ソーカス遺構・最深部
「今ので四体目くらいか?」
「さっきのバッタみたいなやつ、一回り小さいのを背負ってたからこれで五体目よ」
「そうだったのか。うへえ……」
思わずため息が漏れる。今まさにとどめを刺したばかりの魔物の腹からナイフを引き抜く。
やはりというかなんというか、俺の魔法は
遺構内に侵入してからというもの、俺たちは文字通り死んだ目をして魔物を駆除していた。
ソーカス遺構は駆け出し向けという前評判に間違いはなく、出てくる魔物も厄介な奴は少ない。しかし、俺たちはその強さとは別の理由で疲弊していた。
「なんっ……で! どいつもこいつも虫みたいな見た目してるのよ!」
そう、ここの生態系を構築する魔物はほとんどが虫型だったのだ。
先に断っておくと、俺も望海も虫が苦手なわけではない。小学校の頃は野山を駆け回り、素手で虫取りをしていたくらいには虫に耐性がある。しかし、今回はそのサイズが俺たちの常識の範疇を優に超えていた。
「虫ってあのサイズだから触ったりできたんだな……」
大きな虫は怖い。というかキモい。犬猫サイズの虫たちのうねうねと蠢く関節部や、変にてらてらとしている腹部の躍動が俺たちの背筋を凍らせた。
現に先ほど倒したダンゴムシのような魔物は、数多ある脚部を痙攣させながら集魔石に姿を変えたところだ。
いっそ俺たちよりも大きな個体であれば、モンスターとして見ることも出来たかもしれないが、この遺構の環境からしてそこまで巨大化する個体は極稀だろう。
「気が滅入っちゃうわね、ほんと。早く帰って水浴びしたいわ」
「といってもここまでの道中は他の冒険者が探索済みだ。依頼を達成するならもっと奥まで行かないと……俺も気が進まないけど」
遺構内には換金可能なアイテムが落ちていると聞いていたが、それらしい物は見当たらない。先に探索していた人たちが回収していったのだろう。二人ではあまり多く荷物を持てないからどちらかといえばありがたいところもあるが。
「なにも落ちてないけど、前の人たちってどこまで行ったんだろ」
「さあ? 少なくとも最後のエリアまで探索した人はいないって聞いてるけど」
この遺構の規模なら大体一週間ほどで攻略されるらしい。ほんの二日ほど前にこの遺構が復活したのは、経験の浅い俺たちにとっては幸運だった。
遺構内部はちょっとした迷路になっており、復活時にその内部構造も入れ替わるのだという。復活の度に地図の作成が必要なため、攻略にはそれなりの時間がかかるものだそうだ。
「ここまでの道は覚えてるか?」
「もち。私が地図覚えるの得意って知ってるでしょ?」
「修学旅行で行った遊園地の迷路、一時間かかるところを二十分で突破して職員さん驚かせてたもんな……」
望海は空間把握能力がずば抜けている。たとえ全面鏡張りの迷路であっても総当たりですべての道を把握するので、結果的にゴールにたどり着くのも早いというわけだ。
今までの道も自動マッピング状態のため、引き返すとなっても問題なく帰ることができるだろう。というか、俺はすでに来た道があやふやだからそうでなきゃ困る。
虫退治とマッピングは今のところ望海に大部分を任せているので、俺の仕事は主に索敵だ。望海に先行して曲がり角の先を壁越しに覗き込む。
「三十メートルくらい先に蟻みたいな魔物が四体いる。数的にはこっちが不利だし迂回しよう」
「あっち側は地図にも載ってるから大丈夫よ」
遺構内には最低限の明るさしかないため、倒せるものだけに絞っていった方が安全だ。幸い、光源がなくてもある程度の距離までなら見通せるため、消耗も少なく済んでいる。
「そろそろ地図のないエリアに入るわ。だいぶ奥まで来ただろうけど、最奥の部屋を見つけるまで気を引き締めましょう」
「了解。ようやくお金になりそうなものも落ちてるところまで来たな」
使えそうだったり、金になりそうなアイテムを拾い集めながら奥へと進んでいく。
遺構の内部では食器や武具など多種多様な器物が落ちている。
ただの遺跡ならこの場所を作った何者かが使用していた物なのかもしれないが、復活の度にこれらの換金物も一緒に復活するというのだからおかしな話だ。
道中出会う虫型の魔物は無駄に多種多様で、俺たちも様々な悲鳴を上げながらも探索を進めていった。
***
「……扉?」
休憩をはさみながらの探索であったが、侵入から数時間ほど歩いたところで一か所だけ扉のついた部屋にたどり着いた。地図と今までの経路を照らし合わせてみてたところ、恐らくここが最奥のようだ。
金属のような質感の扉に耳を当てると、内側から何かがぶつかるような音がする。かなりひっ迫した人間の声もいくつか聞こえてくる。
「誰かが戦ってるっぽい」
「……加勢しましょう。中を確認しないことには調査依頼を達成したことにはならないわ」
「オーケー。中の状況次第では出し惜しみせず行くからな」
風の詩片を構えると同時に、目の前の扉を大きく開け放った!
