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「その…ギルバート様の仰っている土地のことについて、もう少し聞かせてもらえますでしょうか?」


ルフェルニアが座り直して、話しを無理やり元に戻そうとすると、ギルバートは大きなため息をついた後、雑にソファに座った。ゆったりと脚を組み、片方の腕はソファの背もたれに放り出している。


「…ギルで良い。話し方も先ほどみたいに気楽にしてくれ。」


粗野な様子で話し出すギルバートにルフェルニアは目を瞬いた。

これがギルバートの本来の姿なのかもしれない。

ギルバートは、ルフェルニアを他の女性と同じように警戒するのは馬鹿馬鹿しいと思い始めていた。


「…ありがとう、それじゃあ、ギルって呼ぶわ。」


ルフェルニアはそう返すと、話しの続きを促した。


「ガイア王国との国境近く、降雨はあるのに植物が何も育たない土地がある。

降雨は夏に多いが通年で降る。冬の寒い日、年に1・2回は雪が降るが、特に植物が育たないほど寒かったり暑かったりするわけではない。

その台地は海から続いているせいか、風が強い日もあるが、別にこれも植物に影響を与えるほどじゃないと考えている。」


ルフェルニアはすぐに、往路で通り過ぎてきただだっ広い大地を思い出した。


「ガイア王国の王都とテーセウス王国の王都を結ぶ道中にある土地ですか?」

「ああ、そうだ。」


(やっぱり!あの土地の話だったんだわ。あそこで植物が育たない理由を気にしているテーセウス王国の方に出会えるなんて、幸運だわ!)


ルフェルニアはあの土地を通るときに思い浮かべていたことを思い返し、自分の運の良さを喜んだ。


「あの土地のことは、私も通りかかったときに気になっていたの。御者の方曰く、ノア公国は他にも土地がたくさんあるから、あそこが使えなくても気にしないと聞いたわ。」


「最近、公国の北側で魔獣の発生が増えていて、防衛線を維持するためにも回復薬の材料となる薬草が国内でも多く生産ができないか、考えているが…、あそこは何を試しても芽吹かない。

別の場所で栽培してもいいが、ほかの場所は動物の住処になっているから、下手に場所を奪えば、魔物の発生にもつながる。それに比べて、あそこは餌になる植物がないから、動物だって寄り付かない。」


「どうしてあそこには人も住んでいないの?」


「あそこは”呪いの地(アナテマ)”と言われている。昔、家を亡くした者が住み着いたことがあったそうだが、

あっという間に命を落としたらしい。国内では子供が悪さをすると『悪い子はアナテマに連れていかれる』と言い聞かせるほどだ。」


「そうなのね。となると、栽培する人はどこか別の場所から通わなければならないのね…。ギル、貴方ってノア公国の政務にかかわりがあるのかしら?」


そうルフェルニアが言うと、ギルバートはなぜか驚いた表情をした。


「あるといえばあるけど、なぜだ?」


「公国の事情に詳しいみたいだし、今回も公国の指示でいらっしゃったのかと。

私は土地の”土”に理由があると思っているの。だから採取して持って帰りたいのだけれど、勝手に持って帰るわけにはいかないでしょう?もし政務にかかわりがあるなら、どなたに許可を得れば良いのか教えてほしいわ。」


「まぁ、中らずと雖も遠からず、かな。それはテーセウス王国内で調査できないのか?」

「土壌の解析についてはガイア王国の方が装置が揃っているし、知見のあるかたが多いから、いろいろと意見を聴いて対策も考えられると思うわ。」


ギルバートは少し考えるそぶりを見せてから、答えた。


「わかった、そうできるようにこちらで考えてみる。結果は後日、また来て知らせるよ。」

「ありがとう!でも、私は来週の半ばまでしかいないからね。それ以降は手紙で連絡をくださいな。」


「そう時間はかからないから大丈夫だ。

ルフェに話しができて良かったよ。君がガイア王国で名誉賞を受賞したことは、こちらの国でも知られている。まだ女性の社会進出も少ないころだったからなおさらね。」


ギルバートはそういうと、残っていたお茶を飲み切って、席を立った。

ルフェルニアも見送ろうと席を立つ。


「そんな、買いかぶりすぎよ。私はただ、ラッキーでこの場所にいるだけ。

研究については小さい頃のアイディアの1回きり。研究者にはなれなかったわ。」


ルフェルニアは苦笑いを浮かべながら言った。ルフェルニアは受賞の話しを出されると、いつも肩身が狭くなる思いがする。


「そんなことはない。今だって君は状況を鑑みて提案をしてくれたじゃないか。

研究者と文官には異なる役割がある。君には文官が向いていたということだ。

まぁ、君は俺の想像よりもずっと変わったヤツだったけどな。」


ルフェルニアは目を丸くすると、思わず噴き出した。


「…おかしなことを言ったか?」


「いいえ、ありがとう、とても元気が出たわ。

昔、同じようなことを、言ってくれた方が居て。

ちょっと授業がうまくいかなくて卑屈になっていたけど、頑張るわ。」


ルフェルニアの様子を見て、ギルバードはここに来て初めて笑みを浮かべた。


「そうか、その人も植物に詳しいのか?」

「ええ、とっても植物に詳しいうえに魔法も強くて、剣も強いのよ。神様は二物も三物も与えるんだから。今は私の上司だから、もしギルがガイア王国に来ることがあったら、紹介するわ。」


「ありがとう。それじゃあ、また今度。」


ルフェルニアはギルバートが見えなくなるまで見送ろうと去っていく背を見つめていると、廊下の角を曲がるとき、ギルバートはこちらを振り返って手を振ってくれた。

アルウィンも、ルフェルニアとの別れの際はいつも一度振り返ってくれる。


ルフェルニアは嬉しくなって、笑顔で大きく手を振った。


「よし!頑張らなくちゃ!」


元気を取り戻したルフェルニアは、早速部屋にある書物に手をかけた。

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