第280話 暴風のような第二王子
それから数日、俺達がせっせと薬作りに精を出していると、突然調剤場の扉が開いて兵士が入って来た。兵士は息を切らしていて、ここまで急いで走って来たと想像させる。
「すみません! 薬師さん!」
「はい」
「兵士が崩落にあって怪我をしたんです。こちらで傷薬を作られていると聞き、医者が来るまでの間、応急処置ができないかと!」
そりゃ大変だ。一応、クラティナの作った傷薬に、俺とシーファーレンが魔法をかけた究極の薬はストックしてあるが。
「えっと、カイト王子の許可が無いと」
「緊急なのです!」
でも、依頼されて作っている物を、俺達の判断で消費するわけにもいかない…。
「カイト王子を呼んでください!」
「カイト様は、いま城にいらっしゃいません!」
マジ? じゃあ、ダメじゃん。
俺達がまごまごして時間が過ぎていくと、バン! とデカい音を立てて、入り口のドアが開かれるのが聞こえて来た。ズンズンと歩いて来る足音が聞こえ、俺達が何事かと調剤場の入り口を見ていると、巨漢の眉間にしわを寄せたデカい男が入って来た。
「おい! 何をしている!」
すると兵士が言った。
「カイト王子の許可がいるそうです!」
「許可ならば俺が出す! カイトには後で俺から伝える! 早く薬をだせ!」
百九十はありそうな筋肉隆々の巨漢。どうやらこいつは、うわさに聞く第二王子のメルキンだ。名前にキンがつくだけあって、めちゃくちゃ筋肉がパンパンに詰まっている。
そこで俺が答えた。
「カイト様に叱られてしまいます!」
「目の前の命の方が大事だ! 早くしろ!」
ビリビリと響き渡るクマのような声に、俺達はもう言うのを止めた。そしてシーファーレンが言う。
「では、こちらをどうぞ」
そう言って傷薬の木箱が入った袋をテーブルの上に乗せた。
「これか! お前達も来い!」
有無も言わさず俺達に来るように言った。こんなデカい奴ががなっているので、アンナがピリピリしているが、俺はスッとアンナの前に立って言う。
「まいりましょう」
俺とシーファーレンが行こうとすると、メルキンはまた大声を出す。
「人手がいる! 全員来い!」
「では、皆いきましょう」
仕方なく俺達八人とメリールーが、第二王子メルキンと兵士について出た。連れていかれたのは兵舎で、そこには怪我をしている兵士達が床に寝かされている。
ひどっ!
結構な怪我をしている者がいた。もちろん、俺がゾーンメギスヒールを使えば一発だが、ここで俺の力を披露するわけにはいかない。
俺はシーファーレンに目配せをして頷く。
「治療にあたっている兵士様。お集まりください! ここに傷薬があります! それで傷を塞いでください!」
俺達の所に兵士達が来たので、袋から次々に傷薬を出して配っていった。貰った兵士から、慌てて怪我人の元に行って傷薬を塗りたくっていく。もちろん俺達の特性傷薬なので、あっという間に傷が塞がり兵士達は回復していった。喧噪の中にも、あちこちから驚きの声が聞こえて来る。
「おおお! 下手なポーションより効くぞ!」
「肉が繋がった!」
「腹の傷が! 塞がる!」
皆が驚愕の表情でその効能を実感していた。俺の蘇生魔法の効力が聞いているだけなのだが、そのおかげで死にそうだった兵士達が回復していく。だが人手が足りないようで、俺達も薬箱を手に兵士達を治していった。しばらくそれを続けていると、だいぶ兵士達が落ち着いて来る。
そして、ようやくそこに医者がやって来た。
するとメルキンの怒号が飛ぶ。
「遅い! 早く兵を見てやれ!」
「は、はい!」
医者や看護師達が一斉に室内に散らばり、怪我人達に走り寄るが首をかしげている。
「どうした!」
「そ、それほど慌てるような怪我ではないように思うのですが…」
