コン子さんスイッチ【し】
やぁ、僕の名前はヘレシー!
ここ最近学園が休みで暇を持て余している僕は、王都にある庶民向けの飲食店を巡ってご飯屋さんの新規開拓に精を出しているんだ!
今日はお昼ご飯にお肉をいっぱい食べたよ! 買い占めやら牧場への襲撃やらで一時期少なくなっていた生肉だけど、邪教の事件が解決した事でどこかに買い溜められていた分が一気に市場に出回っているんだってさ! 大量保管中は魔法で腐らないように管理していたんだろうけど、今安く投げ売りされているお肉はそんな管理下からもとっくに離れて状態が悪くなっている物ばかりだよ! でも火を通せば大丈夫! 火を通せば大丈夫!
事件の臨時収入で少しだけ厚みを取り戻した財布を頼りにして、ハッピーとハイドラ(と度々部屋に来るフィリエルさん)へのお土産を買おうと果物屋さんに向かっていると、なんだか道行く人達とやけに目が合う事に気が付いたよ! 制服を着ている時には貴族じゃないかと警戒されたりもするんだけど、今は普段着だから悪目立ちする事もないだろうし……寝癖でもついてる?
でも僕は知ってるんだ。こんな時こそ慌てちゃ駄目なんだって! キョロキョロと周りを見回していると田舎者のお上りさんだと思われて笑われちゃうからね! 王都を歩くには物怖じせず堂々と前を見る鋼の精神が必要だよ!
そのまま暫く歩いていると更に周りからの視線は増えていって、なんだか憎悪みたいなものも混じり始めてきたよ! うん、これは流石に寝癖のせいじゃないね!
ハッピー、俯瞰してて何か気になることはない? ……ハッピー?
「どうやらここまでかな。はい、捕まえた」
「うわ」
急に影が差したと思ったら、誰かが後ろから伸し掛かるようにして僕の体を抱き竦めてきたよ! 声だけでも十分に判断できるけど、こんな子供の悪戯みたいな事をする知り合いは一人しかいないね! 間違いなくコン子さんだよ!
というかハッピーは絶対に見えていたよね? 教えてくれたら良かったのに。
『
それは……確かにそうかも。きっと僕が逆の立場だったとしても報告しないだろうね! なら仕方がないか!
「こんにちは、コン子さん。わざわざ気配まで消して何か用?」
「やあ。用なら勿論あるさ。キミ、とんでもない事をしてくれたねえ。私としては満足のいく結果なんだけど、レティーシアは事後処理に追われてお疲れ気味だよ。当然、それを手伝っている私もね」
「そうなんだ。大変だね」
「半分はキミに起因する処理だけどね! せめてあの塔が無事だったら名前も出せたのに! あーあ、慣れない作業ばかりで肩が凝ってしまったよ。こうして誰かに寄り掛かって休みたいくらいだ」
そう言ってコン子さんは僕が潰れない程度に後ろから体重を乗せてくるけど、これは休んでるというよりただ単に甘えているだけだよね!
正しい情報を集めたり逆に隠したりしないといけない貴族の仕事量については想像する事しかできないけど、その原因の一部が僕だっていうのなら甘んじてこの重みと周りからの刺々しい視線を受け入れようと思うよ!
そのまましばらく針の
「ふふ、冗談冗談。私はこの程度で疲れたりなんかしないよ。先に言ったように、私は今回の結果にとても満足しているんだ。君は本当によくやってくれたよ。私の同業者がこの地に定着する可能性を見事に摘んでくれた」
「……へぇ、同業者」
「あぁ。思想は極めて善性で、この世界の人間の信仰を集め易い存在のようだった。放置して大衆に認知されたら神格を得ていたかも知れない。早々に処理できたのは幸運だね」
なるほど、同業者ね。同業者。
これは一つ聞いておかないといけないね。
「あのさ、もしかしてコン子さんって──僕達の”敵”だったりする?」
いつでもハッピーとハイドラを召喚できるように合図を送りながら、コン子さんの顔を覗き込んで表情の変化を確認するよ。はぐらかされて判断を誤るといけないからね。
彼女が持っている神聖な雰囲気とか、僕達とはかけ離れた力の方向性とか、考えてみれば確かにハッピーの敵に似ている気がするよね。個人的には違ってほしいけど、もし本当に敵だったら契約者であるレティーシアとも戦う事になったりするのかな? 国外追放じゃ済まないだろうなぁ。
「ん? 急に何を言って……って目、怖ッ! 違うよ!? 寧ろ私達は利害が一致しているだろう!? 先に言っておくけど、争っても互いに損するだけだからね!」
『
「あ、そうなんだ? 安心したよ」
どうやらコン子さんは僕達の敵じゃなかったみたい! 総力戦になるとレティーシアの守護獣を知らないこっちの方が明らかに不利だし、知り合いと喧嘩なんてしたくないから良かったよ!
