閑話

賭場と僧侶

「お兄さん、ここの賭場――『素晴らしく儲ける』に興味ありまス?」


 ロクはギャンブル大国・リクタッボの民であり、客引きである。

 口の上手さとやや強引な手法で賭場に客を連れていくのが仕事で、ボロ負けして借金にまみれていく様を至近距離で眺めるのが趣味という最低な男である。借金を膨らませて奥の部屋に連れていかれる客に最後の抵抗として悪態をつかれてもヒーリングミュージック程度にしか感じない。


 そんな彼が声をかけたのは、青年であった。

 スキンヘッドの頭にカラフルな布を巻き、耳には価値のなさそうな一粒ピアス。服装はシャツにズボンとラフな格好だ。

 人懐こい笑みを浮かべて彼は頷く。


「はい。でも俺はこの服なもので、さすがにドレスコードに引っかかるかなと……」

「大丈夫ですよぉ。そういうのはもっと格式が高いところで、ほとんどのところは皆さん服装を気にせず遊ばれていまスよ」

「そうですか?」

「そうですよぉ。そんなこと気にしていたらつまんないでしょ」

「確かに。たとえ全裸になったとしても遊びたいですもんね!」

「……いや、服は着てもらっていいスか?」


 そう。いちいち服など気にしていると稼ぎが減るのだ。全裸は困るが。

 だから一部の賭場を除いては金さえ持っていればどんな客も招き入れる。


 賭け事はカード、駒、サイコロ、鶏、喧嘩など様々だ。

 最初のうちは参加者も様子見のつもりだ。しかし次第に周りの熱気に飲み込まれ、また大金があと一歩で手に入りそうな錯覚に陥りはじめる。次のゲームならもしかしたら、という淡い期待を抱かせ繰り返しゲームに参加するようになるのだ。

 それに、そもそもリクタッボ国を訪れる者は賭け事で一攫千金を狙っている。考えの甘い者や後戻りできないほど追い詰められた者が来るわけで、1ゲームごときで上がることなどありえない。


 ギャンブルで借金が膨らみ、並みの稼ぎでは返せなくなった債務者はどうなるのか?

 商品にするのだ。

 入国してすぐに小難しく小さな文字で『処遇を国に任せる』という契約をさせられる。仮に文字が読めない者なら入国審査官は「にぎやかな」空間の中で「早口」で説明を行い、後が控えているからと「急かして」名を記入させる。

 契約は完了し、哀れな犠牲者たちは賭場で金を巻き上げられて自分の身体すら奪われてしまう。

 五体満足で他国に売られるならまだマシなほうで、国内で人権をすべてはく奪されて生きていく羽目になったり、解体バラされて売られていくこともある。どうなるかはこの国で行う最後の賭けだ。


 ――ということを隠しながらロクは揉み手する。


「さっそく中を見に行きませんか? 他の賭場よりもゲーム数が多くて……」

「あ、待ってください。その前に……失礼」


 青年はロクの手を掴むと、指をまじまじと見た。


「やっぱり。怪我してますね」

「え? ええ……」


 先日、日課である自宅金庫の金を数える作業後にうっかり手を挟んでしまったのだ。

 折れてはなさそうなので簡単な処置だけして放置していた。


「                」


 聞いたことのない言葉で青年は唱えだす。

 呆気に取られているうちに傷は消え、内出血も引いていき、最終的には綺麗な指に戻った。

 青年は満足げに手を離す。


「よし! 『善ポイント』も増えたことですし行きましょうか!」

「ぜ、善ポイント?」

「はい! 普段から善行をすると賭け事に勝ちやすいんですよ。なので、良いことをたくさんしてポイントを貯めています」

「は?」


 善行をポイントにしてるのか?

 それは何か意味があるのか?

 というか良いことをして勝てるというのはジンクスというか、迷信ではないのか?

 ロクの疑問を置き去りに青年は続ける。


「ちょっと足りない気がしたので今のでポイントを稼がせてもらいました! ありがとうございます!」

「あ、どうも……? ポイントって、基準とかはあるんでスか?」

「落し物を拾ったら10ポイント、道案内をしたら20ポイントとかありますが、だいたいその時のノリですかね」


 ポイントの付け方をノリにしたらめちゃくちゃにしかならないのでは?

 ……というか、こいつやばいやつなのでは?

 いかにも善人みたいなツラをしているが俗物にも程がある。


「……あ、あー、お兄さん、治癒魔法を使えるってことは、そこそこいい出身なんでスねえ」

「……」


 青年は一瞬表情を強張らせ、すぐににこやかな顔に戻る。


「そうなんですよ。出身は山を2つ超えた先の国でしてね、そこで僧侶してました」

「ギャンブルしてよかったんでスか!?」


 旅の途中という聖職者や僧侶が来たことがあったが、いずれも禁じられているからと賭場に寄らなかった。

 ロクとしては信仰も宗教もどうでもいいが、それでも僧侶がギャンブルなどしていいのかと強い疑問がある。


「信仰上は賭け事、酒、女全部だめです」

「……じゃあこの街辛かったでスよね? 賭場は言わずもがな、歓楽街も酒場も近くにありますし」

「女の子たち可愛かったし酒もいいのがたくさんありましたね」

「ゲエッ!? すべての戒律破ってんの!?」

「戒律は破ってナンボですよ」

「自慢気に言うことじゃない!」


 あらゆるクズやカスを見てきたが、この青年は上位かもしれないとロクは思う。

 戒律破っている時点で善ポイントなんてないようなものではないか。


「ま、とりあえず中に入りましょう。なんか勝てる気がするんですよね」

「みなさんそう言いまス」


 いや――あるいは、この男ならやるかもしれない。

 ロクは知らずつばを飲み込んだ。



 数時間後。

 そこには素寒貧になり、奥の部屋に連行される青年の姿があった。

 清々しい程の負けっぷりであり、しかも勝ち目がないくせにオールインしてボロ負けしていた。挙句の果てにはロクに金を借りようとしていたぐらいだ。

 「こっからですよ! ここから勝ちます!」と言っていたがギャンブルは手持ち金が無くなるのは敗北であり次はないのだ。


「いや〜、善ポイント足りませんでしたね!」


 亡者のような顔をする債務者の中、ひとりだけ明るくニコニコとしながら彼は消えた。海向こうに売られるのだという。

 青年が本当に何考えているか分からず怖すぎたのでロクは体調を崩し、数日の間寝込むことになる。



 しばらくあと。

 混沌に陥りそうだった世界を救ったという『救世の聖女』の噂がリクタッボ国でも持ちきりとなった頃。

 同業者に見せてもらった新聞を見て、ロクは目を剥くことになる。

 荒い写真ではあるが、愛想の悪そうな少女の隣に立つ人物に見覚えがあった。

 ロクの傷を善ポイントのためと言いながら治し、もうギャンブルやめたほうがいいのではと珍しく忠告するも聞いてくれず、最終的には国外に売られたあのときの青年が呑気に笑っていたからだ。



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