第4話 公爵令嬢が好きすぎて
ヒモだった俺は、女を見るとついつい甘えたくなってしまう。どうやらこれは性らしい。そしてもう一つ、やっぱり女は可愛い。可愛いし尊い。
そのテーブルでは、貴族の女子達が集まってトークをしていた。ビクトレナ王女が来た事によって、ソフィアは一歩引いて大人しくしている。他の貴族の女子達はビクトレナが来た事で、色めきだちあれやこれやと声をかけ始めた。王女に気に入られたいという気持ちだろう。
「ビクトレナ様。本日のドレスもとてもお美しい、ビクトレナ様の美貌を更に際立たせているようですわ」
この話している女は子爵の娘だ。もちろんビクトレナとは格が違いすぎるので、こういう場所でしか話をすることはできない。何というか甘えん坊のような、たれ目の愛嬌のある顔。これはこれで悪くはない、むしろ間違いなく口説いているだろう。
今度はその隣にいる、伯爵の娘が言った。
「本当に。ビクトレナ様の感性はとても素晴らしいです。今宵もこの会場の視線を独り占めではありませんか」
この女は少し神経質そうだが、容姿が悪いわけではない。どちらかというと、あまり特徴のない顔をしているが、こういう顔は化粧をすると化けるものだ。今日の化粧も上手で、目もパッチリ鼻もくっきりとしている。この女もサシで出会っていれば口説いてるだろう。
「そんなことはないわ。それにほら、今日は聖女のお披露目式よ。主役はこっち、今日の私は脇役だわ」
ビクトレナが俺を気遣って苦笑いしながら言う。王女でありながら結構空気を読める女だ。わがままに育って人に気づかいが出来ないという訳ではない。
「そんなそんな、脇役だなんて。ビクトレナ様はいつも主役でございます」
「本当にそうですわ」
貴族の娘達がめっちゃヨイショしているが、ビクトレナが少し困ったような顔をする。俺が静かに何も言わないので気を使っているようだ。貴族の娘達は、どうしても目の前の王女に気に入られたいばかりに、今日の祝賀会の目的を忘れてしまっているのだ。だからと言って、ビクトレナも別に気を使わなくても良いと思う。王女なんだから。
それにしても、このちゃぴちゃぴとした女子トーク…なんて愛おしいんだろう。内容は薄っぺらのぺらぺらだが、女がただ小鳥がさえずるように話しているだけでこんなにも可愛い。やっぱ女は可愛い。尊い。
俺はビクトレナに言う。
「ビクトレナ様。その通りです、私は主役にはなりえません。私はお国の為に、ただこの身を捧げ奉仕する役割の人間です。主役はやはりビクトレナ様のような美しいお姫様だと思います」
ほんとに。
本当に俺なんか主役じゃない。マジで、ビクトレナが主役で居てほしい。俺自身、なんで聖女になんかなったんだか分かんねえし。今朝までスマホ見てゴロゴロしてた甲斐性のない男だったんだから。俺は出来れば男に生まれ変わりたかった。そして君達との恋愛を謳歌したかった。
「ほら! 聖女様もそう言っているのです。ビクトレナ様も、そのおつもりでよろしいのですわ!」
子爵の娘がこれ見よがしに、ビクトレナ王女をヨイショするのだった。
こういう、女の計算高い所もすっげえ可愛いんだよなあ。やっぱり女っつうのは、こうであるべきだと思う。ちゃんと自分の立ち位置をわきまえながら言っている感じだし、別にいいんじゃないの? 可愛いし。
そんなビクトレナ王女のヨイショ合戦でテーブルが盛り上がっていると、公爵令嬢のソフィアが冷たい顔で貴族の娘達を一瞥し口を開いた。まさに悪役令嬢って感じだ。
「聖女様。本当におめでとうございます。聖女様はこのお国の誉れでございます。国交においても、周囲の魔獣の対策においても聖女様無くしては考えられません。そしてその重大なお仕事から逃げることなく、聖女としての立場を全うしようとしてらっしゃる。私は聖女様のその殊勝な心掛けに、ただただ感服するのみでございます。誰が主役だなどという事は些事にございます」
ああ…ソフィア空気読まねえし尊い。顔が美しいし尊い。化粧も薄く大人しいドレスがまた似控えめで尊い。そして特質すべきは、どんな場所においても堅い! かっちかちに堅い! どうやら俺と融合した聖女も、ソフィアを大変好んでいるようだよ! 好き!
