004 ヨーグルト

「これがエルディの町役場だ!」


「看板には『お食事処』って書いているけど……」


「今は大衆食堂として経営中! 町の財政と俺たちの胃袋を担う大事な施設さ!」


 ライデンの案内によって、マリアは町役場にやってきた。一般的な役場と違って偉そうな役人は存在しておらず、「俺たちの血税でメシを食ってるくせに」とゴネる者もいない、和気藹々とした場所だ。


 面積の広い二階建ての施設で、一階を大衆食堂として開放している。フロアの至る所に職人の丁寧な仕事ぶりが窺える木の机が設置されており、それを元冒険者や元鍛冶屋といった連中が囲っていた。


「おー、クソタレライデンじゃねぇか!」


「ちゃんと働けよライデン!」


 町を歩いている時と同様、ここでもライデンは皆の人気者だ。愛情たっぷりの言葉を浴びせられる彼や仲間たちを見て、マリアは密かに思っていた。


(ライデンたちが魔王を倒したことで職を失ったのに、皆さん恨んでいないんだ)


 エルディの町民に限って言えば正しい感想だ。もっと範囲を拡大して世界全土で考えると、どうしても「お前らが魔王を倒したせいで」と、ライデンたちを恨んでいる者は多い。


「さてヨーグルトの時間だ!」


 ライデンたちとともに、マリアは二階にやってきた。大半が食材の保管用に使われており、残っているスペースに調理場がある。


「ヨーグルトの作り方は簡単だよ!」


 マリアは人差し指を立てて解説する。


「豆乳に乳酸菌を足して寝かせると完成! 食べる時はハチミツなどを掛けるといいでしょう、だって!」


「聞く限り簡単そうだな!」


 ロンとテオが頷く。

 それから、三人はマリアに尋ねた。


「「「で、乳酸菌って?」」」


「私にも分からない!」


 ヨーグルトの要になる乳酸菌だが、この世界では知られていなかった。

 だが問題ない。


「乳酸菌の作り方も載っているから大丈夫!」


 マリアは賢者の書をめくり、乳酸菌の製法に関するページを開いた。


「乳酸菌はお米のとぎ汁で作れるらしい!」


「マジかよ!?」


「僕なんだかヨーグルトって食べ物が危ないものに感じてきたよ!」


「ワシもじゃ……」


「実は私もちょっと不安かも……!」


 動揺しつつ、四人は乳酸菌の製造を始めた。

 作り方は簡単だ。密閉できる容器に米のとぎ汁に粗塩と黒糖を入れて寝かせるだけでいい。


「これで完成か?」


 全ての作業が終わるとライデンが尋ねた。


「そうだけど、一週間くらい寝かせる必要があるよ!」


「そんなに待てねぇよぉ! 爺さん、魔法でちゃちゃっと解決してくれ!」


「はいよ!」


 ロンは容器に時間魔法〈アクセラレーション〉を発動した。


「これは時間を加速させる魔法でな、ワシほどの使い手になれば約30秒で1日に相当する時間を経過させられる!」


「すごい! 私も使いたいので教えてほしい!」


「かまわんぞ。魔法術式は〈グロウ・アップ〉と似ている。そこまで難度の高い魔法ではないから1日で身につくだろう」


「おー!」


 話している間に3分が経過。ロンは〈アクセラレーション〉を解除した。


「これでこの容器は1週間近く放置された状態になったわけじゃが……」


「見た目は大して変わってなくねぇか?」とライデン。


「開けた時にプシュッって音がしたら成功らしいよ!」


「オーケー、ならさっそく開けてみようぜ!」


 ライデンは容器を手に取り、躊躇せずに開けた。


 プシュー。


 マリアが言った通りの音が鳴り、四人の顔に笑みが浮かぶ。


「すげー、マジで音が鳴ったぞ!」


「炭酸みたい」とテオ。


「見た目は変化ないが、このとぎ汁が乳酸菌というわけじゃな?」


 ロンが確認すると、マリアは「うーん」と渋い反応。


「とぎ汁の中に乳酸菌がたくさん含まれているって認識が正しいと思う!」


 この世界の人間にとって、そもそも〈菌〉の概念が不明瞭だった。


「なるほど、乳酸菌という成分が含まれているわけか」


「そうだと思う!」


 いよいよヨーグルトの作る時だ。

 適当な容器を用意し、そこに豆乳と先ほどのとぎ汁を混ぜる。


「あとは一日放置したら完成!」


「また放置かよー。ロン!」


「おう!」


 ロンが〈アクセラレーション〉を使用し、約30秒で放置が終了した。


「これで完成! ……のはず!」


「ではさっそく味見だ! この世界で初めて作られたヨーグルトのな!」


 ライデンが容器の蓋を開け、ヨーグルトが姿を現した。


「おい、なんか固まってプルンプルンしてるぞ!」


「乳酸菌すげー!」


 声を弾ませるテオ。


「味の想像が全くつかぬ……!」


「本当に食べられるのかな?」


 マリアは不安になっていた。


「いざとなったら薬草を食えばいいさ!」


 ライデンはヨーグルトにハチミツを掛けまくると、皆にスプーンを渡した。


「「「「いただきます!」」」


 いよいよ試食の時。

 四人は緊張の面持ちでヨーグルトをすくい、恐る恐ると口に運んだ。

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