第286話 来賓が訪れる日

 その日、俺達は薬も作らず調剤場にたむろしていた。やたらと倉庫に行く回数を増やし、あたりの様子を伺うようにしている。どうやらメイド達も使用人も近くにはおらず、皆が城に入ってるようだ。


「誰もいないね。せいぜい警備がウロウロしているくらい」


「今ごろは忙しくしていらっしゃるでしょう」


 ゼリスが集中してネズミを使役している。何かおかしな動きがあれば、いつでも飛び出せるようにしてはいるが、まだ南国の王族は到着もしていないようだ。薬草の買い付けと称して、メリーがリンクシルと共に出ているがまだ帰ってきていない。


「警備がいつもよりピリピリしてて、動くに動けないね」


「そのようです。ですがいざという時のあれがあります」


「マズい事も起きそうだけどね」


「いずれにせよ、ネメシス相手に普通の騎士が太刀打ちできるとは思いません。聖女の加護をもらった聖女の剣でなければ、好き勝手されてしまうでしょう」


 この前の、王宮騎士崩落巻き込まれ事件からすぐのこのタイミング、絶対に何かありそうな気がする。ネメシスが潜入するとしたら、関係者の誰かに成りすまして入って来るだろう。


 すると、そこにメリーたちが帰って来た。


「どうやら来たようです!」


 リンクシルが言う。


「やっときたか。なにか怪しげな事は?」


「わかりません。ぞろぞろと行列をなして向かっていました」


「じゃ、みんなそれぞれの場所について」


「「「「「「はい」」」」」」


 仲間達は、前もって準備していた仕掛けの為に、部屋を出て散らばって行った。流石に、ここばかりを見張っていられなくなった警備の連中もそわそわし始める。


「どうやら来たみたいだ」


「そのようですわ」


 王城の門の方から、笛の音やら歓声やらが聞こえて来る。あとカイトがあちこちに置いてくれた、対ネメシス用のお香が焚かれていた。良い香りなので、誰もそんなものだとは気が付いておらず、来賓の為の演出だと思い込んでいるようだ。


 俺たちも集中して耳を澄ませているところに、突然足音が聞こえて来た。


「えっ?」


 なんと! 調剤場の入り口に立っていたのはカイトと従者だった。


「おや? 薬作りはしていないのかい?」


 やべえ、今ここには俺とアンナとシーファーレンしかおらず、鍋の火などは止まっている状況だ。皆はある事の為に、一階の他の部屋に散らばっており不自然な状況になっている。


「これはカイト王子。本日は来客があるのでは?」


「出迎えなんて、兄らに任せておけばいい。それよりもなぜ薬作りをしていない?」


 ちょっとピリピリしてやがる。もう…適当な嘘をつくしかない。


「恐れ入りますが王子、薬作りは異臭が伴う事が御座います。特に例の傷薬の存在を隣国に知られては、良い事にはならないと思われますが? いかがでしょう? もし差し支えないのであれば、薬作りを始めますが、突然隣国の人らがここを視察してはまずいのでは?」


 カイトは少し沈黙して言う。


「おまえの言うとおりだ。そこまで考えての行動だったとは、やはりお前は賢いのだな。どうだ? 一緒に王城に行って見るか? 退屈しのぎにはなるかもしれないぞ」


 やべえ、仕事をしていないと言ったら同伴の誘いが来た。そこまでは気が回らなかったぞ。


「よろしいのですか?」


「いいんじゃないか? 僕が言えば誰も文句を言う奴はいないさ」


「隣国の王室がいらっしゃるのに、こ、こんなみすぼらしい恰好では…」


「それもそうだな」


 よし! 切り抜けた!


 するとカイトは従者の方を振り向いて言う。


「面白い余興を考えたぞ。小柄な者が着れるような燕尾服を三着用意しろ」


 えっ…なに?


「は!」


 そう言って従者が出て行った。カイト王子が俺に向き直って言う。


「お前達は俺の執事だ。いいな」


 おげえ。そんな事になっちゃうの?


 直ぐに従者が戻ってきて、俺達が着れるような燕尾服を持って来た。


「これに着替えよ!」


 ここまで来たら後戻りは出来ない。


「わかりました。少々お待ちください」


「急げよ」


 俺達は急いで部屋に戻り、マグノリアに一連の事を伝えて急いで着替える。計画変更ではあるが、ここはマグノリアに任せて俺達は王城に行くしかない。


「じゃあ、予定が変わっちゃったけど、いざとなったら計画通りに」


「はい」


「行ってくる」


「お気をつけて」


 俺達三人は女なのに、燕尾服を着てカイトの所に戻る。するとカイトが大笑いした。


「あっはっははははは! 面白いだろ! 従者が女なんて、きっとあちらの国の王様も興味を持つに違いない」


 注目を浴びようとすることに関しての知恵は天下一品かもしれない。俺達は従者たちに紛れ、カイトの後ろに付いて王城に向かうのだった。カイトの連れなので警備の連中も何も言う事は無く、俺達はすんなりと王城に入り込むことが出来た。


 これは、意図せず良い結果になったかも。直に王城内部を見れるし、いざという時の為にも自分らの目で見る事は非常に重要だ。やはり王城はピリピリしているようで、裏方はバタバタと動き回っている。


 すると向こうから、本物の執事のような奴が駆けつけて来る。


「カイト様! このような所にいらっしゃったのですか!」


「なにか問題でも?」


「席についていない事で、ジュリアン王子がお怒りになっております」


「そんなの知らないよ。僕のお客様じゃないしね」


「そ、そう言わずに」


 ガキだ。コイツは確かに合理的で切れ者の雰囲気があるが、それは子供理論に基づいているのかもしれない。そもそも俺達が思うより、めちゃくちゃ若かったりするのかも。見た目は少年のようだし…。


 カイトについて行くと、どうやら客を出迎える直前だったようだ。ジュリアンがカイトに言う。


「どこに行っていた!」


「ちょっと野暮用です」


「座れ!」


 カイトが渋々席に座り、俺達はそのずっと後ろの衛兵の後ろに控える。


 入口の方から高らかに告げられる。


「メリディエス王国、シャール・メリディエス国王陛下ご入場なさいます」


 すると皆が立ち上がってパチパチと拍手をし始めた。扉が開かれて隣国の王族が入って来るのだった。

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