医者が言うと、メルキンがようやく落ち着いて来て周りを見渡す。死にそうだった兵士達は、寝ている者こそいる者の、上半身を起こしてこちらを見ている者もいる。
「な、どういうことだ?」
すると兵士の一人が言った。
「この薬が、効いたようでございます!」
メルキンがずかずかと、発言した兵士の元に行き、その薬箱を取り上げてじっと見る。
「ただの傷薬ではないか…」
「いや、確かにこれをぬって回復したのでございます」
するとメルキンがくるりとこちらを振り向き、またドカドカと足音を立てて俺の前に来た。
「貴様は、確か…」
だが頭をひねっている。脳筋野郎め。
「あの、お初にお目にかかります。新しい薬師に任命されました、オリジンと申します」
「…異国の人間か?」
「はい」
「そうか…カイトが入れ込んでいるのはこれか…」
あ、あいつ。兄貴にはちゃんと伝えてないんだ。ていうか、俺達の事を良く知らないという事は、俺達に監視をつけているのはメルキンじゃないな。
そして医者が言う。
「お取込み中、申し訳ございません。それでも弱っている兵士様もいらっしゃるようです。直ぐにベッドにお連れした方がよろしいかと」
「わかった。おい! それぞれを部屋に連れていけ! 重いものは病室へ運べ!」
「「「「「「は!」」」」」」
兵士達は怪我人に肩を貸し、おんぶをして連れて行った。医者達も兵士達に付き添って部屋を出ていくのだった。
「あの薬はもっとあるのか!」
「いえ、作り置きは使い切りました。カイト様がなんとおっしゃるか」
「あの頭でっかちは、現場を知らんからな。俺の方から伝えといてやる! 下がれ!」
よかった。
「はい」
俺達がその場を離れようとすると、メルキンが俺達を呼び止める。
「おい」
「はい」
するとメルキンはつかつかとアンナの前に立って言う。
「お前…本当に薬師か?」
「そうだ」
その言葉遣いにメルキンがピクリとする。俺はサッとその前に立って言った。
「すみません。私達は田舎の出でございまして、ろくな教育をうけてないのです。言葉遣いなどは全くなってないのです。何卒ご容赦いただけましたらと思います」
「それに、そっちの爺。お前も薬師か?」
「はいー、わしも薬師をやってございますー。老いぼれですので、お手伝いにとどまっておりますがな、それでも役には立っておると思うております」
「フーン…」
メルキンがじろりと見るが、シーファーレンが言った。
「薬師仕事と言えど、力仕事もございまして、彼女らはそのためにいてもらっているのです」
「…ふん。まあいい。下がれ」
「はい」
俺達が兵舎を出て庭園を歩いている間、一言も口を利かずに黙々と調剤場へとむかう。
やばかった。メルキンは脳筋かもしれないが、感覚が鋭くて侮れない。アイツと接していると、俺達の正体がバレるかもしれない。
バン!
調剤場の扉を閉めて、アンナ以外が一斉にため息をつく。
「ふうー」
「あぶなかったですわ」
「なにあれ」
するとネル爺が言う。
「聞きしに勝る武人のようでございましたな」
「鋭いみたい」
「そのようで」
でもあそこでアンナとぶつからなくてよかった。もしそんなことになったら、今ごろは一目散に王城を脱出しているところだ。とにかく事なきを得たので、俺達はホッとため息をついたのだ。
カイトといいメルキンといい、めっちゃ癖のある兄弟のようだ。力関係が良く分からないが、あれだけ必死に兵士達の事を面倒見ているところを見ると、恐らく兵達の人望はメルキンの方があるだろう。
メリールーは何の事か分かっていないようだが、俺達が血相を変えているのを見てアタフタしていた。嵐のような出来事だったが、俺達はそのあとでおかしな情報を聞く事になるのだった。
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