第302話 ヒストリアよ!私は帰って来た!

 トリアングルム連合国とヒストリア王国の国境に差し掛かると、想定通りヒストリア王国側に騎士団が待ちかまえていた。やはりトリアングルムからの一方的な情報では、聖女が来たなんて真偽は分からないだろう。


 メルキンが俺の所に来る。


「ヒストリアの兵団が待ち構えておるようです。聖女様、何卒お口添えをお願いいたします。我々にヒストリアを害するつもりはありません」


「分っています」


 俺は馬車を降りてアンナを連れ、メルキンと共に関所に歩いて行った。関所に近づくにつれて、ヒストリア王国側の騎士達のどよめきが伝わって来る。すると向こうから三頭の騎馬が走って来た。


「せ、聖女様!」


 第一騎士団のフォルティス団長と副団長のマイオール、そしてなんとケルフェン中将までが来ていた。俺がぺこりと頭を下げて言う。


「お騒がせしてすみません…」


 俺の姿を見たことで、フォルティス団長とマイオールとケルフェン中将が馬を降りてくる。


「心配しましたぞ! 消息が分からなくなったと聞き、各地へ捜索が出されていたのです!」


 うわあ…。それは迷惑をかけた…とは思うが、それはミリィとスティーリアとアデルナにってこと。お前ら男の騎士団が働くのは当たり前やろがい! 恩着せがましく言うでない!


「それはご心配をおかけしました」


「それに! こ、これは一体どういう事です!」


 いつもは冷静なフォルティスが血相を変えている。


「すみません団長。実はいろいろありまして、トリアングルム連合国から橋渡しをしてほしいと依頼をされました」


「橋渡し?」


 俺は後ろを振り返りメルキンを紹介した。


「こちらはトリアングルム連合国の第二王子、メルキン殿下にてございます。そしてメルキン殿下、こちらは我が国の第一騎士団長フォルティス、そしてこちらに控えているのが、ケルフェン中将にてございます」


 お互いが深々と礼をした。そしてメルキンが言う。


「突然の事で驚かれた事だと思います! 我々は、聖女様から大きな救いの手を差し伸べていただいたのです! 王からの書簡も持ってきており、この長い馬車列は聖女様への献上品が収められているのでございます!」


「献上品でございますか?」


 ケルフェン中将が聞く。それにメルキンが答えた。


「はい。この程度では収まらぬような、それはそれは大きな御恩をいただいております」


「それはどのような?」


「まず先に内訳を申し上げます! 白金貨五千! 装飾品百点! 騎馬五十頭! 騎馬戦車十台! 千人分の鎧兜! 刀剣槍三千! 薬草及び野菜の種を五百袋! 穀物袋を三千! 以上にございます!」


 それを聞いて三人がざわつく。


「なぜにそのような破格の献上品を?」


「我々は聖女様に国を救っていただきました! また! ヒストリア王国に何かあった場合は、トリアングルムが全面的に後ろ盾になるとお約束をさせていただいております! こちらが正式な書状となります! 出来ましたらヒストリア王に直々にお渡しいたしたく思います!」


 三人が顔を見合わせている。突然の事に面食らいすぎて、言葉を失っているらしい。


 仕方がないので俺が説明をする。半分嘘の。


「よろしいでしょうか?」


「「「はい」」」


 三人が畏まった。そこで俺が話を始めた。


「実は邪神ネメシスに不穏な動きがあると察知したのです」


 嘘だけど。


「なんですと!」


「ネメシスはマルレーン公爵家のソフィア嬢に目をつけたのだと知りました。そしてマルレーン公爵家はトリアングルム連合国に逃げたと聞いたのです」


 これは後付けね。


「そんな事が…」


「アンナ。マルレーン様を呼んできて」


「わかった」


 アンナが後ろの馬車に行った。そしてフォルティスが言う。


「それならば、我々騎士団にお声がけしていただいても良かったと思います」


 だよねー。でも、俺はただソフィアを追ってきただけなんだよなー。たまたまこうなっちゃったみたいな?


