閑話
とある院長たちの夜
「かわいくない子供だったなぁ」
修道院の一室。
薬草酒の瓶を片手で揺らしながら、修道院院長であるハンデル・ドゥーはつぶやいた。
陶器の水筒に入れたお茶をすすっていた女子修道院院長のラマリス・ドゥーはなにも言わずにただ彼を見る。
――二人はきょうだいではない。ドゥーというのは名前すら与えられずに教会に捨てられた子供に便宜上つけられる苗字だ。
「愛想も愛嬌もなくて。誰に似たんだか」
「鏡ならそこにありますよ」
「ははっ。お前が見ろ」
乾いた笑いを浮かべながらハンデルは酒をあおる。
「俺はあそこまで手はかからなかっただろ。あんなの、建国以来の問題児だ」
特に否定もせずにラマリスは頷く。
事実、彼らの思い浮かべるひとりの少女は、超が付くほどの
にこりともせず、お世辞も言わず、目の前の事象を冷たく見つめるために初対面の人間を怖がらせることが度々あった。
対話能力が欠けているというよりはものぐさな性格すぎた。
好みの食べ物を見せれば年相応の表情となるものの、修道女という立場ゆえに人前で贅沢なものを食べることはなく、ごく一部の者しか知らない。
彼女の持ち合わせていた魔力は質も量も素晴らしいものであったが、人間性を含めるとプラスマイナスゼロ。
聖女と言うよりは魔法使いに適していると誰しもが思っていた。少女自身、聖女候補から外れたら魔法大学に入りたいとさえ言っていたぐらいだ。
だが――王子に気に入られていたもう一人の聖女候補が逃げ出したことで事態は急転する。
王妃がこの世を去った日の翌日のことであった。
本来聖女になるべきだった修道女はどこぞの貴族の手を借りて国外に逃げ出してしまったらしい。その貴族はどうなったのか、修道女はどこにいるのか。修道院をまとめるふたりには何も知らされていない。調べることはしない。あまり深入りすると面倒になるのはよく分かっていたからだ。
ともかく、聖女になる力量をもったのは少女ひとりだけになってしまった。
聖女というものは国の要となる存在だ、雑に選んでいいわけではない。幼少期から選抜をして、育て上げた末にさらに教育を施し残った者たちだ。
王を支える大臣たちは少女を正式に選んでも良いのかわずかに悩んだ。
しかし、聖女には女神の力を暴走させないために【強制服従】という枷が嵌められる。多少問題があれども人形同然になってしまえば今よりはマシになるだろうと大層失礼なことに考えが至り、儀式を進めることとした。
前王妃は花が咲くような笑顔が愛されていた。自我が壊されてなおも、それだけは残っていた。少女も、王妃ほどの笑みは無けれど伴侶に「笑え」と命じられればその通りに笑うはずなので扱いやすくはなるはずだ、と――。
だが、さらに計算外なことが起きる。
少し前より城に保護されていた異邦人を王子が惚れ込んでしまったのだ。異邦人も王子に寄り添い理解者としてそばにいるようになった。
もはや王子は誰の意見も耳に入れなくなり。
想像通りというべきか。暴走の果てに、国を守るための儀式は崩壊した。
少女は謂れのない罪を被って国を追放され、所在が分からなくなった。
「……運がありませんでしたね、あの子は」
「本当になかった。久しぶりにあいつをかわいそうだと思ったよ」
ふ、とハンデルは笑う。
「これから本当にかわいそうになるのは俺たちだけどな。女神が国を去ったんだから」
「でも、『女神の輝石』は回収されたのでしょう?」
「回収されてねえよ」
「え!?」
「いま王座に鎮座しているものは偽物だ。聖遺物を模倣したがる芸術家はごまんといる。そいつらが作ったものの中で一番良く似ているものを本物と偽って台座に戻したんだと」
「なんであなたがそれを」
「ソボ大臣から直接聞いた。彼は代々細かな儀式を取りまとめてきた一族の末裔だ。王族への忠誠や国の安寧よりも、命より大事にしてきた儀式を壊された恨みのほうが強かったんだろうな」
「変なところにつながりがありますよね、ハンデル……」
ちなみにソボ大臣がしたことは反逆罪である。
そしてそれを知りながら報告をしないハンデルと、聞いてしまったラマリスも同罪だ。
「だから間もなく女神の祝福は薄れていく。国は終わるかもな。逃げる準備は今のうちにしておいたほうがいいぜ」
「ここ以外で生きる道がありませんからねえ」
「そりゃそうか。あいつより不自由に生きているんだろうな、俺たちは」
ふたりはしばらくの間黙った。
夜のずっしりとした重い沈黙の中、口を開いたのはラマリスだ。
「あの子の【強制服従】に何らかの細工はしたのでしょう? わたし、魔法にあまり詳しくないので分かりませんけど」
「まあもともとあいつが遊んでいた部分に追加したっていうのが正しいな。さすがに壊すことはできなかったが」
ハンデルは
そのうちの一つのスレッドを見つけ、ざっと目を通して口もとで笑った。
「禁忌魔法を解く方法はないのですか?」
「んー、それこそ魔王みたいな膨大な魔力と技術を持ったような奴にしか解けないだろうな」
もう一本薬草酒を開ける。
「飲みすぎですよ、ハンデル」
「固いこと言うなよラマリス。俺たちのかわいくないクソガキの門出の乾杯をしよう。付き合ってくれよ」
「仕方ないですね」
お茶を飲み干し空になった水筒を差し出す。そこに酒を注いだ。
かちんと瓶と水筒をかるくぶつけ合い、言った。
「「パメラ・ドゥーの旅路を祈って」」
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