ケモミミ少女・2 ユーシェ
「彼女は、人と魔物の間に生まれた子供なのよ……」
金と赤のオッドアイがぱちくりと瞬きを繰り返す。私の言葉を聞いた瞬間のユーシェと
ユーシェは理解が及んでいないようで、キュウキに腕をなめられてくすぐったそうにしている。明はといえば、全身の血を抜かれたのかというくらい顔面蒼白だった。
「それじゃあ、俺たちはどうする?」
明の問いに言葉が詰まる。端的に言えば彼女の処遇だ。この世界の常識に照らせば、魔物は敵だ。そして、彼女が今まで身を置いていたであろう組織『黒陽の理想郷』も。
ぐうう……。
不意にユーシェのお腹が盛大に鳴った。よく考えてみれば、今日の朝から私以外何も食べていない。そんな私も干し肉数枚かじった程度だ。お腹が空くのも無理はない。
「私たちで保護しよう。問題があったらその時はその時で」
彼女は血の通った人間だ。そこに別の何かが混ざっていようとも、こうやって何も食べていないとお腹が空くし眠くなれば寝る。私たちとの違いなんて今の所見当たらない。
「
明は安心したように笑う。明は私より賢いくせに必ず私の判断を聞いてくる。小さいころは主体性のない奴なんて思ってムカついたこともあったが、それが彼なりの公平性なのだろう。彼はいつでも自分の意見だけでは絶対に動こうとはせず、私の話を聞いてくれるのだ。
「明日の朝に帰るってことでいいわよね?」
私たちの今回の目的は瘴気への耐性がどれくらいあるかのテストだ。当初の想定よりもはるかに長く瘴気域にとどまれるということが分かって、持ってきた食糧も底をつきかけているため、本来なら今日にも帰ろうと提案しようとしていたのだ。
「ああ、そこまでしっかり準備してきたわけじゃないしな。ここらが潮時ってやつだと俺も思う」
なら、今日のご飯は豪勢に行こう。私たちが初めてこの世界に落ちてきた時にサーシャさんたちがしてくれたように。
「ユーシェちゃん。食べられないものとかはあるかしら」
ユーシェはふるふると首を横に振る。
「それは良かった。それなら夕飯は腕によりをかけなくちゃね。明、食材はどれくらいある?」
「こっちに来てから作った分もあるから、大体四日分くらいかな」
「なら、二日分くらい使っちゃいましょ。ユーシェちゃんの歓迎パーティーよ」
幸い、雨脚は弱まっているから火を使うことを心配する必要はない。必要なものを持って洞窟の外へ出ようとすると、ユーシェが袖をつかんできた。
「ノゾミ、どこに行くの?」
「今からご飯を作りに行くの。一緒に来る?」
「ご飯を作る? 狩りに行くってこと?」
「いいえ、今から料理するところよ。あなたも見る?」
どうやら私たちが来るまで彼女は自身で獲物を捕らえて生きながらえていたらしい。そういえば、彼女はいつからこの洞窟にいたのだろうか。
というか、今の彼女は毛布を巻いただけでほぼ裸だ。服とも呼べないあのぼろ布をまた着せるのも酷だろう。
「外に出るならちゃんと服を着せないとね……私の予備の服で袖をまくればなんとかなるかしら。明、ちょっとあっち向いてて」
「あいよー」
ユーシェは背が低くあまり発育も良くはなかったが、オーバーシャツくらいのシルエットに何とか収まったので、ベルトを一番奥の穴まで締めることで一時しのぎとした。
彼女と連れ立って外に出ると、雨はほとんど止んでいて霧のような状態に変わっていた。
調理セットを取り出して、食材を切り分ける。今日の献立はパンと干し肉とこっちで摘んだ食べられる草のスープ、そして塩焼きにした川魚だ。
【コード:ファイア】【コード:ウォーター】
火の玉を生み出して鍋とフライパンを火にかける。水は食材を洗ったりスープに使ったりしたりした。詩片の複数枚使用は制御が難しいと呼ばれるが、今回はただ魔法をたれ流すだけなので難しいことは特にない。
「それはなに?」
「これは
