第2章 過去のふたり

ユリウスは子供のころ、当時は不治の病だったヴィアサル病に侵されていた。ユリウスの祖父も患っていた病気で、祖父はユリウスの父であるサイラスの誕生を見届けた後、しばらくして亡くなった。


魔法は体内で発生させた魔力を体外に放出することで生じる現象の総称だ。ヴァイサル病は体内で発生した魔力を体外に放出できず、自身の魔力で体内の組織を傷つけてしまう病気である。魔法を使おうと思わなくても、人の体内では常に微量の魔力が発生しており、特に感情の揺れと魔力の発生量には相関関係にあることが今までの研究で分かっていた。

組織の損傷に、回復が間に合わなくなると徐々に体が蝕まれ衰弱していく病気で、体の損傷を抑える薬と魔力の放出を促す薬で進行を遅らせることはできるが、完治はしないことで知られていた。


特にユリウスは魔力を発生させる能力が高すぎたために、病気の進行が早く、幼少期から感情のコントロールの指導を受けていた。それでも病の進行を止められず、ユリウスが学園の中等部に上がる12歳のタイミングで、サイラスは学生時代の友人、シラー子爵のオットマーを頼り、公爵領からも比較的距離が近い、自然豊かなシラー子爵領でユリウスを療養させることにした。


そこでルフェルニアの登場である。


ルフェルニアは田舎で、良く言えばのびのびと、悪く言えば奔放に育ってきた。

父は領地の仕事、母は邸内の管理と幼い弟の世話、執事と侍女は人数が少なく屋敷の仕事で手一杯。皆がルフェルニアに優しかったが、時間をかけてルフェルニアに構うことができる人はいなかった。


ルフェルニアは当時9歳。「フジノヤマイ」も「リョウヨウ」も理解できなかったルフェルニアは、ただ、美しくて可愛らしい”女の子”が遊びに来たと思って、それはもうはしゃいだ。


ルフェルニアは子供のころから可愛いものが大好きだった。


「ユーリア、私のことはルフェって呼んでね!」

「ユーリア!あなたほど可愛くって美しい人はみたことがないわ!私、可愛いものが大好きなの!」

「ユーリア!今はバラの花がきれいな時期なのよ!」

「ユーリア!今日は屋敷の近くの湖までピクニックに行きましょう!」

「ユーリア!…あら?今日は体調が悪いのね、私が看病してあげる!」

「ユーリア!私は植物を育てるのが好きなの、今度私のグリーンハウスに招待するわ!」


ルフェルニアにとって、年の近い来客は初めてだったので、毎日おはようからおやすみまで延々とユリウスに付きまとった。女の子だと思っていたので、それはもうベタベタした。


ユリウスが小等部に通っていたころ、病気の話しが噂され、周りが腫物を扱うような態度だったことに加え、感情のコントロールのため反応に乏しいユリウスを、同年代の子供たちは仲間に入れず、遠巻きに見ていた。


ユリウスはとても賢かったので、自分の病気のことをちゃんと理解していたし、周りの態度も仕方ないものだと、小さいながらに達観した思いでいた。療養先で、あとは体が衰弱していくのをただ植物のように呼吸をして待つのだ…と思っていたところ、自分の世界の中に突如ルフェルニアという嵐がやってきたのだ。


ユリウスは、シラー子爵家に来た当初、ルフェルニアのことをとても煩わしく思っていた。

だから、ルフェルニアがユリウスを女の子に間違えて、名前を誤って呼んでも、訂正すらしなかった。


だが、ユリウスはずっと笑顔で話しかけてくれるルフェルニアが、ユリウスを”可哀そうな子”や”公爵家の子”ではなく”初めてできたお友達”として接してくれているとわかると、毒気が抜かれたような気持ちになった。

ユリウスは大した返事をしなかったが、ルフェルニアはお構いなしに、ユリウスの一挙手一投足に「可愛い!」と大騒ぎをした。

そんな変な女の子・ルフェルニアにユリウスは次第に絆されて、毎日が少しずつ楽しくなった。


「ユーリアは細くって、白くって、お人形さんみたいにとっても可愛い!私、年の近い女の子のお友達が欲しかったの。ユーリアは私の初めてのお友達よ!」


ユリウスが、そろそろどこかで性別と名前について訂正をしないと、と思っていた矢先に、ルフェルニアは何の気なしにユリウスにそう告げた。


(ルフェは女の子の友達が欲しかったんだ…、僕が男だって知ったら、嫌いになっちゃうかな…。)


そうしてユリウスは名前も性別も告げられなくなった。

ユリウスは途端、嘘を隠しているような悲しい気持ちになった。

ルフェルニアはいつもと変わらず無表情で反応の少ないユリウスに抱き着いて満面の笑みで言葉を続ける。


「だから、ずっと一緒にいましょうね!」


ユリウスは”ずっと”を約束できない。それでもルフェルニアの言葉がとっても嬉しかった。


無表情で取り繕うとするが、心までは取り繕えない。ルフェルニアと居ると、すぐに嬉しくなったり、悲しくなったり。ユリウスは以前より自分の感情の制御ができていないことに気づいていた。体調は思わしくないが、以前よりもずっと心が満ち足りていた。

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