第335話 盗賊に襲われそうになる研修生

 二分割制の研修は非常にうまくいった。やっぱり適材適所ってあるんだなあと、つくづく思う。おかげで皆のモチベーションもあがり、それが研修生達にも伝わっているようだ。


 森の研修に同行している俺に、アンナが聞いて来た。


「学問は必要なものなのか?」


「シーノーブル騎士団は、女性の自立を目的とした騎士団だからね。文武両道で、オールマイティに仕事が出来るようにしてあげたいんだ。だれもがアンナみたいにはなれないからね。それにヴィレスタン支部を組織化してもらわなくちゃならない。そこで発揮するのが、貴族令嬢たちから教わる礼儀だったり学問だったり、社交性だったりするわけだ」


「なるほどな。わたしやリンクシルには出来なそうだ。ロサ達には出来るだろうか?」


「ゆっくりだよ。アンナが心配している、Aランク冒険者で終わらせはしないよ。私は彼女らをシーノーブルの指導者に仕立て上げようとしているからね。今は自由にしてもらっている雰囲気だけど、アンナが言うようにいずれ自分達の立ち位置に気が付くさ。この研修は、そう言う意味でも大きな意味を持つんだ」


「すごいな」


「あ、半分以上ソフィアの受け売りね」


「ふふっ。あの御令嬢は本当に凄い」


「そうだね。何かカリスマのようなものを感じるよ。皆がソフィアの言う事に従っちゃうみたいなところがある。彼女はいずれ、私をしのぐ人材になると思ってる」


 朱の獅子とアンナとリンクシル、それにマグノリアと俺が森に同行しているおかげで、何かがあってもどうにでも対処できるような状態だ。それにもまして、山吹狐の四人が他の子らを導いてくれている。彼女らもこの研修に賭けているようで、誰一人手を抜くものなど居なかった。


 お昼を食べて少しすると、ロサ達が声がけをした。これで外の研修は終わり、後はロサ達が素材を持ってギルドに行き、俺達が研修生を率いて辺境伯邸に戻る。


 予定だった。


 草原を歩いている時、アンナが言う。


「みんな止まれ」


 それに従い皆が止まる。そしてアンナが大きな声で言った。


「出て来い!」


 すると草むらの中から、ごそごそと人が現れ始める。ガラの悪そうな男が十五人ほど、そいつらが突然草むらから現れたのである。


「なんだ…手練れがいるじゃねえか」

「だが、女だけと言うのは本当らしいな」

「ちげえねえ。でも話で聞いてたのは、貴族のお姉ちゃんたちだったはずだぜ」

「本当だ…こりゃ…町娘と冒険者じゃねえのか?」

「えっ…」


 それに対してアンナが言う。


「盗賊か?」


 それを聞いて女の子達が青い顔をする。


「うそ…」

「こんなところで」

「ヴィレスタンに近いのに」


 だがそれを無視するようにアンナが言う。


「去れ。今なら殺さないでいてやる」


「お前は冒険者か?」


「ギルド員に手を出したら、ギルドが黙ってないというのは分かっているな?」


「ちっ! だれだ! ガセを掴ませたやがったのは!」


 なるほど。何やら変な雰囲気だ。


 俺が前に出て言う。


「誰に聞いて来た?」


「ひゅーっ! めちゃくちゃべっびんじゃねえか!」

「本当だな…こんな女見たことねえ」

「おっぱいもおっきいし、なんて上品なんだ」


 びりびりびりびり!


 ん?


 アンナとリンクシルが、めちゃくちゃ殺気立っている。


 しーらないっと。


 と思っていたら、ズッズゥゥゥゥン! と空からバカでかい動物が降りて来た。


「お、おわあああああ! ま、魔獣だああああ!」

「にげろぉぉぉぉ!」

「うわあああああああ」


 そう言って盗賊達は逃げて行ってしまった。当然女の子達も腰を抜かしており、真っ青な顔で魔獣を見ていた。その魔獣に小さなマグノリアが近づいて行く。


 山吹狐のリーズンが言う。


「だめです! それはヒポグリフ! 食べられちゃいます!」


 だがマグノリアはそれを無視して、ヒッポの頭を撫でてやる。


「よし。いい子、皆が傷つかないですんだね。おりこうおりこう」


「「「「「「「えっーーーーーーー!!!」」」」」」」


 一番小さなマグノリアがヒッポを従えているのを見て、研修生が全員目ん玉を飛び出させている。まあ、知らなければびっくりするのは当然だ。


「行っていいよ。みんながお前をみてびっくりしてるからね。また何か食べて来な」


「ぐるっくぅぅぅう!」


 バサッバサッ! 