「あぁ驚いた。キミ、さっきの冷え切った目で相手の顔を覗き込むのは今後控えた方がいいよ。普段が友好的な分、無表情の威圧感が際立ってる。次やったら捕まえて口付けするから覚悟するように」
「警告の仕方が独特過ぎるけど、まぁ分かったよ。そんなに怖い顔をしたつもりはなかったんだけどなぁ。……無表情ってこんな感じ?」
「はい捕まえた。取り敢えず日が落ちるまでやろうか」
「ごめんごめんごめん」
そんな風に遊んでいると通りを歩いていた人の全員が僕達の方を見て立ち止まるようになっちゃったから、完全に道が詰まっちゃう前にコン子さんの誘いでおすすめの喫茶店に行く事になったんだ! 事件が解決した件で気分が良いから召喚獣の分も一緒に奢ってくれるんだってさ! やったね!
ハッピーは寮に帰ってから『母胎』さんと『子飼い』さんから入り方を教わった例の黒い空間の中で一緒にお土産を食べようね! 最近ハッピーが王都で顕現した時の影響力の大きさが何となく掴めてきた僕だよ!
喫茶店までは少し距離があるみたい! コン子さんは周囲の人集(ひとだか)りを置き去りにするように素早く離れると、ちらりと振り返ってわざとらしく肩を竦めてみせたよ!
「いやあ失敗失敗。これでも普段は色々と抑えているんだけどね。さっきはキミに驚かされた影響で少し素が出てしまったよ。近くに居て魅了された人達には申し訳ないね」
「皆が射殺すような目で見てきたからビックリしたよ。前にも思ったけどさ、あの状態ってその場で解除できないものなの? 面倒事の種になるかも知れないよ」
「できるさ。でも魅了されている側も案外心地良いものなんだ。放っておいても悪い事にはならないよ。それに、自然と弱まっていくものをわざわざ一人一人に働きかけて解除するのは時間が勿体ないだろう? これでも仕事が多くてね。私の余暇は高いんだ」
「へぇ」
その割には会うたびに軽口ばっかり叩いて時間を使うよね……とは言わなかったよ! 故郷では空気の読める人間として通っていたからね!
自分の自由時間の希少性について語るコン子さんに相槌を打ちながら歩いていると、やや入り組んだ場所にある喫茶店に到着したよ! 草木で覆われた小さな民家にも見えるその外観に反して中が広くて、全席が個室になってるお洒落なお店!
こういう隠れ家的なお店の情報ってどうやって仕入れているのか謎なんだけど、何か僕には思い付かない店探しのコツとかあるのかな? 貴族向けの情報誌とかあったりする?
「前は空間的に無理があったから、今回はかなり広い部屋にしてもらったよ。ここならキミとハイドラも並べるだろう……並べるよね?」
「うん。ありがとう、十分入ると思うよ。……ハイドラ、コン子さんが奢ってくれるみたいなんだけど来──」
「はい暇です大丈夫です!」
案内された個室で椅子に座ってから声を掛けると、足元に現れた黒い水溜まりからハイドラの本体が勢いよく出てきたよ! さっき軽く合図を送っていたからか、普段以上に反応が早くて助かるね!
