第13話

「はい、これ先生から」


黒く固い綴込表紙の日誌が、昨日と同じように再び机の上に置かれる。


霧ヶ峰高校の週番は男女二人で行うことになっており、今週は小梅と峻が担当だった。


「じゃ、ウチ昨日と同じように黒板消しとくから。白馬くんは日誌よろ~」


 小梅はそれだけ言って、自分が属するグループの輪に戻っていく。


「このリップよくね?」


「私はブルべだから似合わないわ~。マジで惜しい」


「わかりみが激しい……」


「イエベならこっちがお勧めやと思う」


「あ、確かに! 小梅センスマジでいい~」


 峻が理解不能なメイクの単語が飛び交う。その中でも小梅はグループの会話を引っ張り、リーダー的な立ち位置のようだ。


 自分とは違う世界の人間だと、峻はそれだけで判断する。


「今日みんなでカラオケいこ! 十時まで歌いまくりたい」


「さんせ~」


「りょ」


「小梅は、無理か。仕方ない」


「ごめんね、休みの日の昼なら大丈夫やから」


「マジ気にしてないし~。そんな言い訳しないで大丈夫だって」


 最後の方の会話と、小梅が謝罪の際に合わせた手が荒れていたのが妙に気になった。だが峻は自分にはかかわりないと思い直し、一限目の教科書を開く。


 その日の授業はつつがなく終わり、峻は日誌にペンを走らせていた。


 こういう地味な事務作業は得意だから、本当にありがたい。自分に任せて他の仕事をうけおってくれた小梅には感謝だ。


 ああいう派手めの女子というのは、陰キャを見下していることを悪いとも思わないゴミクズも多い。だが意外と人のことを良く見ているタイプもいる。


 小梅が後者でありがたかったと、日誌の最後の行を埋めながら峻は考える。


 教室からは一人、また一人と部活や塾に行くクラスメイトが出ていった。望月も佐久も一足先に教室から去る。


 この後空き教室に集まって次に行く山を説明することになっていた。早めにいかないと、と紙に走らせるペンの動きが焦りを帯びる。


 今日は小梅が席の向かいに座って、峻が日誌を書くところを眺めていた。


 肘をついて前かがみになっているからか、制服のブラウスの襟元から白い谷間が否が応でも見えてしまう。カールさせたまつ毛の下の瞳が、普通に向かい合わせになっている時よりもずっと近くにあった。


 峻は視線を伏せ、手元の日誌に全神経を集中させる。


 でも、おかしい。何かがおかしい。


 昨日の小梅も、一昨日も。週番の他の仕事が終わると早めに帰っていた。


ふと小梅がリップで光る唇を開く。


「ところで、白馬くん」


 すでに二人しか残っていない教室の中で、小梅は驚愕の言葉を口にする。




「やっと来た……?」


「……待って、た?」


 望月と佐久が談笑していた空き教室に峻が入ってくる。だが大変申し訳なさそうにうなだれ、彼女たちと目を合わせようともしない。


 望月は目を見開いたがすぐに笑顔になって手を振る。だがその笑顔がどこか引きつっていた。


逆に佐久は苦りきった表情のまま、峻に冷たい視線を向けている。それからもう一人に視線を移した。


アッシュのショートヘア、メロンのような大きい胸。胸が邪魔で顔が見えないが、そんなバストサイズの持ち主など知り合いには一人しかいない。


「やっほー。お邪魔~」

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