1-7 憤怒の稲光

「あ、アナタ何をして……!?」

「(やった……。今度は助けられた……)」


 その美貌と銀髪を鮮血で染め、目を見開いて尻餅をついている灰色の少女。怪我ひとつない姿を見てキソラは微笑んだ。

 薄れゆく意識の中、心の声はごぽりと吐き出る血の音に変換される。穴が空いた喉と胸からは血がとめどなく流れ、傷跡はどんどん腐敗していた。


「ちょ、ちょっと!! 何そんな顔で逝こうとしてるのよ……!? やめてよ……、私の前でまた人が……! しかもこんな形で……!!」


 もがき苦しむ様な少女の悲痛な囁き。虚になったキソラの瞳には、顔をくしゃくしゃにして金色の瞳に涙を浮かべた少女の顔が映っていた。


 それは誰にとっての幸運で、誰にとっての不運だったのか。

 ——『助ける時は手の届く範囲だけ』

 手の届く範囲にいたことで灰色の少女は助かり、いてしまったことでキソラは体を破壊された。

 それでも、やはりキソラにとってはこの上ないほどの幸運だったのだろう。白く青ざめ、意識が絶えたキソラの表情には満面の笑顔だけが残っていた。


『——リア…!! ——アステリアッ!! 無事なのか!? 無事なら返事しろ!』

「え、ええ……無事よ……。五体満足、どこにも異常はないわ……」


 通信機から聞こえてくる逼迫したディアラの声につられ、アステリアと呼ばれた銀髪の少女の目に精気が戻る。

 四肢に血が流れていくのを感じ、アステリアは立ち上がった。


『良し、問題ないならいい……! 今すぐ待機させていた奴らをそこに送る! 状況は——』

「——言わなくていい、確認したわ。揃いも揃って私に夢中みたいね」

『チッ……! 急がせる……! それまで何とか持ちこたえてくれ!』

「了解」


 ぶつっと通信を切り、アステリアはキソラを申し訳なさげに一瞥すると前方を睥睨する。


「ったくよ~~! 散々罠を張っておいて、獲物一つヤれねぇたぁどういうことだ、あぁ!?」

「あなたの腕が悪いだけでしょう? 自分のミスを他人に押しつけようとする言動はやめた方がいいかと」

「あぁ!? 喧嘩売ってんのかテメェは!! 外したのはテメェも同じだろうが!!」

「えぇ、だから何も言ってはないじゃないですか」

「かぁぁぁぁぁぁ!! このクソ真面目野郎が……!! 獲物の前にテメェからやってやろうか!?」


 騒々しく前からやって来たのは純白無垢な軍服を着た五人の男。

 灰塵都市スクルータでは決して入らない超高品質な繊維とハピリスを合成した、汚れ一つ寄越さない特別なその服。

 まるで無菌室が歩いてくるかの様だった。


「うるさいぞレギン! 任務中にペチャクチャと私語を挟むな! シュートも一々コイツの言うことに口を開くな! 埒が明かん!」

「はーい」

「失礼しました、エヴァンス隊長」


 一番前を歩きながら、金髪でチャラチャラとした粗野なレギンとその隣にいた茶髪眼鏡のシュートを叱るその男——エヴァンス。

 後ろを刈り上げた短い金髪で碧眼。四人の軍人とは違って、居丈高なコートを身に纏い、これ見よがしに飾緒と徽章を胸に付けている。

 隊長と呼ばれるだけあってその体躯はガッチリとしており、鋭い眼光はアステリアを睨みつけていた。


「これはこれは、私をハメる為だけにこんな大所帯。ご苦労様ね、C機関」

「それほど上は貴様らを邪魔だと思っているということだ。だが誇りに思うなよ、掃き溜めのお姫様。貴様らの価値なんぞ、家の隅に溜まるゴミと変わらんのだからな」

「——ッ……!!」


 顎を上げながら見下すエヴァンスの言葉に、アステリアの柳眉が吊り上がる。


「……言ってくれるじゃない」

「事実を述べたまでだ。治安維持の為に不穏分子は排除するまでのこと。——それにしても、レギンの言葉じゃないがアレだけ大掛かりのことをして、仕留められないとは思わなかったぞ。そこに転がるモノに助けてもらったみたいだが、随分と運が良いようだな」

「仕掛け……、やっぱりアレはあなた達の仕業なのね……!!!」

「分かっていることを一々口に出すな。酸素の無駄だ」


 露店通りで発生した大規模な腐蝕。

 人を腐敗させ死に至らしめたソレは自然災害ではなく、人為的なモノだとここでハッキリした。


「アレだけの人……ここにいる子も、沢山死なせておいてなにが治安維持よ……! あなた達こそが世界を破壊するテロリストじゃない……!」

灰塵都市スクルータの人間がどれだけ息絶えたところで気にするほどのモノじゃない。むしろ、資源を貪りコチラに何の益も齎さない排他的な人間をことが出来たのは人類にとって良いことではないか」

