覚醒―6

「こっくりさん……。狐狗狸と書く、狐の妖による占いなのだと聞いたわ。そう、あなたが」

 あさぎは、こくりと頷いた。薄くて見えなかった手の甲の花紋は、はっきりと山吹の花が見える。狐の一員であることを、花紋を見て実感した。


「ねえ、あなたの本当の名前は?」

 凪が少し寂しそうな表情をしながら、聞いてきた。あさぎは、満面の笑みで即答した。


「あさぎ、だよ。私には、凪に付けてもらったこの名前だけ」

「! そう。嬉しいわ、あさぎ」


 ごおっと音を立てて、炎の勢いが増してきた。煙も戻ってきている。あさぎ一人だとしても、抜け出すのは厳しいだろう。もう、時間がない。あさぎは、凪の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「凪、私に聞いて。どうすれば、ここから出られるかを」

「分かったわ」

 あさぎの意図を瞬時に理解してくれた凪は、一つ息を吐いてから、その文言を口にした。


「こっくりさんこっくりさん、ここから出るにはどうしたらいいですか。教えてください」

 その瞬間、あさぎの頭の中に何百という草子が一気に開かれた。今まで見聞きした全ての情報が展開されて、それらに手を伸ばしていく。膨大な中から最適なものを選び出す。かかる時間はわずか瞬き二回ほど。


「凪、ヤナの第六感を使おう」

「え?」


 妖の一覧から見つけ出した。ヤナは丁族の妖で、昔ある城の外堀に住んでいたぬしが起源とされている。城に敵が攻めてきた時に霧を起こし、洪水を起こして敵を追い払ったのだという。伝わるのはこの話一つのみ。それゆえに周知が低いのだろう。そして、その第六感は伝承に沿ったものだ。


「ヤナの第六感は、洪水を起こすこと、つまり水を生み出せるんだよ」

「それは、知っているわ。でも、使ったことないのよ。蘭の家で汚らわしいと言われるのが目に見えていたもの。それに、自分を捨てた母の力なんて……」


 凪は、左手の甲にある薄の花紋を憎々しげに見つめた。右手の蘭の花紋にも、同様の視線を向けた。どちらの苗字も、凪を苦しめるものでしかない。それならば。


「蘭でも、薄でもなくていいと思う」

「それはどういう」

「凪もここの名前をもらおう。黄昏凪。私とお揃いだよ、どう?」


 凪は、目を大きく見開いてあさぎを見つめた。その目からはらりと涙が零れた。声にならない声で、黄昏凪、と口にした。わずかに口元に笑みが浮かぶのが見えた。


「凪なら、出来る。信じて。こっくりさんが言うんだから」

「……分かったわ。ヤナの血は半分だけ、洪水まで起こせるかは不安だけど」


 凪は、深呼吸をすると、妖姿になった。着物の裾から見える魚の尾は、何度見ても美しい。凪は左手をまだそこまで熱を持っていない床の一部に当てた。床と凪の手の間から、水がじわりと滲み出てきた。ヤナの第六感が使えている。だが、この火を消すほどの水を生み出すことは、おそらく厳しい。

 凪が、手にぐっと力を込めたまま、声を上げた。


「こっくりさん! どうすればいいの」

「……入口へ向けて、真っすぐに水を流して。一瞬でいい、道を作って」

「分かったわ。合図をして、すぐにあさぎは走って。わたしは走れないわ」

 凪は魚の尾を目線で示してそう言った。が、あさぎは置いていくつもりなど微塵もない。


「絶対に凪も連れて行く。行くよ、一、二、三!」


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