011 悪の公爵家

「元聖女だからって、今じゃただの一般人でしょ!」


「だが俺の恋人さ――だよな! マリア!」


 ライデンは目配せで話を合わせるよう訴える。

 マリアも意図を理解していた。


「え、ええ、そうよ! 私は彼の恋人!」


「ありえない!」


 キャサリンは首筋を赤くして怒り、マリアを睨んだ。


「あなた、ダンスは?」


「へ?」


「ダンスよ! あなたのこと、舞踏会で見たことないわ。ダンスはできないんじゃないの?」


「うん、できないよ」


「こんな女の何がいいのよ! ダンスもできないだなんてみっともない!」


「舞踏会で華麗に舞うだけが女の全てじゃないのさ」


「地位も名誉も家柄も資金力も容姿も何もかも私が上でしょ!」


「ちょっと待て、容姿は違う」


 ライデンの発言は余計だった。


「なんですってぇ!」


 いよいよ怒りが極限に達したキャサリンは、突如、マリアに平手打ちを食らわした。


「ええええ……」


 いきなり頬をぶたれたマリアは、怒るより先に驚いて固まる。


「これで私のほうが美しくなったわ! はい、容姿も私が上!」


「おい、何してんだお前! マリアに謝れ!」


「なら私とよりを戻しなさい!」


 もはや会話が成立しておらず、収拾も付かない状態だった。


「どうしたんじゃ騒がしい――って、キャシーじゃないか!」


 久しぶりに登場したロンも、キャサリンを見てライデンたちと同じ反応をする。


「ロン! 早く奴を眠らせろ!」


「承知!」


 ロンは躊躇なく魔法を発動し、キャサリンを眠らせた。


「僕は馬車を手配してくるよ。キャシーが寝ている間に王国へ送り返しておく」


「頼んだテオ」


 テオが役場を出て行く。


「ようやく騒ぎが落ち着いたわね……」


「何が何やら分からなかっただろう? それに俺のせいで大事な顔を……本当にすまない」


「それはいいけど、平手打ちされたからには他人事じゃないよ! 事情を教えてもらうからね!」


「分かった。場所を変えよう。ロンの魔法だからありえないと思うが、キャシーが急に起きるかもしれない。そうなったら面倒だ」


「分かった!」


 ライデンとマリアも役場を後にする。


「おいおい、数日ぶりの再会というのにもうお別れかいな」


 役場にはロンと寝落ちしたキャサリンだけが残されていた。


 ◇


 マリアとライデンは酒場にやってきた。

 閑散としていて客は殆どいない。暇を持て余した飲んだくれで溢れていたのは過去の話となっていた。


「それでは聞かせてもらいましょうか! あのとんでもない女のことを!」


 マリアはコップの持ち手を掴んだ。樽をもした大きめの木製コップで、中には彼女の大好きな牛乳がたっぷり入っている。


「長くなるが、順を追って話していくとしよう」


 向かいに座るライデンは、ハチミツ酒を片手に語り始めた。


「キャサリンとは冒険者だった頃に出会ったんだ。きっかけなどは端折るとして、俺は彼女に惚れられてしまった」


「理由は? 一目惚れ?」


「そうだな。一言二言話した次の瞬間には衆人環視の中でプロポーズをされていた」


「ひえー、顔がいい男は大変だねぇ」


 ライデンは「ふっ」と笑った。否定しても嫌味や謙遜にしかならない容姿だと自覚しているため、肯定・否定のどちらでもない反応に留める。


「もちろん俺は断ったわけだが、それがかえってキャシーを燃え上がらせたわけだ。なんたって公爵令嬢だからな。欲しい物は全て手に入れてきた。それに皆の前で断られたとなれば公爵家のメンツにも影響するわけだ」


