竜血のマリー
@akari_itsuki
暗い部屋 - プロローグ -
つい先刻まではいつもと変わらない日常の中に居たはずだった。
破れた障子の隙間から傾いた西日の名残が僅かに射す、薄暗い六畳間の床に横たわる。
「はぁ。まったく、面倒臭い…」
赤く靄掛かった視界。
先程重いガラスの灰皿で私の頭をかち割ってきた女の苛立った声が耳障りに鼓膜を揺らす。
声の主は14年前に私を産んだ女だ。
まともに会話をした記憶も無く、気に入らない事があると罵られて虫の居所が悪ければ殴り蹴り飛ばされる。
そんな日常を、祖母が亡くなった8歳の頃から続けていた。
幼少より続く痛みと恐怖。
いつしか泣き言や悪態を吐いて返す事など諦めて、無気力に暴力が過ぎ去るのを待つようになっていた。
しかし今日は特に機嫌が悪かったらしい。
ヒステリックに喚き散らしたトドメにガツン、と重い灰皿で殴り倒された。
割れた額からドクドクと血液を垂れ流す脈動を感じる。
暖房も点いていない12月の冷たい空気の中、血液と共に体温さえも流れ出ていくような感覚。
先程まで女が吹かしていた煙草の吸い殻が火種を残したまま手の甲に乗ってジリジリとした熱を感じるが、体に力が入らず振り払う事すら出来ない。
──終わりなんてこんな物か…
病院にでも連れて行ってくれれば生き長らえるのかも知れないが、そんな金とリスクの掛かる事をしてくれるとは端から期待もしていない。
(まぁ、生きていたいとも思わないな)
どんどんとボヤけていく視界に映る自身の腕は、学校から帰ったままの重苦しい喪服のような黒のセーラー服を
耳では女が近頃よく口にする名前を呼びながら小さく話す声を聴いていた。
──電話をしている。
相手は
(車を出させて私を山に埋めにいく手伝いでも頼んでいるんだろうか)
娘とも呼べない無機質な投棄物のように山へと捨て、罪悪感なんてものを抱く事もなく正真正銘身軽になって…それでも今までと変わらず男に媚びながら生きていくのだろう。
楽しく、平和に。
──ならば、せめてその中で不意に思い出せばいい。
落ち葉に埋もれ虫に喰われて腐り果てるであろう私の存在を。
誰かに見付かったならば、築き上げた楽しい人生を一瞬にしてぶち壊すであろう私の存在を。
不意に思い出し、怯え、心の中に
(ザマァミロ)
嘲笑うように吐いた悪態は唇を少し震わせただけで音にすらならず、死の
(あぁ…せめて、死ぬまでに一発くらい殴り返してやれば良かった)
無気力だと思っていた胸の内で渦巻くドロドロとした感情。
──澱みを持って生きていたのは自分の方だったのか。
やっと終われるのだと安堵すら抱くのに…
音が遠のき薄れていく意識の中で、我ながら何とも滑稽で惨めな死に様なのかと涙が流れた。
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