そのまま彼女の太く柔らかい足がずるりと一本ずつ引き上げられて、一本、また一本と室内に増えていく
「もし間違ってたら申し訳ないんだけどさ……ハイドラが普段出してるこの足、ちょっと大きくなった?」
「はい、そうなんです! 銀竜さんとの戦いで失った部分が再生して、前より一回り大きく強くなったんですよ。今は力を抜いているのでクニャクニャで柔らかいですけど、ぎゅっとしたら大体なんでも壊せます!」
「おぉ、それは凄いね! 僕も契約者として鼻が高いよ」
「えへへ……あっ、コン子さんこんにちは。今日はありがとうございます」
「こんにちは。元気そうで何よりだよ」
コン子さんが座っている側に足がいかないように上手く全部の足を個室内にねじ込んだハイドラは、正面に座るコン子さんに挨拶をしてから椅子に座った(?)よ!
結局半分以上僕の体が巻き込まれているけど、腕は動かせるし部屋の扉も開け締めできそうだから前回とは全く状況が違うね! 広い部屋を用意してもらえたおかげで今日はハイドラも一緒にお茶が楽しめそう!
ハイドラの足に埋まった僕を見ながら無理矢理納得したように何度か頷いたコン子さんは、備え付けのベルを鳴らして店員さんを呼び出したよ!
「日替わりのケーキセットを三つ。あと、単品のケーキをメニュー表のここから……ここまで貰えるかな」
「は、はい……」
「何か気になる事でもあるのかな? そこの彼女は私の友人だよ」
「いっいえ! 申し訳ありません。失礼しました」
こうやって店員さんとコン子さんが話しているのを聞いてると、なんというか貴族の貫禄みたいなものを感じるよね! コン子さんは召喚獣とはいえクレセリゼ家の関係者には違いないし、持ち前の神聖な雰囲気も相まって特別な威圧感を生んでいるのかな?
それとメニュー表を範囲指定して頼むひとって初めて見たよ。値段は元から気にしていないんだろうけど量は大丈夫なのかな?
「今の注文、かなり数が多かった気がするんだけど全部食べられるの? 僕、昼食に結構食べちゃったんだよね」
「ハイドラが食べるだろう? それに、私もこの程度の量なら問題はないさ」
「へー」
確かに全長が大きいハイドラは沢山食べられるだろうけど、最初に見た姿が小さな狐さんだったコン子さんにそんな印象はなかったよ! 人型だと僕より頭一つ分背が高いとはいえ、それでも常識的な人間の大きさに収まっているからね! 大柄な軍人さんや冒険者の人なんかはもっと大きいよ!
「別に食べないと体が維持できないって訳じゃない。初めて肉体を持って、新しく湧いてくるようになった生物的な欲求が面白くて仕方がないのさ。心配しなくても私は太ったりしないよ。まあ、女として部分的に大きくなる事はあるかもしれないけどね?」
「口とか?」
「キミが私の事をどう思っているのかよく分かったよ。ハイドラ、そのまま締め上げてやってくれ」
「え、あの、それはちょっと……」
冗談冗談! コン子さんがたまに大口を叩くのはそれが理由かぁとか思ってないから!
そんなコン子さんからの容赦ない頼みを断ってくれたハイドラだけど、その割に足がゆっくり絡み付いてきて密度が上がっていってるのはどうしてだろうね? もしかしてこれ無意識でやってる? 今のところは粘液で滑りが良いのも相まって気持ちのいい締め付け具合だけど、あんまりやり過ぎると人間は簡単に潰れちゃうから気を付けてね!
それから僕達は次々に運ばれてくる大量のケーキをペロリといったよ!
ハイドラはそこそこ大きな食べ物でも丸呑みできるし沢山食べるのは予想通りだったけど、コン子さんも事前の申告通り同じくらいの量を食べていたね! いつも余裕そうにしている表情を崩してニコニコしながら食べ進めている姿が可愛かったよ! そんな風に思った事をそのまま伝えたら口の中にケーキを捩じ込まれたけど!
