1:オリエンテーション……お節介ともいう

 僕と森小路センパイとの出会いを語る前に、先ずは僕たちが通う学校のことも説明しないといけないよな。


 僕たちが入学した私立三条学園高等学校は、文武両道を標榜するだけあって県下有数の進学校であると同時にクラブ活動も活発で、部の数が多いだけでなく質のほうも相応に高く、全国レベルの強豪クラブもいくつか存在するほどの盛況ぶり。

 私立高校の性格上、部活動の成果が学校の評価に直結するだけに、推薦枠による特待生確保だけでなく一般入部も大いに推奨されているである。

 そのためポスター掲示による一般的な勧誘だけでなく、こうして新入生を一堂に集めての勧誘もしているのだった。

 わざわざ授業まで潰して「クラブ選びの指針に使え」と要らぬお節介なこと甚だしいが、このイベントこそが僕が森小路センパイを知るきっかけとなったのであった。


 そして季節は4月へと溯る。



    *



 春のうららかな陽気に、授業ではないオリエンテーション。しかも生徒主催によるグダグダな内容とくれば、午睡を促すにはもってこい。

 周りを見れば真面目に説明を聞いているのは約半分、隣や前後の奴らと小声でおしゃべりに興じているのがそのまた半分。残りの連中は何をしているかというと、舟を漕ぎつつ果敢に睡魔と戦っており、千林典弘もまたその他大勢の中のひとりであった。

 午睡の誘惑は強敵で、壇上で熱く語る先輩諸氏のセールストークがまるで眠りの呪文のように、まどろみの桃源郷へと誘うとする。

 抗いがたい強敵に圧されて陥落する寸前「寝るなよ」と、後ろに座る滝井に後頭部をペチンと叩かれた。


「オリエンテーションとはいえ、いちおう授業中だぞ。居眠りをするなんて、たるんでいる証拠だ」


 あくびを噛み殺しながら注意している時点で説得力ゼロだが忠告は金言だったのか、直後タイミングを見計らったかのように2人の横を担任教師が睨みながら通り過ぎていく。

 この場で寝堕ちしていたら、確かにヤバかったかも?

 下手に感謝したらつけあがりそうなので「どこまで進んだ?」とぼやかして訊くと「半分も超えてねえんじゃないか」とダルそうな返事が返ってきた。


「マジか?」


 時計を見れば、5限の開始から40分ほどしか経っておらず、はなはだ不本意ながら滝井の言を裏付けていた。

 これがまだ、1時間以上も続くのか?

 拷問の継続に、もはや唸るしかない。


「クラブ活動なんてものは自由参加なんだから、わざわざ体育館を使って一堂に会する必要があるのかよ?」


 どう考えても時間のムダとしか思えないにもかかわらず、滝井は典弘の吐いた愚痴を「ふっ」と鼻で笑う。


「その辺は大人の事情があるんじゃないのか」


「うわー、大人のセリフ」


「そりゃ、高校生になったんだからな」


 ドヤ顔でムダにふんぞり返るが、私語を交わしている時点ですでにアウト。そもそも2人ともまともに聞く気がないのだから、糠に釘というか馬の耳に何とやらである。


「わざわざこんなことしなくても、学内にどんなクラブがあるのかは、掲示板に貼られた勧誘ポスターで知ることができるのに」


「それすら見る気が無いくせに」


「僕は帰宅部志望だからね」


 滝井の皮肉に返す刀で「滝井も同じなんだだろう?」と意味ありげに訊いてみる。

 すると。


「クラブ活動に貴重な放課後を縛られるのは真っ平ゴメンだ」


 己が信念とばかりに、滝井が胸を張って堂々と答える。


「せっかくの高校生活。遊ばないでどうする!」


 見た目同様に軽薄な口調だが、ヒトは見かけによらず。これでも滝井は、学時代にテニスのシングルスで全国大会ベストエイトまでいったことのある猛者であり、強豪校からスポーツ推薦の打診をいくつも受けていた。

 にもかかわらず、当人は「そんな手段で進学をしたら、色々と縛り付けがあって窮屈だ」という真っ当な? 理由から、並みいるテニス名門校からのお誘いを、ことごとく蹴ってしまっていたのである。


「三条学園からもお誘いが来ていて、スポーツ推薦で楽に入学もできたのに。わざわざ一般入試を受けるんだから、ホント大したタマだよ」


「才能の賜物だ」


「努力はしてないんかい!」


「三条学園くらいなら、ふつうに合格できるだろう」


「この学校に入るのが〝くらい〟か?」


 ふざけているのか、このバカは?

 ひけらかす訳ではないが、三条学園といえば県下ではトップクラス。全国的に見てもそこそこ上位に食い込むほどの学力優秀校である。歴史が古いので進学校の割にはややおっとりしたところもあるが、それでも東大・京大を始めとする国公立大学や関関同立などの私学の有名大学に多数の卒業生を送り込んでいるエリート養成校のひとつである。

 当然入試のハードルも高く、少子化の関係で答案用紙に名前を書けば全員合格なんて揶揄されるような学校が多々ある中、偏差値上位の難関校のひとつに数えられている。

 にもかかわらず入学したのが〝くらい〟と言い切る!

 思わず殴ってやろうかと思うくらい不遜な物言いだが、実際にスポーツ推薦を辞退して一般入試であっさり受かったのだから、典弘としてもぐうの音も出ない。


 ○○と××は紙一重と言うヤツだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る