「そういう訳には参りません。ヒストリア王都及び地方は守りを固めねばならない状態でございました。私が動けば、大部隊が動いてしまいますでしょう? そこで秘密裏に動く計画を立てたのです」


 三人が複雑な表情を浮かべている。それをトリアングルムの王子の前では言ってほしくないだろう。そこにマルレーン公爵とソフィアが現れた。それを見て、ケルフェン中将とフォルティスとマイオールが跪いて礼をする。


「ケルフェン、そしてフォルティスよ。私のせいで済まなんだ」


「いえ。ご無事で何よりでございます」


「聖女様がおっしゃったことは、全て本当であるよ。我々は恐ろしいネメシスの本体を目の当たりにした。あれがヒストリア王都で暴れていたらと思うと、大変なことになったであろう」


 それに対しケルフェン中将が聞いた。


「それはどのような?」


「トリアングルム王都を覆い尽くさんばかりの大きさであった。もしあの時、聖女様がいらっしゃらなければ、トリアングルムは壊滅しておったであろうよ」


「それほどまでに?」


「そうだ」


 するとメルキンが言った。


「それにより、第一王子のジュリアンが戦死いたしました。それで今回は私がこちらに来たわけでございます」


「それは…ご愁傷様でございます」


「致し方のない事でした。しかし、聖女様が救ってくださらねば、私や第三王子はおろか王も死んでいたでしょう。市民の被害も最小限に食い止めて下さり、我々はこうしてここに立っております」


 三人が立ちあがり、俺にもう一度説明を求めて来た。


「ネメシスはどうなりました?」


「本体は滅ぼしました。ですが、その影は未だあるかと。しかしながら大きく弱体化したことは確かです。今のうちに守りを固め、国の増強をする必要が御座います」


 ようやくケルフェンが納得した。


「わかりました。マルレーン様と聖女様がおっしゃるのであれば、間違いありますまい。それでこの後はどうされますか?」


「このまま、トリアングルムの使者を受け入れてください。第一騎士団がいらっしゃっているのでしょう? それならば間違いなく問題は起きないかと思われます」


 俺が言うと、フォルティスが頭を下げて言う。


「は! それでは責任をもって、聖女様の信頼にお応えする事に致しましょう! 既に王からは判断をまかされております! とにもかくにも聖女様を保護し、王都に戻す事が最優先となっております故、ここで時間を取られるわけにも参りません」


「それではお願いいたします」


「「は!」」


 そしてケルフェン中将が言う。


「やれやれ、陛下もダルバロス元帥も教皇も、首を長くしてお待ちでございます。とにかく無事で何より、さらにマルレーン様までお救いいただいて。破格の献上品まで受け取り、さらにはトリアングルム連合国の後ろ盾まで取り付けて来るとは…。まるで神の如き所業にてございますな」


「成り行きです」


 ここにきて俺は本当の事を言う。だがケルフェンは一笑して答えた。


「御冗談を。神のお告げでもない限り、あり得ませんでしょうなあ」


「どうでしょう」


 そして話を切るようにフォルティスが言う。


「さあ。聖女様もマルレーン様もお疲れのようです。この車列を見せられて、疑う余地もございません。直ぐに受け入れといたしましょう」


「うむ」


 そう言って三人はメルキンと話を始めた。その俺にソフィアが話しかけて来る。


「聖女様。ここまでほとんどお話が出来ませんでした。ヒストリアに入りましたら、ご一緒させていただけますでしょうか?」


「いいと思う。もうトリアングルムの護衛もメイドもつかないと思うし、なんにせよ精鋭部隊が迎えに来てくれたからね。とにかく、ここで肩の荷を降ろさせてもらうかな」


「はい」


 するとマルレーン公爵が笑いながら言う。


「この子は馬車の中で、ずっと聖女様のお話をしておりました。もう私らも聞き疲れてしまうほどに。出来ましたらお話し相手になっていただけますでしょうか?」


 ええっ? ソフィアちゃん。俺の事ばっかり話してたのぉ? もう、なんでぇ? そんなに好きなのぉ? もちろんよろこんで! こっちからお願いしたいし! むふ!


「是非お話したいです」


「うちの子を何卒よろしくお願いします」


 えっ! えっ! えええ! いま、ソフィアを俺にくれるって言った? 言ったよね? くれるって言ったよね! よろしくだって! パパァ!


「ソフィア。お手柔らかにね」


「はい!」


 ソフィアを助けに行っただけだったが、全部プラスに働いたんだからオールオッケー!


 すると俺の後ろに仲間達がやって来た。俺は振り返って皆に言う。


「さあ。国に帰ろう、もうゆっくり休んで、ルークス・デ・ヒストランゼで美味しいスイーツ食べよ」


「「「「はい!」」」」


 そして俺達は、ようやく関所を潜り祖国の土を踏むのだった。

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