「なるほど。それで、相手が元恋人だと誤解している件は?」


「ちょうど今から話そうと思っていた」


 そう言うと、ライデンはハチミツ酒を一気に飲み干した。直ちにおかわりを要求した後、改めて話し始めた。


「キャサリンのプロポーズを断って以降、彼女のストーキングが始まったんだ。それも並のストーカーと違って、ダンジョンの最奥部まで追いかけてくるんだぜ」


「すごっ! よく無事でいられたわね、キャサリン」


「無事なもんか。アイツは俺をストーキングするたびに何人もの兵士を犠牲にしたんだ」


「えええええ」


「俺たちは魔王を討伐しようとしていたからな。挑むダンジョンは地獄のような場所ばかりだ。兵士は強いが、とはいえ、彼らは人間相手の戦闘術しか心得ていない。魔物との戦いでは勝手が違うわけで、ましてや好き勝手に動くキャシーを護衛した状態じゃ満足に戦えない」


「たしかに……」


「それである日、俺はキャシーに言ったんだ。『交際を前向きに検討するから街で大人しくしていろ』と。本当はそのあとで『検討した結果、やっぱり付き合えない』と言う予定だったのだが、キャシーは俺のセリフを承諾と受け止めてしまってな」


「なんと!」


 ここでマスターが追加のハチミツ酒をテーブルに置いた。


「ま、キャサリンの話はこんな感じだ。役場では色々と迷惑を掛けて本当にすまなかった」


「気にしなくていいよ! キャサリンにはいつか機会があったら平手打ちを返すから!」


 ライデンは「ははは」と笑い、ハチミツ酒を豪快に飲む。


「折角の機会だし、何かあれば質問してくれ。思えば君にこうして自分のことを話すのは初めてだ。キャサリン以外にも、色々と訊きたいことがあるんじゃないか」


「まぁねー」


 マリアは牛乳を飲み、ぷはぁ、と息を吐いた。


「じゃあ公爵について教えて!」


「公爵? あの畜生ジョナサンのことか?」


「そうそう! ライデンたちってジョナサンのことすごく憎んでいるよね。キャサリンに対する感情は好き・嫌いより迷惑・困惑って感じだけど、ジョナサンのことは明確に嫌っている感じがする」


「その通りだ。アイツはクソ野郎だからな」


「そんなに酷いの? たしかに私も嫌いだけど」


「むしろ何でマリアはジョナサンが嫌いなんだ?」


「だってあの人と話す時の国王陛下、いつも辛そうな顔をしていたもの! 私は国王陛下が好きだから、陛下に辛そうな顔をさせるジョナサンは大嫌い! それに話し方もなんだか偉そうだったし!」


 ライデンは「ぷっ」と吹き出した。


「俺たちがジョナサンを嫌う理由も似たようなものさ。ジョナサンは公爵だが、現在、アルバニア王国で最も権力を持っている。国王が黒と言っても、ジョナサンが白と言えばそれは白になる」


「そうなんだ」


「で、そのジョナサンが俺たち冒険者や鍛冶屋、聖女といった、魔物関連の職に就いていた者を迫害したんだ」


「そうなの!?」


「奴が魔物関連の人間を迫害した理由は色々あるが、決定打になったのは俺がキャシーを振ったことだ」


「皆の前でプロポーズされて断った件ね」


「いや、違う。その後だ。魔王の討伐後、俺はキャシーに『検討した結果、今回は縁が無かったということで』と言おうとした。だが、俺と交際関係にあると思い込んでいたキャシーは、どういうわけか挙式の準備まで始めていたんだ」


「なんだってぇ!?」


「キャシーはああいう性格だから相当揉めたが、どうにか彼女にも交際関係にはないと理解してもらえたんだ。それで話が終わったと思いきや、彼女を溺愛するジョナサンは激怒しちゃってな」


「じゃあ娘が振られた腹いせに私は王宮を追い出されたの!?」


「そういうことになる」


「キャサリンもジョナサンも異常だぁ」


「極めた権力者の成れの果てだな。だが、それも過去の話。ホライズン公国に身を寄せ、エルディの町長になったことで今は関係ない――はずだったんだがなぁ」


「今後はキャサリンやジョナサンがこの町になにか仕掛けてくるのかな?」


「ありえるな。アルバニア王国からすりゃホライズン公国なんて話にならない小国だし、国と国の関係がこじれようが気にしないだろう。そんなわけで、今後は色々と迷惑をかけることになりそうだ! ま、頑張って乗り切ろう!」


 話を終えた二人は、美味しい料理に舌鼓を打つのだった。

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