「ほらほら、皆さん。ソフィアの言う通りですわ。本日は聖女様のお披露目会、私が主人公では無いのです。皆様も御慎みくださいますよう」
「「「はい…」」」
公爵令嬢のソフィアが一言、話しただけで空気感が変わる。ちょっと空気が読めない感じだが、別に天然って訳じゃないんだよなあ。ただただ、正論を言っているだけ。それが健気でまたかわいい。好き!
「私とした事が、少し空気を悪くしてしまったのかしら。ビクトレナ様、申し訳ございません」
「いいえ。ソフィアの言っている事は間違っていないわ」
「私は少し賑やかな、この会場の雰囲気にあてられてしまっているのでしょう。ちょっと頭を冷やしてきます」
「あら。そう?」
ビクトレナがどうした物か考えているようなので、俺が申し出る。
「それではソフィア様。私と二人でベランダにてお月見でもいかがでしょう? 」
「はい」
ああ…素直。さっきまでは正論をふりかざしていたのに、俺の声がけでこんなにも素直になってくれるなんて。好き!
そうして俺とソフィアは会場を離れ、少し開いた窓からベランダへと出る。月が青く輝き、夜風が心地よかった。
「聖女様! 月が綺麗です!」
皆と居た時とは違い、ソフィアがすごく砕けた感じに明るく微笑みかけて来る。そう…これは聖女と二人きりの時だけに見せる特別な笑顔。ソフィアは恐らく聖女を気に入っているのだ。どうやら心を許しているらしい。そして俺が優しく答える。
「本当です。こんな美しい月夜にソフィア様と一緒なんて素敵です」
「本当に素晴らしいですわ!」
にっこりソフィアが可愛すぎて口説かずにはいられんぞ!
「ソフィアの綺麗な笑顔。あの月が恥ずかしがって雲隠れしそうだね」
「えっ?」
ソフィアが頬を染めながらも、俺の顔をみてキョトンとしている。
「そ、そんな聖女様。お酔いになっておられるのですか?」
「いや。至って真面目かな」
「何というか、言葉も騎士様のような…」
「ふっ。ソフィアの為ならば騎士にもなりましょう」
俺がそう言うと、真面目なソフィアが真っ赤になってしまう。そしてそれを悟られるのを恥ずかしがるように月を見上げた。
「今日の聖女様はちょっとおかしいですわ」
「きっと、このお披露目式のおかげで浮足立ってるのかもしれないね」
「そうですね。きっと、そうです」
そんな二人を包み込むように、月は優しく照らしている。
よし! これ落ちるぞ! このまま押せば行ける! 間違いなく俺はソフィアと友達以上になれる! やったるでぇ!
そう思った時だった。ビクトレナと数名の女達がベランダにやって来た。ビクトレナが俺達に声をかけて来る。
「あら、二人でお月様を独占しているのかしら?」
するとソフィアが慌てて言う。
「そんな。月は誰のものでもございません。皆が平等に愛でて良い物だと思います」
いつの間にかいつものクールな表情になって王女を応対している。聖女の前だけで見せるソフィアのギャップに、俺はますますグッときてしまうのだった。
しかし邪魔が入ったな。まあ今日の所は、ソフィアを口説き落とせないようだ。まあこれから何度も機会はあるはずだ。焦らずじっくり行くのが俺のやり方。今日はしっかりタネを巻いたから、そのうち芽吹いて刈り取れる日が来るはず。
……
いやいやいやいや! まてまて! 俺は聖女だぞ! 公爵令嬢をおとして何をするつもりだ?
自然に口説きのモードに入っていたが、俺はすっかり自分が聖女であることを忘れていた。そのジレンマに気が付くまで、間抜けにもヒモだった時の癖を出してしまっていた。
あれ? 俺…もしかしたら、恋愛対象として男を相手しなくちゃいけないの?
無理! ムリィ! ムゥーーーーリ!
男なんて絶対にろくなもんじゃない! 冷静な表情の陰で、俺はめっちゃテンパってしまうのだった。
そして誓う。
こんなハイスペックに生まれ変わったんだ。前世のヒモ時代とは違い、女全員を幸せにすることができるんじゃないか? そして男とどうこうなる前に、俺は絶対にソフィアと添い遂げる。この世の中の女全員を幸せにしたる! 今度は女達を泣かせたりしない。と。
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