第242話 忍び寄る邪神ネメシスの陰
俺には謎だった。カレウスは放っておいてもいずれ王になる。まだ若いのだし、謀反など起こさずに大人しくしていた方がいいはずだ。百害あって一利なし、皇太子であるカレウスが謀反を起こしても何のメリットも無いのである。
そして黒幕にルクスエリム王の伯母じゃなく、叔父が絡んできているというのも厄介だ。いずれにせよどちらも、めちゃくちゃ年寄りのはずで、しゃしゃり出て何か良い事があるのだろうか?
あまりにもの出来事に、俺はひとまず賢者のシーファーレンとだけ話す事にした。聖女邸に面々に、こんなことを聞かさせても荷が重すぎるからだ。
「シーファーレン。まさかの内通者が皇太子だった」
「そうですか…」
「どうしたものか」
「あの…」
そしてシーファーレンは俺の目の前に、見慣れぬ黒い石盤を置いた。その脇には古い本のようなものが置いてあり、それには見覚えがあった。俺が以前シーファーレンに預った本で、御伽噺のような預言書のような不思議な本だ。
「これは?」
するとシーファーレンが難しい表情を浮かべて言う。
「どうやらネメシスはなりふり構わず攻めてきています」
「どういうこと?」
「歴史が変わってまいりました。ここまでは聖女様が活躍されたとおりに、動いて来たのですが、どうやらそうもいかなくなってまいりました」
シーファーレンが黒い石板に白い砂をかけると、そこに何らかの情景が浮かび上がってくる。
「これは?」
「予言の石板です」
「予言の石板?」
「この本と連動しているのですが、見てください」
俺が見ていると、何やら怪しげな鬼みたいな奴の周りを、取り囲む人々が浮かび上がってきた。その中心にいる鬼みたいなものを指さして俺が聞く。
「これは?」
「邪神ネメシスです」
「この人達は」
「恐らくは、取り込まれてしまった人々かと。思ったより、ネメシス侵攻の力は強かったようです。こんなものは以前は浮かび上がりませんでした」
そして次にシーファーレンが本を開くと、今までは白紙だったページにその鬼と輪を描く人々が浮かび上がった。どうやら自動で書き込まれるようなしろものらしい。
「ちょっと待って。という事は今まで取り込まれていなかった人が、取り込まれつつあるいう事?」
「そうなります。そしてまさか、王の側にまで忍び込んでいるとは思いませんでした」
俺はぶるっと身震いをしてしまう。
「良い? 信頼している人もネメシスに寝返ってしまう可能性があるという事?」
「いいえ。真面目に女神フォルトゥーナと聖女様に信仰を捧げている者は、その影響を受ける事はないでしょう。問題は心より女神フォルトゥーナを信じていない者です。彼らの心の隙間にネメシスは入り込んでしまいます」
「嘘…」
という事は、これからも寝返ってしまう人間が出てくるかもしれないという事だ。そんなん、いくら敵を潰しても次々に出て来てしまう。
うっざっ! これじゃあいつまで経っても、公爵令嬢のソフィアに近づけないじゃないか! まったく! ネメシスめ! どこまで邪魔すりゃ気が済むんだ?
するとシーファーレンは俺に向き直って言う。
「今までネメシスは、ずっと聖女様の聖職活動を邪魔してきましたよね? 仕事をしようとすると、すぐに問題が起きて出来なくなってました」
「そうだね。今もこうして身動きが取れないでいるし」
「それです。それこそが邪神ネメシスの狙いです。聖職活動をさせないで、女神フォルトゥーナ様の信仰を邪魔していたのです」
うっわ。めっちゃ心当たりある。俺は聖職活動が出来ずに布教活動をストップしていた。
「私が布教活動をおろそかにしてしまい、信仰心が揺らいでいる人に入り込んだと?」
「そう言う事です」
「それはまずい」
「はい」
皆の協力で一日も早く正常化しようとしてきたのに、その活動に邁進するがあまり、女神フォルトゥーナの布教活動がおろそかになってしまった。本末転倒も良い所だ。
「とにかく、王宮を正常化しなければ国は崩壊してしまう」
「その通りです。しかもネメシスは隙間に入り込むだけに飽き足らず、恐らくは信者をより増やすために何かをしています」
「何かとは?」
「はい。恐らくは教団を作った可能性があります」
「ネメシス教団? 邪神教って事?」
「はい」
「そんな…」
「最近の力関係があまりにもネメシスに傾きすぎています。間違いなく信仰者を増やし、最終的には女神フォルトゥーナを殺すつもりでしょう」
ははは…。なにそれ、そんなのどうやって勝てばいいんだろう? 今までは人間相手でも、根気強くやっていればいつか達成できると思っていた。
「ネメシスって随分嫌らしいやつだね」
「邪神ですから」
「なんだって、そんなに邪魔をしたがるのか」
「世界を自分の信者だらけにして、全てを我が物にするつもりなのでしょう」
なるほどね。人間を相手にしている訳じゃないって事は、もっと別のアプローチでやらなきゃダメだって事だ。つーか、あまりにものしつこさにだんだんと腹立ってきた。
「ネメシスをなんとしても封じなきゃ」
「はい」
「ずっと引きこもってはいられないって事が分かった」
「今ならまだ女神フォルトゥーナの信者がたくさんいます。市民に対しての布教活動は止まっていましたが、聖女様がお助けになった人々がいます。攻勢に打って出る必要があります」
「だけど大っぴらに外に出たら、聖女邸のみんなが危険にさらされる」
「その為の活動はしていらっしゃったと思いますよ。曇りなき目で見定め、信者に助けを求められても良いかと思います」
なるほどその為の魔道具か。シーファーレンは安全にそれが出来るように、新型の魔道具を作ってくれていたんだ。それならば、魔道具を徹底的に活用して各方面を動かして行くとするか。
「だと。接触すべき人間もおのずと限られてくる。そう言う事だね」
「はい」
「わかった。だいぶ整理がついた。流石は賢者だ」
「わたくしは聖女様に、女神フォルトゥーナにこの身を捧げております。わたしの全ては聖女様の為に」
「ありがとう。私もシーファーレンの為に、仲間達の為に、そして女神フォルトゥーナの為に、動くようにする」
「はい」
恐らくそれが一番の近道なんだ。
「じゃ、嫌いとかなんとか言わずに、男連中を動かすとするかな」
「賢明です」
思えばその下地は意図せず出来ている。教会はおろか第一騎士団や近衛騎士団の支持を受けているし、騎士専用BARを作ったり孤児学校を作ったりした事は全く無駄じゃない
「味方をしっかり見極めていくとしますか」
「ご協力させていただきますわ」
シーファーレンのおかげで、俺が何をするべきががはっきりした。ここまではどちらかというと、自分達だけでどうにかしようとしてきたが、流石に状況がそれを許さないようだ。
シーファーレンが呼び鈴を鳴らすとシルビエンテがやって来る。
「はい」
「皆様と話し合いがあります。集めてください」
「かしこまりました」
そしてシルビエンテは聖女邸の面々を呼ぶために部屋を出ていく。聖女邸の皆は、俺の為に必死に考えていろいろな対策を打って来てくれた。今はそのすべてを有効に活用する事を徹底すべき時だと分かったのだった。
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