大事な忘れ物

 ぼくは玄関に戻ってきた。

 とても大事な忘れ物をしてしまったから。


 家を出た時と様子が違っていた。玄関の靴はこんなに散らばっていなかった。

 なによりも土足で上がり込んだ人がいる。くっきりと黒い靴跡がついていた。

 靴跡は出て行く方向にはない。奥に向かう一本だけだ。

 ぼくはドキドキしながら、キッチンをのぞいてみる。

 覆面をした男が立っていた。その足元には、ママが倒れている。

「あっ」

 ママの胸にナイフが突き立っていた。

 既にママはぴくりとも動かない。

「うおおぅ!」

 見られたことに気づいた男は奇妙な叫び声をあげ、ぼくを突き飛ばして逃げた。

 背中を壁にぶつけて痛かった。でもそれどころじゃない。ぼくはママの近くに駆け寄る。


 泥棒がこの近辺を荒らしているらしい、と近所で噂になっていた。

 家の近辺をぶらついている不審人物をぼく自身、目撃もしていた。どうやらぼくの家を狙ってるみたいだった。

 だから、のに、凶器のナイフが残っていたら、全部だいなしだ。


 ぼくは大事な忘れ物を引き抜いて、川に沈めるつもりで重さのある金属製の箱に入れた。あとで石も詰めておくんだ。

 それから110番しよう。ママが強盗に刺されちゃったって。


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