第7話
「えっと、この辺りにたくさん宿屋があるって聞いたんだけどな」
あの後、俺は商人ギルドを出てすぐにある通りへとやって来ていた。
受付嬢のキリアさんが言うには、この辺りには商人たちが良く使う宿屋が軒を連ねているらしい。
確かによく見ると、大きな荷物を持った商人風の人たちがちらほらと歩いている姿が見られた。
「さて、どこかにいい宿はないかな?」
できれば、安くて綺麗な宿があればいいんだけど。
乏しい軍資金では高級な宿屋には泊まれないし、かと言っておんぼろな宿屋では十分に疲れを取ることはできなさそうだ。
「となると、あっちの方かな?」
通りを少し外れた場所にある、あまり人通りの多くない路地。
そこにあるいくつかの宿屋は、見た目だけなら俺の条件にぴったり当てはまる気がする。
後は、値段と空室の状況だけだ。
「どうか部屋が空いてますように……」
なんて神頼みをしながら、俺は手近な宿屋の扉をくぐった。
────
「……まさか、全滅してしまうなんて」
目をつけていた宿屋を全て回り終わって、俺はがっくりと肩を落としていた。
理由は簡単、俺は今日の宿を見つけることができなかったのだ。
一軒目は金額が折り合わず、二軒目と三軒目はすでに満室とのことだった。
そして四軒目で告げられたのは、俺の求める金額で泊まれる宿は今の時期どこも満室だという死の宣告だった。
「それじゃ結局、今日は野宿か……」
ノエラさんにあんなに忠告されていたのに、恐れていた事態に陥ってしまった。
しかしこうなってしまっては、俺に残された選択肢は二つだけ。
このままおとなしく野宿をするか、それともなけなしの軍資金で泊まれるぎりぎりの宿を探すかだ。
しばし悩んだ末、俺は前者を選んだ。
「よし、諦めて野宿できる場所を探そう。大通りじゃさすがに無理だろうけど、できるだけ安全な場所がいいな」
この街の治安がどうなのかは知らないけど、日本に比べれば絶対に危険だろう。
寝ている間に金を盗まれるなんて笑えないし、最悪の場合は襲われて殺されてしまうかもしれない。
意を決して一歩踏み出そうとした時、物陰から人影が飛び出してきた。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
俺の胸元にぶつかった少女は小さな悲鳴を上げると、そのまま地面に尻餅をついた。
「あぁ、ごめん! 怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です。こちらこそ、いきなり飛び出してごめんなさい!」
倒れた少女に手を差し出すと、俺の手を取って立ち上がった彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「本当にごめんね。俺も全然前を見てなかったから」
「いえいえ、こちらこそ。急いでいたんで、つい飛び出しちゃいました。……あぁっ!」
頭を掻きながらはにかんでいた少女は、次の瞬間なにかに気付いたように大きな声を上げた。
「ど、どうしよう……。これ、壊れちゃった……」
少女の視線の先にあるのは、地面に叩きつけれて折れ曲がってしまったひとつの包み。
慌ててそれを拾い上げた少女が包みを開くと、中から出てきたのは真ん中あたりで真っ二つに折れてしまった一本の杖だった。
「うわぁ、これはやばいね。ごめんね、俺のせいで」
「いえ、お兄さんのせいじゃないです。私の不注意が招いたことですから」
明らかに落ち込んでいる少女は、それでも一切俺を責めることはしない。
その態度にむしろ申し訳なく思っていると、不意に頭の中になにかイメージが沸き上がってきた。
もしかして、これって……。
「ねぇ、ちょっとその杖を貸してくれないかな?」
「え? でも……」
「悪いようにしないから。俺なら、これを何とかできるかも知れない」
「……分かり、ました」
俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべながらも、最終的に少女は俺に折れた杖を差し出した。
それを受け取ると、俺の頭の中に浮かんだイメージが確信へと変わる。
やっぱり、これなら大丈夫そうだ。
「
小さくそう呟くと、俺の手のひらから溢れた魔力が折れた杖の全体を一気に包み込んでいく。
「えっ? これって……」
その光景を眺めていた少女は、目を丸くしながら呆然としている。
そんな彼女の目の前で、魔力に包まれた杖はあっという間に折れる前の姿へと戻っていった。
「よし、これで元通りだ。はい、どうぞ」
綺麗になった杖を返すと、少女は呆然とした様子でそれを受け取った。
「ありがとうございます。……あの、今のって」
「修復魔法をかけただけだよ。初めてだったけど、上手くいって良かった」
もし失敗していたらどうやって弁償すればいいか分からないから、成功して本当に良かった。
そう考えると、いくら確信があったからってぶっつけ本番でやるのは良くないな。
そんなことをぼんやり考えていると、少女は驚きを含んだ声を上げながら俺に詰め寄ってくる。
「修復魔法って、とっても高度な魔法ですよね! もしかして、高名な修復師の方ですか?」
「修復師? えっと、たぶん違うと思うよ」
ていうか、修復師ってなんだ?
良く分からないまま答えると、少女はさらに驚いたように目を丸くする。
「修復師さんじゃないのに、こんなに完璧な修復魔法が使えるなんて……。これ、折れる前よりも品質が良くなってますよ」
「そうなの? まぁ、悪くなってないなら問題ないよね」
というか、頼むから問題ないって言ってくれ。
もしも問題があっても、俺にはどうすることもできないんだから。
「もちろん問題はないんですけど、でも……」
「でも?」
もしかして、やっぱり俺は余計なことをしてしまったのだろうか。
そんな心配をした俺だったが、しかし帰ってきた言葉は予想外のものだった。
「でも、直していただいたお礼を支払うことができなくて。あの、私どうしたら……」
「なんだ、そんなことか。お礼なんて良いよ。そもそも原因は、俺がぶつかっちゃったからだし」
しかも勝手に直しておいて謝礼を寄越せなんて、とんだ詐欺野郎だ。
「だから、気にしないで。それより、急いでたんじゃない?」
「あっ、そうでした! ……えっと、後でお礼がしたいのでここで待っていてもらえますか?」
「いや、本当にお礼なんて大丈夫だから」
「そうはいきません! それじゃ私の気が済みませんし」
強引にそう言った少女は、そのまま通りの方へと駆け出していく。
「絶対にそこで待っていてくださいね。すぐに戻ってきますから!」
大声で叫びながら通りの方へと消えていく少女を、俺は呆れながら見送る。
「なんだか、嵐みたいな子だったな」
しかし、これからどうしたものか。
待っていてくれと言われたけど、本当にここで待っていても良いんだろうか。
もしかしたら社交辞令で言っただけで、彼女だって本当にお礼する気などないのかもしれない。
だとしたら彼女はもうここには帰ってこないだろうし、そうなったらただの待ちぼうけだ。
「でも、もしも帰ってきた時に俺が居なかったら悲しむだろうなぁ……」
少女の悲しむ姿を想像すると、なんだか心が痛む。
「仕方ない。すぐに戻るって言ってたし、ちょっとだけ待ってみるか」
結局俺は、この場で彼女を待つことに決めた。
もしも彼女が帰ってきたら、どこか野宿できる場所でも教えてもらうことにしよう。
「それにしても、けっこう可愛い子だったなぁ……」
ぶつかった時に感じた柔らかい感触を思い出しながら、俺はぼんやりと空を眺めて時間を潰すのだった。
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