最後の部屋はかなり広く、体育館くらいのサイズがある。そこでは魔物と人が先客として戦闘をしていた。瞬時に視線を巡らせて状況を把握する。
(右奥には体長五メートルはありそうなカマキリの魔物、左奥はカマキリほどではないものの、こちらもデカいアリが複数体。冒険者がそれぞれに三人ずつでなんとか抑えているが、どちらの集団もかなり消耗している)
冒険者側の装備は素人目にも質素なものだ。戦い方もおぼつかないため、加勢の必要がありそうだ。
【コード:ウインド=エクシード】
俺が狙うなら――大ボス!
「るぅああ!!」
気合の声をあげながら、足裏に集めた風を爆発させて巨大カマキリへと肉薄する。
こちらを狙った理由としては、俺の持つ他の詩片では火力がありすぎるためだ。
複数の相手に【ファイア】を使った特大火力で押すことも考えたが、それでは他の冒険者を確実に巻き込む。そうなれば魔物を倒せてもここらは火の海に飲まれるだろう。それでは報酬の詩片も手に入らない。
必然的に、効果対象が俺一人の運動強化に詩片を使うことになるが、それだったら大物一体の方が不意打ちの警戒をせずともいいので立ち回りやすい。
「加勢します!」
疲弊した他の冒険者へと振り下ろされていた鎌の側面を切りつけて、間一髪で軌道を逸らす。しかし、ナイフでの一撃をもろに受けたはずのカマキリの鎌には浅く傷が入ったのみで有効打には至っていなかった。
流石にこのサイズだと武器での装甲破壊は骨が折れるようだ。狙うにしてももっと柔らかい部分か、急所部分に攻撃しなければ武器の方がもたない。
「助太刀感謝する!」
助けた冒険者は、周囲に指示出ししながら後退する。どうやらその人物が彼らのリーダーらしい。しかし、彼の言葉に返事を返す余裕はなかった。
今この瞬間にも風の詩片の制御が吹っ飛んでいきそうだったからだ。
幾度となく振り下ろされる両手の鎌を風の速度にものを言わせて回避する。ある程度の思考の余裕はあるが、今の状況はいわゆるオワタ式。一瞬たりとも気は抜けなかった。
戦いながら、一週間稽古をつけてくれたフーラさんの言葉を思い出す。
「とにかく広い視野で周りを見ろ。前衛ってのは目の前の状況にばっかり目が行って、意識外からの攻撃を受けやすい。だが、注意散漫になっちまったら本命の攻撃をまんまと食らっちまう」
後衛であり、速度では詩片を使った俺に全く追いつけないはずのフーラさんだったが、俺が攻撃を当てられたのは最終日の一度だけだった。
「意識を向けるべきところに向けるんだ。例えば、回避の時は相手の視線だ。攻撃ってのは視線の先に向けて放たれるもんだ。それを見てさえいれば相手の武器を見ずとも避けられる」
最初の大物が複眼のカマキリなんてあまり運がないが、頭の向きに注意していれば避けられる。たとえ威力があっても風の詩片を超える速度がなければ意味がない。
回避に合わせてナイフで切りつける。しかし、俺の戦法で特筆すべきなのは魔法の威力だけ。所詮武器は店売りのものであるため、物理攻撃はあまり効果的ではないようだ。
それでも、避ける。当てる。避ける。当てる。
(なるほど、視野を広くすれば色々な状況が見えてくる)
先にいた冒険者たちが態勢を立て直し始めている。望海もアリの大群相手に良く戦えている。
汗が流れるそばから風に吹かれて飛んでいく。恐らく詩片の効果はあと少しで切れてしまう。できればどこかで詩片の術をかけ直したいけれど……。
「左足を集中的に狙え!」
号令と共に態勢を立て直した冒険者たちが左側面を集中的に攻撃し始めた。魔物の注意が俺に向いていて完全に無防備だったこともあり、カマキリの魔物は悲鳴のなり損ないみたいな音を立てて、大きくその姿勢を崩す。
(今なら!)