店員さんが食後に淹れてくれたお茶もこれまた美味しくて、食前、食中、食後と毎回違うお茶が用意されていたところに
「いやぁ、この店を選んだのは気まぐれだったけど中々悪くなかったね。静かで雰囲気もいい。あと個室が広い」
「そうだね。でもまさか途中で更に注文を追加するとは思わなかったよ。本当にハイドラの分も奢ってもらって良かったの?」
「いいよいいよ。確かにキミ達には仕事を増やされたけど、それ以上に大きな仕事を片付けてもらっているからね。この恩を返すには金銭や物品なんかじゃなくて、もっと価値のある何かが相応しいだろう。例えば……情報なんかはどうだい? 私に何か質問があるのなら、今なら少しくらい立場を踏み越えて答えようじゃないか」
「質問かぁ」
コン子さんって明らかに特殊な存在だし、一人の召喚師として気になる事は当然あるよね。でも本人が自分から話さないような事を恩に着せて聞き出すのも何か違う気がするし、そもそも貸しを作ったっていう感覚が無いからそう言われても困っちゃうよ!
かといって何も訊かないのもコン子さんの方がスッキリしないだろうし……何か彼女が納得してくれそうな丁度いい質問はないかな?
「うーん……ハイドラは何かある?」
「はい! 契約者の方に使ってもらうために召喚獣として心掛けている事はありますか!?」
「え?」
「契約者の方にもっと使ってもらいたいんですが、召喚獣としてどのように努力していくべきだと思いますか?」
「えぇ……」
これ、もしかして僕への当て付け……? ……いや、別契約者のところの召喚獣とこういう話をする機会なんて今まで無かっただろうし、自分が召喚獣としてどんな風に振る舞っていけば良いのか分からなくて不安になっているのかな?
確かに学園ではクラスメイトと召喚獣達が授業を受ける様子は見られても、彼らが家でどういう交流をしているのかは分からないもんね! これはハイドラの不安に気付けなかった僕が悪かったよ! 深い質問だなぁ!
「それは本人に訊きなよ……と言いたいところだけど、一つ効果的なものを知っている。教えてあげよう」
「本当ですか? 是非お願いします!」
「召喚師に自分を重用させる方法、それは──女と技術を磨いて、相手を自分に依存させる事だ」
「……? お、女と技術……?」
「特に異性であれば簡単さ。今回肉体を得てみて分かったが、性欲というものは存外に強い衝動を生む。快感に耐性の無い思春期の少年を虜にするなんて、コトに及びさえすれば私達なら容易だろう」
「あのさぁ……」
もうその真面目そうに取り繕った表情で分かるよ。ふざけてるって。
コン子さんにとっては軽い冗談でも、ハイドラは真面目な子なんだから内容には気を付けてほしいね! もし真に受けちゃったら大変だよ!
「僕の召喚獣に変な事教えるのやめてもらっていい? 先輩
「は、はい……貴方のハイドラです……」
「悪くない案だと思うんだけどね。実際、召喚師と召喚獣のそういう事って、こんな世界では少なからず起こっているんじゃないかな?」
「どうなんだろう。故郷では他に召喚師なんていなかったからなぁ」
召喚師が集まっているのは王都だけど、その大半が貴族だって事を考えると契約を越えた力関係なんて生まれない気がするよね! 普通は自分の召喚獣よりも先に家の守護獣と仲良くなっているだろうし!
お茶を飲みながら召喚師と召喚獣の関係性について考察していると、暫く僕を拝んでいた(?)ハイドラが我に返って
「あの……ちなみになんですが、やっぱりコン子さんはそういった経験が豊富に……?」
あっ、ハイドラがコン子さんの触れちゃいけないところに触れようとしてる!
以前エルピスさまの教会に行った時にも似たような話題になって機嫌を損ねちゃったから、今回は同じ過ちを犯さないように契約者として穏便に注意を促そう!
「……あぁ、それなら勿論──」
「ハイドラ待って。いくらコン子さんが話し易いひとでも、相手の答え辛い部分に踏み込み過ぎちゃいけないよ。親しい関係にこそ配慮が必要なんだ」
「えっ? ……あっ……ごめんなさい。そうですよね。コン子さん、すみませんでした」
「……ヘレシー、キミの会計は自腹だ」
……なんで?
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