第2話 愛宿

第二話 愛宿





ある日。

ヤマメからLINEが届いた。


「お世話になっております。ちょっとお聞きしたいのですが、悪意持ってませんか?」


なんだこいつ。持ってねーよ。


「ちょっと今ないですね…」


「そうですか…悪意持ってる人とかって知ってたりしませんか」


「知らないです…いたとして、どうやって取るんですか?」


数秒の沈黙。


「そこが問題なんですよ。まだこっち来て日が浅いので、ありそうな場所とか案内してくれませんか?」


まあ、ブログのネタになるなら、とOKした。



───



新宿・歌舞伎町。

欲望渦巻くこの町なら、何かしらあるだろうとの期待を込めてやってきた。


「なんですかこの土地。臭い…」


ヤマメが顔を顰める。


「ゴミとかネズミとかいますからね…」


「いえ、そうではなく…人臭すぎるんです。人間の生きてるエネルギーが強すぎて…」


「生きてるエネルギーってこんなドロドロした感じなんですか?」


「子供とかはキラキラしてますが、まあ大人はドロドロしてる場合が多い…あっ!あれ!」


ヤマメが指差した方向。それは、かなり若い女性と中年男性がホテル街を歩いている光景だった。


「?…まぁ異様ですけど、あんなの歌舞伎町じゃよく見る…」


と言いかけて、はっと息を呑む。

並んで歩く2人の間に、この前と同じ黒い紐状のものがぐるぐると渦巻いていた。


「!あれって…!」


「えぇ。悪意です。しかも互いに秘めた悪意が複雑に絡み合っている…」


「悪意って目に見えないんじゃなかったんですか?」


「私と関われば見えるようになります…追いましょう、見失うとまずい」


「見失うとどうなるんですか」


「悪意が増長してしまうと…最悪の事態を引き起こす可能性があります」


慌てて後を追う。


「やばい、あの2人ラブホ入りましたよ!」


「ラブホって何ですか」


「!?…とりあえず来てください!」


ヤマメの腕を掴み、ラブホテルに駆け込む。

こんなところ絶対に知り合いに見られたくないな、と心の中で思った。


エレベーター内。


「で、どうするんですか?あの2人もう部屋入っちゃいましたよね?」

「大丈夫です。集中すれば悪意を辿ることができますが…かなりカロリーを消費します。とりあえず揚げ物とかって頼めたりしますか」

「こんな時に!?」


部屋につき、ルームサービスでポテトフライを注文。2皿届いた。


「こんなに頼んで…!ちんたら食べてる場合じゃないですよ、食べてる途中になんかあったらどうするんですか」

「…まだ大丈夫です。悪意はまだ爆発していません。でも…どんどん膨らんでいます」

「やばいじゃないですか!」

「やばいですよ」

とにかくポテトフライを詰め込む。

「…!まずい」


何かを察したヤマメが部屋を飛び出す。

慌てて後を追う。

階段を駆け上がり、一つ上のフロアの部屋の前で立ち止まった。


「ここです」

「鍵閉まってますよどうするんですか」

「こうです」


ヤマメは鉄製のドアを蹴り破った。

「!!」

大きな音を立ててドアが開き、中に駆け込む。

そこでは包丁を持った男が、女の子に刃物を向けていた。


「なっ…なんだよお前ら…!」

「お2人とも落ち着いてください。その悪意、私が受け取りましょう」


指先を上に向ける。その瞬間、2人の体からズルズルと音を立てて黒い塊が飛び出した。


「でっか!」


思わず叫んでしまう。


ヤマメの指先に導かれるように、悪意は開いたジップロックの中に吸い込まれていく。

全て入れ終わり袋を閉じると、2人はぽかんとしたままこちらを呆然と眺めていた。



────



帰り道。

「いやーめでたく採れました。ありがとうございます」

「あの2人の記憶、ほんとに消えてるんですか?」

「今日のあれについては消えてますよ。ごっそり吸い取りましたから」

「はぁ…あとドアもなんか直ってたし…」

「ドアの記憶をいじればすむことです」

「そんな、人の記憶自由にいじれるなんて…あれ、じゃあ私の記憶は?」

「あなたのはわざと残してあります。人間界に来て初めての協力者ですから」

「人間界?」

「えぇ」

「うすうす思ってましたけど…ヤマメさんて人間じゃないんですか?」

「まあそうですね」

「まあそうですねって…」

「隠してもあれなんで言いますけど。私は悪食なんですよ」

「あくじき?」

「人間の悪意を食べる者のことですね。私たちは悪食と呼びます」

「お化けとかに近いですか?」

「そうかもしれません」

「瞬間移動とか透明人間になれたりとかできます?」

「瞬間移動はできませんが…透明人間にはなれますよ」

「ほんとですか!」

「嘘です」

「夢壊さないでもらえます?」

「まあまあ…でも今日は面白かったです。食べたことないタイプの悪意でした」

「わかるんですか?」

「なんとなく。持ち帰って調理しますけど」

「生でも食べたりできるんですか?」

「食べるのもいますが…私は最近自炊にはまってまして。また写真お送りしますね」

「あ、大丈夫です」

「そうですか。ではまた。お疲れ様でした」

「ありがとうございました。お疲れ様です」

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