正統なる旅の仲間たち
勇者の末裔ハルートは仲間を率いて数多くの冒険を行った。
秘境の踏破や地図の更新、魔族の被害を受け連絡の途絶えた地域から人々を救出するなど、その功績は枚挙にいとまがない。
またそれ以外にも、人類の脅威を排除してきたという実績がある。
数々の上級魔族たちの討伐。
竜種やアンデッド種の中でも魔族に協力的な個体の殺害。
それらすべてを計算していけば、ハルートは人類が滅亡するまでの時間を100年以上は伸ばしたと謳われている。
もちろん彼が英雄のように通りを凱旋するなどをしたわけではないので、市民たちは彼の名前とぼんやりとした功績を知っている程度であることが多いのだが。
そして彼が率いた仲間たちもまた高名な冒険者となっている。
死を超越した存在に死の恐怖を教えた僧侶。
竜種を膂力のみで真っ向から引き裂く女騎士。
あらゆる敵の魂を焼き尽くし殲滅する魔法使い。
ここに名を連ねるのが大陸最高のヒーラーと誰もが認めた、死んでさえいなければすべての傷を癒し、条件さえ揃えば道理破りの完全蘇生すら可能にするマリーメイアだ。
「はじめ、まして」
「あ……はい」
ソードエックス家邸宅の廊下。
エリンとマリーメイアが視線を交錯させて、互いに様子を見ながらあいさつを交わす。
エリンは彼女を知っている。
己の担任であるハルートがかつて共に旅をしていた仲間。
そしてどこか、ひどく歪んだ感情を向けていた相手。
(でも、この間合いなのに何も感じない。本当にどこにでもいる女の人みたいだ……)
本当はそうでないことなど分かっている。
分かっているのだが、気配も魔力も何もこちらに悟らせてこない。
(単純に私が関知できるところじゃないところで強い? それでも感知されないように抑えている……?)
警戒心を表に出さないようにしつつも、エリンは直感的に、マリーメイア相手に油断してはならないと判断していた。
それは恐らく、ザンバがずっとエリンを庇うような位置に立っているからでもあるのだが。
「初めまして、私は──」
そんなエリン相手にマリーメイアが自己紹介を始めようとした、その時。
彼女が出てきた客間から、ぞろぞろと別の人間が出てきた。
計三名、エリンが見たことのない顔。恐らくは、マリーメイアの仲間たち。
「ん? さっき言っていた、エリン・ソードエックスか?」
その中でも、明るい茶色の髪をした青年がエリンに声をかけた。
ザンバが三人が現れたのを見て、スッと身を引き、エリンの背後に立った。
守る必要はなくなったが、念のために見守っていると言ったところだろうか。
「あ、はい。そっちはマリーメイアさんの?」
「ああ、マリーメイアと一緒に旅をしてる」
途端に青年は、どこか真剣な面持ちでエリンを見据えた。
「俺はアルファス、アルファス・フィアーランドだ」
彼はマリーメイアが最初に訪れた土地の領主の一人息子である。
ノブレス・オブリージュを掲げ、人々の上に立つ者として自らを厳しく律する気質の青年だ。
エリンは彼の佇まいや視線の移動の仕方から、おおよその実力を測る。
(腰に剣が一本……この人はまだ成長中って感じかな……)
自己紹介を終えた後、アルファスは隣に佇むメイドにも自己紹介を促す。
クラシカルなメイド服に身を包んだ彼女は、エリンへと丁寧にお辞儀をした。
「わたくしはジュリエッタと申します。マリーメイア様、並びにご一行様の旅の途中、皆さまのお世話をさせていただいている身です」
マリーメイアとアルファスに拾われた、おもしろ──奇妙なメイド。
メイドとして他人に奉仕することを存在意義とする謎の女である。
(え、動きに全然隙がない……今最高速で縦一閃を打っても回避されそう、何この人……)
ちょっとこの人とは戦いたくないな、とエリンは頬をひきつらせそうになった。
謎に強いメイドの女、どう考えても存在がふざけている。
「んじゃ最後はオレか。オレぁ魔導拳士職をやらせてもらってる、ダンゴーンっつうモンだ」
一歩前に出てきた大柄な白髪の男が、ニッと笑ってエリンに拳を突き出す。
よく分からなかったが、とりあえずエリンはイェーイと言って拳を合わせた。
「おっ、ノリの分かる嬢ちゃんだな。少し前にこの3人と出会ってな、なんやかんやで一緒に旅することになってる。よろしくな嬢ちゃん」
パチン、とダンゴーンはウィンクをした。
年齢は四十~五十であろうに、若々しい言動をする男だ。
どうやらこの男相手には敬語は不要らしいなとエリンは判断した。
「魔導拳士? 珍しいジョブだねおじさん。よろしくね!」
エリンはダンゴーンの両手を覆う革製の指ぬきグローブを見た。
何の変哲もないグローブに見えるが、魔力の循環を補佐している。
(ううん、単なる補佐じゃない。魔力を打ち出すための経路を整備してるんだ……至近距離で食らったら効くなあこれ……)
恐らくは格闘戦を行いつつ、必殺の一撃として圧縮した魔力のパイルをゼロ距離で叩き込むというのが彼のファイトスタイルなのだろう。
「ま、経験だけはあるオジサマってとこだな」
「自分で言うな、オッサン」
「俺はオッサンじゃねえ! イケてる渋いオジサマを目指してんだ!」
アルファスとダンゴーンが軽い言い合いを始めて、間に挟まれたジュリエッタは粛々と目を閉じて両耳を手でふさいだ。
「その場から退くわけじゃないんだ!?」
「ジュリエッタさんはああいう変な人なんです……」
エリンの悲鳴にマリーメイアが嘆息する。
仲間たちの自己紹介が始まったために止まっていた二人の会話は、そこでハタと再開した。
「あっ……え、えっと。その、あたし今……」
「あ、聞いています。ハルートさんが教師になって、教え子があなたなんですよね?」
言いにくかったことを、先にズバっと言われてしまった。
かつての仲間だったというマリーメイアが、自分のことをどう思っているのかは心配だった。
(もしかしてねたまれてたり……で、でもまずセンセを恨むべきなのじゃんね、そうだとしたら! いやでも……あたし正直、逆の立場だったら……嫌かなあ……!)
