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「ルフェ、昨日のことで少し話しがしたい。ヘレン嬢との予定が終わったら、時間を貰えないか?」
ギルバートが青ざめるルフェルニアに、揶揄うような笑みを浮かべながら言うと、ヘレンが俊敏な動きで席を立った。
「大公殿下、私はこれで失礼いたします!」
「...!ヘレン!!」
ルフェルニアが呼び止めるよりも早くヘレンは席を立って出て行ってしまった。
何と薄情なことか。ルフェルニアもこのまま逃げてしまいたくなり、椅子から立とうとしたが、それを察したギルバートがフェルニアの肩に手を添える。
「おや、お相手はお帰りになってしまった。邪魔をしてしまったようで申し訳ない。
部屋にコース料理と、1つデザートを運んでくれ。」
ギルバートは給仕に声をかけるとルフェルニアを立ち上がらせ、慣れたようにVIPルームへとエスコートした。
(とんでもないことをやらかしてしまったわ…。公国の指示で動いていることを「中らずと雖も遠からず」と仰っていたけれど、全然見当違いだったわ!)
ルフェルニアはギルバートにエスコートされてついた席で縮こまっていた。
ノア公国といえば、御者も言っていたとおり、テーセウス王国で一番大きい公国で、テーセウス王国の政にも大きな影響力があると聞いている。
そんな公国の大公に対してあの態度は大変不敬だった。
「昨日の勢いはどうしたんだ、ルフェ?」
ギルバートはルフェルニアの心の内を知ってか、なおも揶揄うように声をかけてきた。
ルフェルニアは席を立ち、できるだけ深くカーテシーをした。
「大公殿下とは知らずに、大変失礼をいたしました。
このことはわたくしの未熟さが招いたこと。どうかガイア王国の心象を悪くされませんよう、心よりお願い申し上げます。」
ルフェルニアが固くなりながらそう言うと、ギルバートは心底つまらなそうにため息をついた。
「なんだ、つまらないな。別に態度のことは気にしていない。
むしろ、面白いやつに出会えたと思っていたのに。」
「ええ、ギルバート様は昨日、お帰りになった後、大層ご機嫌がよかったですからね!
申し遅れました、私はギルバート様の補佐官をしております、ヘンリー・ダストンです。」
ギルバートと一緒にレストランに入ってきた男性が「しかもギルバート様の甘党を1回で見破るなんて!」と大きな声で笑いながら自己紹介をすると、ギルバートがギロリとヘンリーを睨みつける。
「初めまして、ルフェルニア・シラーと申します。」
ルフェルニアがなおも礼をとったまま挨拶をすると、ギルバートは再度ため息をついた。
「今さら堅苦しいのは止めろ。昨日の態度を問題にしようなんてちっとも考えちゃいないさ。むしろ、昨日のことを咎めないでほしいなら、昨日と同じように接するんだな。」
ルフェルニアは漸く姿勢を戻すと、ギルバートを困惑した表情で見つめた。
「さすがに、ノア公国の大公様にそのようなことは…。」
「じゃあ、昨日のことを不敬としてガイア王国に言った方が良いというのか?」
「…それは横暴です。」
「ルフェルニア嬢、こうなったらギルバート様は嫌でも曲げない頑固者だから、気にせずに態度を崩せばよいと思いますよ。」
「お前は補佐官として、もっと俺に敬意を払え。」
ヘンリーは補佐官にしては砕けた態度をとっている。ギルバートは窘めているが、口調からすると冗談のようだ。
ルフェルニアから見ても、すぐに2人が信頼しあっていることが伺えた。それに、あまり礼儀を重んじるタイプでもないのだろう。
「わかりました、それでは昨日のとおりに。…でも、後から『やっぱりダメだ』はなしですよ?」
「ああ、もちろんだとも。」
「ギルバート様、本日の昼食はルフェルニア嬢と御一緒されるようですので、私は一旦失礼いたします。近くにはいるので、お帰りの際は、ここのスタッフに伝言を頼んでください。」
ヘンリーはギルバートにそう声をかけると退室した。恐らく今日はギルバートとヘンリーの2人で食事をとる予定だったのだろう。
ルフェルニアが他国の貴族だから、同席を辞したのかもしれない、とルフェルニアは申し訳なく思ったが、ギルバートはルフェルニアの心を見透かしたように「あいつは俺と食べるより、一人で食べる方が気楽だろ」と気にしていない様子を見せた。
給仕がギルバートの前に食事を、ルフェルニアの前に美しく盛り付けられたデザートプレートを配膳する。
「先ほど、デザートまでは楽しめなかったようだからな。」
ギルバートはそう言って自分の食事に手を付ける。
「ありがとうございます!ここのデザートも気になっていたの。」
ルフェルニアはギルバートの気遣いに頬を緩めた。
「君は甘いものが好きなんだな。」
「ええ、私は甘いものと可愛いものが大好きなの。デビュタントの日に王宮のスイーツをおなかいっぱいに食べたのは、良い思い出だわ。」
ルフェルニアが自身の過去を笑い話にすると、ギルバートも「君は何をしに行ったんだ」と笑ってくれる。
「可愛いもの、といえば、甘いものが好きなのを必死に隠す男性も可愛いと思うわ。」
ギルバートが機嫌よく話しを聞いてくれるので、ルフェルニアはつい昨日のギルバートの様子を思い出して口にしてしまった。
ルフェルニアは「しまった」と思ったが、ギルバートは怒ることはせず少し顔を赤らめながら居心地が悪そうに視線を彷徨わせた。
「…こんな大男が甘いもの好きなんて、おかしいだろう?ちゃんと隠せていると思ったのに。このことは幼馴染でもあるヘンリーしか知らなかったんだ。」
「好きな食べ物に、人柄は関係ないと思うけれど…。でも、私の弟も『男なのに』と気にしているわ。」
「君の弟は、確かアルウィンだったか。そんなに俺に似ているのか?」
ギルバートは昨日のルフェルニアの様子を思い出して問いかけた。
「ええ、アルウィンは新緑のような瞳で、少し小柄で繊細な雰囲気があるのだけれど、それ以外は兄弟かと思うくらいとっても良く似ているわ。甘いものを食べたときの反応が可愛いのもとってもそっくりだったもの。」
「…俺は君より年上だと思うんだが。」
「可愛いと思うのに、年齢は関係ないわ。」
「…昨日の調子が戻ってきたみたいだな。」
ギルバートは諦めたようにため息をつくと、食事を再開する。
まだ少し顔が赤いが、どうやら照れているだけのようだ。
(照れているところも、アルとそっくりでとっても可愛いのよね。)
ルフェルニアはそう思いながら、デザートプレートに手を付ける。
シフォンケーキとバニラアイス、色とりどりのフルーツが乗っている。
まずはバニラアイスを口に入れると、ミルクの濃厚な味が舌の上で溶ける。
(んん~~!美味しい~~!)
ルフェルニアは夢中になってデザートを食べていると、前から視線を感じた。
「ルフェは本当においしそうに食べるな。」
「…美味しいですから。」
「そうか。普通の女性は食の細い人が多いから見ていて気分が良い。」
確かに、ガイア王国もテーセウス王国も、貴族女性は食の細い女性が多い。
皆、ドレスを着るために頑張っているのだ。
対してルフェルニアは甘いものが好物なので、言わずもがな中肉中背といったところだ。
「良いんです、私、あまり社交には出ませんし!」
「なんで褒めたのに怒るんだ…。」
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