聖女マリアの異世界レシピ ~お役御免の聖女、英雄たちと楽しく町おこし~
絢乃
001 ライデンの勧誘
「マリア、今この時をもって、汝に与えられた聖女の任を解く。今まで王国の平和維持に尽力してくれて感謝する」
アルバニア王国の王城・謁見の間にて、国王がマリアの聖女解任を宣言した。
「陛下、今までありがとうございました!」
マリアは笑顔で答えた。国王に向かって跪き、絹糸のような美しい赤髪を垂らしながら。幾ばくかの寂しさもあるが、無事に任務を全うできたことの喜びが大きかった。
冒険者ライデンの率いるPTが魔王を討伐し、この世界から魔物が消滅して二年――。
この二年間で、世界は大きく変わった。
都市間を安全に往来できるようになったことで経済が活性化し、文明が急速に発展しつつある。
一方、冒険者や鍛冶屋といった魔物関連の職が廃業に追い込まれていた。その中には、聖女――尋常ならざる魔力によって、魔物から都市を守る者――も含まれていた。
「それでは今日中に荷物をまとめて王宮を発つがいい。今後は自分の人生を自由に謳歌しなさい」
「はい! あ、陛下、賢者の書をお借りしてもよろしいでしょうか? いつも読んでいたので、あの本がないと安眠できないかなぁ……なんて」
やつれた顔の国王は、少し悩んでから答えた。
「賢者の書は
「本当ですか!? 異世界の賢者様が記したという大事な書物なのでは……?」
「そう言われているが、どうせ誰も読めん。あんな物に興味を示すのはお主くらいじゃ。それに、大した額の功労金を支払ってやれぬからな」
国王は「このくらい問題なかろう?」と、マリアの周囲にいる貴族たちへ尋ねた。魔物の消滅以降、権力争いに必死で国のことなど考えぬ者たちだ。嘆かわしいことに、彼らがこの国の政治を担っていた。
貴族たちは何も言わずに頷く。
「話は以上だ。マリア、改めてご苦労じゃった」
「いえいえ! 孤児だった私を聖女に抜擢してくださりありがとうございました! この10年間、退屈で死にたくなることもたくさんありましたが、それ以上に陛下や王家の方々と過ごすことできて幸せでした!」
マリアは立ち上がって一礼し、その場を後にする。かつて国王より賜った煌びやかなドレスが、彼女の後ろ姿を上品に演出していた。
◇
国王は「荷物をまとめて」などと言っていたが、マリアにまとめる物などない。彼女は王宮の自室に戻ると、賢者の書――そこらの辞書よりも分厚い古びた書物――を持ち、そそくさと王宮を発った。
しかし、王宮の外――石畳の一般路に出たところで動けなくなった。
「あわわわ! どうしよ……!」
マリアには一般社会で生きていく方法が分からなかった。無理のないことだ。10歳の頃より聖女に抜擢された彼女は、今日に至るまでのほぼ全てを王宮内で過ごしてきた。
「お、いたいた! 聖女様!」
そんなマリアのもとに、三人組の男が現れた。
声を掛けてきたのは金髪の男。歳は25歳で、整った顔立ちと逞しい体つきをしている。
「あなた方は……?」
「え、知らない!? この俺を知らない!?」
金髪の男は大袈裟に驚いてみせた。
「そういうライデンだって聖女様の顔を知らなかっただろ」
青髪の男が言う。見た目は少年だが、歳はマリアの一つ上の21歳。
「ライデン……聞き覚えが……」
「魔王を討伐して仕事を失った男といえば……そう、この俺! ライデン!」
金髪の男・ライデンが「よろしくぅ!」と笑顔で言った。
「ちなみにこのガキっぽい奴がテオで、こっちの爺さんがロンだ」
「よろしくのぉ!」
ロンはアルコール臭い息を吐きながら頭をペコリ。後ろで束ねられた黒髪がとてもオイリーで、マリアは何のヘアオイルを使っているのか気になった。
「あのライデン様ですか! 自らの失業をものともせず魔王を倒すなんて素晴らしいと思います! おかげでこの国、いえ、世界全体が平和になりましたよね!」
「ふっふっふ。世界平和のためならこのライデン、我が身など惜しくないもの」
「聖女様、信じちゃダメだよ。この人、魔王を倒したら皆に崇められて伝説になると思っていたんだ。魔物がいなくなったら用済みになって当然なのにさ、そんなことも分からなかった間抜けなんだよ」
「うるせーテオ、お前だってお役御免になるまでこんな展開は予期していなかったろ!」
「ぐっ……。と、当時の僕は19、まだ未成年だったんだから仕方ないだろ!」
言い合う二人をよそに、ロンが話を進めた。
「ワシらは聖女様がお役御免になるとの情報を入手して会いに来たのじゃ」
「私にですか」
驚くマリア。自分に用のある者がいるなど思いもしなかった。
「そうじゃ。ほれ、リーダー、用件を話さんかい」
ロンに小突かれたライデンは、「分かってらぁ」と話し始めた。
「聖女様、いや、元聖女様になるのか。とにかく行く当てはあるのかい?」
「いえ、特には……」
「だったら話が早い! 俺たちと隣国のホライズン公国で町おこしをしないか?」
「町おこし……?」
「そうそう! 俺は辺境にある小さな町の長に任命されてな、その町を発展させようとしているんだ。で、ホライズン公国はこの国と違って魔法の規制が緩いから、魔法でドカッと急拡大させたいわけだ」
「聖女様がご存じないかもしれないので補足しておくと、魔物の消滅以降、アルバニア王国では武器の所持や魔法の使用が厳しく制限されているよ。この国を牛耳っている貴族たちが円滑に悪政を敷くためにね」
ライデンの後ろからテオが言った。
「そんなわけでだ! この国じゃ聖女様の魔力が全く活かせやしない! だから俺たちと一緒に町おこしをしようぜ……というお誘いだ!」
あまりにも性急すぎる勧誘に、ロンは呆れてため息をついた。
「ま、急に言われても困るだろうし、ワシらのことも信用できぬだろう。だからまずはワシらが本当に魔王を討伐したか――」
「分かりました! 町おこしに協力します!」
マリアはロンの言葉を遮り承諾した。
「え、マジで!? いいの!?」
これには彼女を誘ったライデン自身も驚く。
「はい! 町おこしってなんだか楽しそうだし! それに私の力がお役に立てるなら喜んでご協力いたします!」
ニコッと微笑むマリア。
そんな彼女を見て、三人は「聖女だー!」と歓喜する。
(本当はこのままじゃ野垂れ死にそうというのが一番の理由なんだけど、そのことは内緒にしておこう!)
こうして、マリアはライデンの町おこしに加わることとなった。
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