハート卿が丸まって地面を弾き、アークライトの頭上までぽよんと軽快に飛び跳ねた。


 あ、と俺やシャロン、アークライトまで異口同音に間抜けな声を漏らした。

 ストックしていた衝撃を放出したその体は、重力加速度をぶっちぎって落下する。


「待て待つんだトップガン! 悪かったまだやりなおせあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 チュドーン! と派手な砂煙が上がり、アークライトの体を覆い隠す。

 これ死んだんじゃね?


 恐る恐る見ていると、丸っこいシルエットがみゅっと立ち上がる。

 煙の向こう側──真横すれすれにブレイブハート卿が着弾した衝撃で、アークライトはズボンを濡らしながら失神していた。


「おいどんはつまらぬ殺生はしないでごわすよ。花一つも踏みつぶさずに戦うことこそ、騎士の誉れでごわすからな」


 いなかっぺ大将の顔と声ですごいカッコいいことを言われて。

 俺とシャロンは顔を見合わせた後、肩をすくめて苦笑いを浮かべるのだった。



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