守りが堅く攻撃が届かなかった頭部を狙うことができる。
判断は一瞬だった。今発動している詩片の全魔力を一撃に込めて魔物の頭部へ攻撃を加える。それがこの魔物を倒す確実な方法。
カマキリの上、天井ギリギリへと一気に飛躍する。
ナイフを両手で握りこみ、魔法での推進力を全て俺を押し出す方向へ向ける。
姿勢の制御なんて考えない。元より訓練も足りていない急ごしらえの魔法だ。威力を上げるために一点突破のみを考える。
魔物の直上――そして、反転。
俺はカマキリの頭上から、加速の勢いはそのままに落下していく。
選択したのは直上からの『
風の力も加わって、他者からは視認できないほどの速度で彼我の距離を零にした。
「うおおお!!!!」
加速によって大きな破壊力を伴ったナイフが魔物の脳天に突き刺さる。破壊の力は瞬く間に頭部全体へと伝播し、大きな二つ目が白濁した後、カマキリの頭部は破壊の威力に耐えきれず破裂した。
勢い余って破裂の余波ですでに形を保てていない顎を突き抜けて地面に激突してしまった。
二本の大鎌からだらりと力が抜ける。巨大な魔物を死に至らしめるには十分な一撃だったようだ。しかし、それと同じタイミングで俺の体からも風の魔法の魔力が抜けていく。
「おい兄ちゃん! あぶねえぞ、今すぐ避けろ!」
切羽詰まった叫び声。気が付けば戦闘の音はすでに止んでいた。
全身を地面にたたきつけて、身動きもままならない俺の真上に影が落ちる。言うまでもなく魔物の死体だった。
灰になって消えるものと思っていたが、その巨体のせいで消滅にラグがあるようだ。
(あ……死ぬ)
上からゆっくりと倒れてくる大質量。下敷きになればまずもって即死だ。
なんとか体を動かそうともがくが、ふらふらと体を起こすのがせいぜいだ。
これはもう死んでしまうという焦りと共に心中にあったのは、納得や諦めという感情だった。
結果だけ見れば今回の威力は過剰だった。
全魔力を使わずとも頭上からの一撃であれば、致命傷を与えられたはずだ。無茶で過剰な威力のせいでナイフもボロボロだ。
全ての魔力を費やして突撃するのではなく、姿勢を制御したり地面との衝突を和らげる方に少しでも魔力を回せていたら逃げおおせていたかもしれない。
もっとフーラさんやサーシャさんのもとで戦闘を学んでいたら。
そもそも異世界に来なかったら。
そんなタラレバの反省と後悔が頭に浮かんでは消える。
今から死ぬというのに、反省会が止まらない。
諦めと共に体の力を抜いた瞬間、何かが体当たりをしてきた。
「私を……置いていかないでよ!」
望海だった。
俺の危機を察知した彼女が、俺を助けようと体当たりで突き飛ばしたのだ。
目の前に崩れる魔物の死体。彼女のおかげで、俺は間一髪下敷きにならずに済んだようだ。
助かった安堵と訳の分からなさで目を白黒させていると、足元から望海のくぐもった呻き声が聞こえた。
「ぐっ、うぅ……」
望海は俺の代わりに死体の下敷きになったのだ。
頭が真っ白になった。目の前の情報が視覚から流れ込んでくるが、脳が理解を拒む。
目の前には死体に足をつぶされて苦しそうに冷や汗を浮かべる望海の姿。
少し遅れて魔物の死体が消え失せる。紫色に変色する両足は歩くのに適さない形に変形していた。
俺をかばった。
俺のせいだ。
どうやって助ける?
望海は助かる?
心臓が痛いほどに早鐘を打つ。のどを焼く熱さがこみあげてきて、たまらず口から吐き出された。
「の……ぞ、み?」
口から吐き出された吐しゃ物を拭う間も惜しんで絞り出した声は酷く掠れていた。
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