詩片について説明しようとすると、必然この世界の宗教に触れなければいけないが、彼女が教えられてきた神とは魔物のことだ。中途半端な知識では逆に混乱させてしまうかもしれない。
「あ~もう! 何てこと教えてるのよ……!」
黒陽の理想郷はこの世界では邪教に分類される
「まあいいわ。とにかく私たちにとって便利な道具なの。もしかしたらユーシェちゃんも使えるようになるかもね」
とりあえず、今はその認識で十分だ。ちょうどよく料理も出来上がったので、洞窟の方へと持っていく。その間明は荷物の整理などをしていてくれたようだ。
すっかり忘れていたが、今の明は魔法を使えない状態だった。真っ暗な中でどうやって整理を? とも思った矢先、ほのかに光るキュウキの姿がそこにはあった。どうやら灯りの魔法の魔力もわずかに取り込んでいたらしい。
キュウキのおかげで洞窟内のこの広間は快適な温かさを保っている。我ながら汎用性の高すぎる魔法を生み出したものだ。
「町に帰ったらランプでも売ってたらいいんだけど……」
経済的な面を考えて購入を控えたが、二人が別々で行動する場合は必要になってくるだろう。
なにはともあれ今回の冒険最後の夕飯だ。美味しくいただこう。
「いただきます」
トラントの渓谷に来てからは明と二人しかいなかったため、アクゥイル様への感謝を述べるこっちの方式ではなく、元の世界の『いただきます』が出た。ユーシェもマネをして手を合わせているのが微笑ましい。
ほとんど一日ぶりの温かい食べ物だ。一口食べるごとに肩の力が抜けていく。美味しくて温かいご飯は心の栄養とはよく言ったものだ。
「ごちそうさまでした」
三人で手を合わせて声をそろえる。二日分の食料を使った夕飯はあっという間になくなった。ユーシェの治療をした後と同じように眠気がやってくるが、その時ほどの緊迫感はなく、だらけ切った雰囲気で眠りについた。
***
翌朝、洞窟の外に出てみると雨はすっかり止んでいた。かわりに、数メートル先を見失ってしまうような濃い霧があたりを覆っていた。帰りは遅くなるだろうけど、注意して進めば問題なさそうだ。
「いつも通り明が前で、私が後ろを警戒。ユーシェには真ん中でいてもらう形でいいわね?」
「おう、結構歩くから疲れたら言ってくれユーシェ」
昨日の内にすっかり打ち解けていて、私たちはどちらも名前呼びに変わっていた。
霧の中をゆっくりと、しかし確実に進んでいく。幸いにも彼らが魔物と遭遇することはなかった。
「先をこされてしまいましたか」
そんな彼らを遠くから眺めているフード姿の男がいた。濃霧で視界には何も映っていないはずだが、彼の持つオペラグラスのようなものはぴったりと望海たちを追跡している。
彼の周囲に異常が広がっていた。足元には大量の人の死体。死体の損壊状態を見るに、人の欠片といった方が正しいか。
それだけでも異様な光景だが、欠片に紛れる人だったものの顔面のどれもが恍惚の表情を浮かべていることも不気味さを加速している。
その惨劇を作り出したのはビルのような威容を持つ巨大な影。その影に向かって、男は叫ぶ。そして許しを請うように首を垂れて、懐から装飾華美な短剣を取り出した。
「ああ、神よ! 我らの身を御身に捧げます! しかし、畏れながら申し上げます! 御身に捧げるべき最上の贄をおろかな我々は逃がしてしまったのです!」
男は己の首に刃物を突き立てる。傷口から噴水のような勢いで血が溢れ出した。
「ヒュッ……我らの……同胞、が、必ず連れて……ガァッ!」
男の言葉は最後まで続くことなく巨大な影に潰された。
未だ常人の至らざる領域で、狂人たちの宴が終わる。彼らの同胞が狙うのは半人半魔の少女、ユーシェただ一人。
『黒陽の理想郷』が今、ルダニアの国で暗躍する。
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