第28話 気持ちが揺れ動きます

翌日


「リリアーナ、昨夜はさっさと自室に行ってしまって、ろくに話も出来なかったでしょう?昨日は王宮で晩御飯をご馳走になったそうじゃない。もしかして殿下と?」


ニヤニヤしながらお母様が話しかけて来た。


「何を変な想像をされているか知りませんが、成り行きで食事をしただけですわ。それに久しぶりに陛下や王妃様とお話をしたかったですし」


そう、たまたまだ。


「…そうなのね。リリアーナは本当に苦労してきたから、あなたの好きな様にしたらいいわ」


そう言ってお母様が微笑んでいるが、一瞬あからさまにがっかりした表情を私は見逃さなかった。お母様ったら、私がどれほど殿下のせいで苦しんだか、あれほど見ていたのに。本当にこの人は…


昨日は孤児院の子供たちと目いっぱい遊んで、楽しかった。また近々遊びに行くと言ってしまったし、来週あたりにまた顔を出そうかしら?そうだわ、子供たちの為に、新しいペンとノートを準備しないと。


それから、来月は侯爵家の夜会に招待されているし、どんなドレスで行こうかしら?色々と考えていると


「お嬢様、アレホ殿下がお見えです」


「アレホ殿下ですって?」


いつも午後からやって来るのに、午前中にやってくるだなんて珍しいわね。急いで客間へと向かう。


「殿下、今日はどうされたのですか?」


「おはよう、リリアーナ。君にどうしても渡したいものがあってね。はい、これ」


「これは…」


どうやら招待状の様だ。中を開けると、やはり招待状で、3ヶ月後王宮で夜会を開く旨が書かれていた。


「もしかして、この招待状をわざわざ持ってきてくださったのですか?」


「ああ、そうだよ。というよりも、リリアーナに会いたくてね。昨日はリリアーナのお陰で、沢山食べて、沢山寝たからなんだか頭がすっきりしていているんだよ。それで、朝のうちに公務を大体終わらせたんだ」


「まあ、そうだったのですね」


朝のうちに公務を終わらせたって…いくら頭がすっきりしたからって、そんなに早く公務を終わらせられるものなのかしら?


「不思議そうな顔をしてどうしたんだい?リリアーナは昔から表情が豊かで分かりやすい性格をしていたよね」


「私は分かりやすい性格などしておりませんわ」


プイっと横を向いた。すると


「ほら、そう言うところが分かりやすいんだよ。本当に君は、見ていて飽きないね。もっと早く、リリアーナとこんな風に話していたら、僕たちの未来も変わっていたのかもしれない…」


殿下が悔しそうに唇を噛んでいる。


「殿下も…殿下も分かりやすい性格をしていらっしゃいますわ。特に魅了魔法に掛かっていた時なんて、私を親の仇にでも会ったかのように、睨みつけていらっしゃいましたものね…あの時のお顔は、今でも忘れられませんわ。それに、マルティ様を見つめる優しい眼差し…私はずっと、あの眼差しが羨ましかったのです。でも…もうそれもどうでもいいことですが…」


魅了魔法に掛かったのは、殿下のせいではない。そんな事は分かっている。でも…殿下の顔を見るとどうしてもあの時の事を思い出して、胸が苦しくなるのだ。


「リリアーナ、すまない。僕は本当にどうかしていたのだよ!本当にあの時の事は、悔やんでも悔やみきれない…」


「いいえ…殿下のせいではありませんわ。ただ、殿下の顔を見ると、どうしてもあの時の辛かった記憶が蘇るのです。殿下に酷い叱責をされた事や、マルティ様にされた嫌がらせや暴力を…もう思い出したくないのに…それに何より、被害者でもある殿下に、先ほどの様な嫌味を言うのも辛いのです。ですから、どうか…」


「リリアーナがあの時の事をトラウマに思うのも無理はない。だからどうか、遠慮なく僕に怒りをぶつけてくれ。それで君の気持ちが少しでも落ち着くなら、僕は喜んで受け入れるよ。クソ…あの女をあんなに簡単に殺すべきではなかった…あの女には、この世の地獄を存分に味わわせてから、あの世に送ってやるべきだった…僕の可愛いリリアーナを、未だに苦しめているだなんて…」


「あの…殿下?」


今恐ろしい言葉が聞こえた気がするが、気のせいよね…


「すまない。とにかく、思った事や不満に思う事、今まで辛かったことを全部僕にぶつけてくれて構わない。だから、どうか君の傍に居させてくれ。僕は君が傍にいないと、食事をする事も眠る事も忘れてしまうんだ」


「私は…」


何て答えたらいいのかしら?私はもう、殿下には関わりたくはない。でも…なんだか胸の奥が靄で包まれている様な、不思議な感じに襲われるのだ。


「はっきりと断られないという事は、当初に比べると少しだけ僕の事を認めてくれたのかな?そうだと嬉しいよ。それじゃあ僕は、そろそろ王宮に戻るね。そうそう、はい、これ。リリアーナが好きなキャンディだよ。可愛い形をしているだろう?特別に作らせたんだ。また明日くるから」


「あの…殿下」


もう来てもらわなくてもいいです!と言おうとしたのだが、さっさと去って行った。あの人、私の心をどれだけ乱せば気が済むのかしら?


でも…


殿下が置いて行ったキャンディに目をやる。私の好きな苺味なのだろう。全てピンク色で、バラやウサギなど、可愛らしいものばかりだ。


「どうして今更、こんな事をするのだろう…どうして?」


あれほどまでに殿下には関わらないでおこうと心に誓ったのに、それが少しずつ揺らいでいく。それがなんだか怖くてたまらない。


私はこれから、どうなってしまうのだろう…

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