「そうだそうだ! どうせ今死ぬか後で死ぬかの運命なんだ! 良かったな、無価値なお前らに初めて生きてた価値が生まれたぞ!」


 どこまでも冷酷に、そして無感情に言い放つエヴァンス。その後ろで下種な笑みを浮かべて煽るレギン。

 アステリアの拳に力が入り、血がこぼれ出た。


「よくもそんなことを……!!」

「うるせぇな! 一人のくせに粋がってんじゃねぇよ! テメェなんぞ、この腐蝕弾で一発でオシマイの命だろうが!」

「遺憾ながら同意ですね。このような小娘一人、罠を仕掛けずとも正面から仕留めにかかれば良かったのです」


 いつまでも睨み続けるアステリアに我慢できなくなったのか、レギンがエヴァンスの前に出て鈍色の拳銃を突きつける。

 それに並んで、眼鏡を押し上げながらシュートも拳銃を手に取った。


「ったくお前たち……。まぁいい、今際の会話はこれくらいでいいだろう。任務を終えるとしよう。やれ、お前たち」

「はっ!!!」

「待ってましたぁぁぁ!!」


 手を振り、エヴァンスの号令と共にまず二人がいきり立つ。それを援護する配置取りで残る一般兵士二人が動いた。

 明らかな攻撃態勢。逃げ道はない。引き金を引かれたらその時点でアステリアの命は尽きる。

 それでも、義憤に駆られたアステリアは腰を落として『敵』を迎えうつ。


「やってみなさいよ……!! ソレを私に届かせられるならなァァァァ!!」


 皮肉もなく、語気を荒げたアステリアが吠える。

 バッと外套から出された左腕には包帯が巻かれており、その手には無針注射器が握られていた。

 それを自身の首に押し当て、中身を注入。液体が全身を巡るとドクンッと心臓が激しく呼応し、首筋から左顔にかけて血管が浮き出る。

 すると、チリリリリリッと左腕から


「それは——」

「まずは、一ミリも服が似合ってないアンタから!!」


 バチリッッと強く左脚にも電気が弾けると、アステリアの姿は一瞬でかき消える。

 次に現れた時、いくつもの稲光を纏った左腕がレギンの頭を掴んでいた。


「へ————?」

「散々コケにしてくれたお返しよ! ありがたく受け取りなさい!!!」


 鉤爪状にガッチリと掴まえると、稲光は激しさを増し一帯が白く染まる。


「ガガガガガガガガガガァァァァァ…………」


 『白』の中から聞こえてくる、電気が弾ける激しい音とレギンの断末魔。

 それは数秒もすればすぐに止み、戻った景色には異臭を放ちながら黒焦げになったレギン死体があった。


「次……」


 ギラギラと昂った金の瞳と血走る赫い瞳をシュートに向け、更に電磁波音を迸らせる。左腕の皮膚は切れ、流れる血が電気と混ざるそれは、さながら赤雷の様。

 放たれる威圧感と共に殺気は充満し、漂う死体の異臭が敵を息苦しくさせていた。


「このッ……! 全員で当たりますよ!! 挟撃!!」

「お、おう!!」

「わ、分かった!」

「かすっただけでも致命傷なのです! どれだけ速く動こうと、逃げ場所を失わせてしまえば——」


 シュートの掛け声で二人の兵士が動き、射線が被らない配置取り。考えなしに逃げようとしても何処からでも必殺の弾が飛んでくる。

 パンパンパンッと、逃げ道をふさぐ様にコンマ数秒の時間差でシュートらは引き金を引く。


「——逃げるつもりなんてあるわけないじゃない」

「んなっ……!」


 絶死の位置にいたはずのアステリアだが、彼ら気付いた時にはもう兵士の目の前に。時間差故に生まれたを縫って、彼女は小刻みかつ一瞬で移動していた。


「そんなにコレの威力を味わいたいなら、自分たちの身体で味わいなさい——」


 兵士が握る拳銃の銃身を掴み、そのまま捻って拳銃を自らの手に。

 銃口の先は兵士の右太もも。間髪入れず引き金を引くと、銃弾は骨ごと太ももを穿ち、傷口を腐蝕させてボトリと右脚が腐り落ちる。


 重心が崩れ、傾いたところを高速の左後ろ回し蹴り。電撃を迸らせながら放たれたソレは、兵士の首根っこから斬り飛ばした。


「へぇ、これが腐蝕弾か。C機関もまた気色の悪いモノ作るじゃない」

「バ、バケ――」


 もう一人。兵士のその怯えた声は、アステリアがノールックで放った腐蝕弾の音にかき消され、そのまま喉をも破壊。

 同じ様に弾痕が傷を腐蝕させ、彼の頭もまた地面に墜ちた。


「失礼なこと…言わないで、頂戴。元々、アンタらが作ったもんでしょうが…。私が、今こうなってるのも、アンタらが今死んでいってるのも全部自業自得よ……!」


 若干息を切らせながら侮蔑の表情でくずおれた死体を一瞬だけ見やると、残ったシュートに向かって跳ぶ。

 抵抗しようとするも、それよりも早くアステリアが無防備の首を何も巻かれていない右手で掴んだ


「はぁはぁ……。でもやっぱり、最後は自分の手でやるのが、一番よねぇ……?」

「うぐっ……!!」


 息を切らし、脂汗をかきながら狂笑を浮かべるアステリア。どこか苦しそうにも見える彼女だが、首を掴むその手の力は増すばかり。

 じりじりと死が迫っていくのをシュートは感じていた。


「ガッ……! あ……!」

「それじゃあ、サヨウナラッッッッ!!」


 ごきり、と生々しい鈍い音が重く響く。

 一般兵士たちの中で唯一欠損もなく、ほぼ無傷のその死体だけが苦痛に顔を歪めていた——。

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