 そうしてヒッポは飛んで行ってしまった。アンナとリンクシルも怒りを収め、剣から手を放している。


「ガセじゃない。この前はソフィアたちが居た訳だし」


「だな。きっと貴族令嬢の集団の事が噂になってるんだろう」


「なーるほどね。護衛を一人づつ連れて来ていいってルールにしてよかった」


「そのようだ」


 そして俺達が草原を歩きだす。するとリーズンがマグノリアに声をかける。


「あ、あの、マグノリアさん! 凄いですね!」


「あ、あの、私年下ですし」


 だが山吹狐のパンタシアも言う。


「凄いです! マグノリアさん! あのような魔獣を従えてるなんて!」


「あれは優しい子です」


「ヒポグリフが人に懐くなんて聞いた事無いです!」


「ま、まあ。昔から得意だったんです」


 おお! マグノリアが注目を浴びている。これはいい。


 俺がみんなに言った。


「マグノリアはその昔、ワイバーンを使役していたんだよ」


「「「「「「「「「ええ!」」」」」」」」」


 気づけば朱の獅子の連中まで驚いていた。


 あれ? 言ってなかったっけかな?


「そ、そんな大したこと無いです! その子は聖女様に討伐されちゃいましたし」


「「「「「「「「「えええ!!!」」」」」」」」」」


「あ、あれは私と言うより、私が強化した第一騎士団であって」


 だが山吹狐のカシマールが言う。


「あれは御伽噺じゃなかったんだ!」


 それに山吹狐のフェリチータが答える。


「本当だったんだぁ…」


 歩きながら俺が聞いてみた。


「どんなふうに伝わってるの?」


 するとリーズンが喜び勇んで言う。


「はい! 聖女様は伝説の龍を殺し、帝国を滅ぼしたとも聞いています! あとは東スルデン神国の軍勢を追い返したとも聞いています!」


「うん、おおよそ間違ってる。ワイバーンは伝説の龍じゃないし、帝国を追い返しただけ、東スルデンは攻めてくる前に引いた。なんか話が大きくなってるみたい」


 それでも研修生達は、キラキラした目で見てくる。


 それを代弁するようにロサが言う。


「聖女様。恐らくご自身が一番、自分の状況を知らないのかもしれませんよ。普通に考えてください。今の話が完全に一致しなくても、おおよその事は間違っていません。その聖女の隣りには特級冒険者が常に護衛としてついている。更には伝説の魔獣を使役する仲間がいて、お友達は賢者様がいらっしゃる。王に直接、苦言を呈する事が出来て、教皇が恐れて腫れ物に触るかのようではありませんか。伝説級になって、語り継がれるのは当然ではないでしょうか?」


 た、確かに。その流れだけ聞いたらめっちゃ凄いかも。でもそれは成り行きでなっただけで、たまたまなんだけどなあ。


「そ、そうだね…」


「そうです。そんな聖女様がお給金を払い、自分の私設騎士団を女のみで作るなどと言うのですから、殺到するのも無理はないのです。ここにいる全員が、その伝説に惹かれてきたのですから」


「そうなの?」


「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」


 なるほど。俺はてっきり給金の良さに釣られて来ただけだと思っていた。


「この子達は志があるのですよ。駆け出し冒険者なんて、もっといい加減なんですから」


「そうなの?」


「姉は異常なんです! 成人したばかりでギルドに登録して、数ヵ月でAAまでなったんです。そんな人は普通は居ないんですよ」


「そっか。なんかごめん」


「あ、謝る事ではないですけど、研修を通じて彼女らの意気込みを知ったんです。本当に命がけで来てるんだと」


「あー、そこは言っておくけど! みんな命はかけないでね! そんな事は私は望んでない!」


「「「「「「「「「わかってます!」」」」」」」」」


「それならいいんだ」


 もう…合格でいいんじゃね? こんな子らが成長しないわけないもの。彼女らは明日、貴族令嬢達から礼儀や勉強や社交などを学ぶ。多分このまま続ければ、かなり優秀な女性になるだろう。


「ごぅか…」


 するとアンナが俺の腕を握ってフルフルと首を振る。


「だめ?」


「ソフィアに怒られる」


「あ…」


 そう。今はトップダウンじゃなくて、ちゃんと理事会があるんだった。俺は鶴の一声で合格を出すところだった。


「か、帰ろう。盗賊もついてるなあ。あのままだと、アンナに全員首切られてた」


「「「「「「「「「えっ!」」」」」」」」」


 研修生達が恐怖の眼差しでアンナを見ている。アンナも全く否定しないので、これは冗談ではなく本当の事だ。


 するとロサが言う。


「今のは誇張無し」


「「「「「「「「「…はい…」」」」」」」」

 

 微妙な空気のまま歩き続け、辺境伯領の都市が見えてくるのだった。

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