自分やシャロン、クユミが非常に可愛がられているという自覚はある。
というか既に人生を救ってもらった過去があるのにまだ甘やかされているのだ。
このままでは男性観が破壊しつくされ取り返しのつかないことになってしまう。
「聞かせてほしいことが、あるんです」
「ふぇ? あ、あたしにですか……?」
意を決したように、
「ハルートさんは、今、お元気ですか?」
身構えていたエリンは、口をぽかんと開けた。
「私をパーティから追い出した後に、他の人たちとも解散して、今は先生をやってるって聞いて……正直、何が何だか分からなくて」
か細い声でつぶやくマリーメイア。
「その……何か、考えがあって、今は先生をやってると思うんです、あの人」
それを見て、エリンは流石に黙っていられなかった。
困っている人がいるのなら手を差し伸べたい。
悩んでいる人がいるのなら寄り添ってあげたい。
自然とそう考えるだけの善性を持っているのが、エリンという少女だ。
「だから全然、心配しなくていいと思いますよ」
「…………」
「あたしだって全然ダメですし! 先生が求めてるもの、全然まだ……」
「ああやっぱり、求められてるんですね」
その微かな呟きの意味が、エリンは分からなかった。
「……え?」
「やっぱり私じゃダメなんですね」
「そ、そんなわけじゃないですか。あたしだって色々足りないところばっかりで、センセには迷惑を……」
「いえ、私じゃ、ダメだったんです」
やっとエリンは、それに気づいた。
こちらへと向けられたマリーメイアの瞳は、光のないがらんどうなもので、ただ虚しいままエリンを映し込んでいる。
ヒュッ、と自分の呼吸が詰まる音。
殺意とか嫉妬とか、外部へと出力される感情ならまだ御しやすい。
だがこれは違う違い過ぎる。
重力が異常にねじ曲がってしまったかのように、マリーメイアのあらゆる感情は彼女自身の内側へと向けられている。
選ばれなかったこと──なら選ばれるために自分はどうしたらいいのか。
置いて行かれたこと──もっと早く走ることはできなかったのか。
結局愛されていなかったこと──愛してもらえる自分に、どうすればなれるのか。
「まだ……私は何もできるようになってないから、だから、まだ帰れない……」
自分自身を殺してやりたいほどの憎悪。
だが何よりも恐ろしいのは、そうした負の感情をすべて、他者へ撒き散らすのではなく自分自身へと収束させ突きつけていることだ。
エリン・ソードエックスは確信する。
これは流石に──ハルートが直接会ってなんとかした方がいい。
◇
と、マリーメイアがそのモードに入った途端、アルファスとジュリエッタがすすっと彼女の肩を引いてエリンから遠ざけた。
「えっ? えっ?」
「ああ、すまないなエリンさん。マリーメイア、たまにこうなるんだ」
「放っておくと魔族や魔物を無限に倒して経験値稼ぎを始めてしまうので、わたくしたちの方でハッピーなお茶会を開始して、精神を落ち着かせているのです」
どうやら仲間たちは、既にマリーメイアの精神状態にある程度対応できるようになっているらしい。
なんてタフな連中なんだ、とエリンは頬をひきつらせる。
「まったく、勇者の末裔とはいえ、ハルート殿には顔を合わせたら言いたいことがゴマンとあるぞ! ……あ、ジュリエッタ、今日の葉っぱはどうだ?」
「はい、マリーメイア様を落ち着かせるための代物として一級品を密輸……購入しました」
「それ大丈夫いな葉っぱかい? ねえ本当に?」
随分不安になる会話が聞こえている。
だが困惑するエリンの元に、スッと近寄って来たのは残ったダンゴーンだ。
「嬢ちゃん、ちょっとお願いしたいんだが……今度そっちの学校にお邪魔してもいいか? もちろんマリーメイアも連れてさ」
「え?」
お兄さん的にも大丈夫か? と確認され、ザンバは訝し気にしながら頷く。
「マリーメイアのやつはああ言ってるけどよ、結局のところは寂しがってて、それを素直に言えてねえと思うんだ」
「ぜ、全然大丈夫です! 絶対にあの人喜びますし!」
寂しそうにしていたハルートの姿を思い出して、エリンは即答した。
それが正しい答えで、どう考えてもどうするべきだと分かっていた。
ダンゴーンの提案は渡りに船と言っていい。
「きっとセンセも喜ぶと思うんで……はい、大丈夫、だと思います」
どう考えたって、マリーメイアをハルートを会わせた方がいい。
そんなことは分かり切っている。
マリーメイアは今傷ついていて。
ハルートも先生をしながら、癒えない傷を抱えていて。
(あたしたちと一緒じゃ、多分ダメってことで──ああ、あたし、嫌な子だ)
きっと喜ぶと機械のように繰り返すたび、胸がズキリと痛んだ。
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