伝道者 ~エヴァンジェリスト~
maria159357
第1話 無限の破片
伝道者 ~エヴァンジェリスト~
無限の破片
登場人物
名もなき伝道者
死すべき時を知らざる人は、生くべき時を知らず。 ラスキン
第一承 【 無限の破片 】
人は何の為に産まれてくるのか。そして、なぜ死ぬのか。
死ぬという結果があるのに、必死になって生きているのはなぜか。
変わらぬもの、劇的に進化を遂げるもの、進化によって退化するもの、増加と減少を繰り返し、さらに科学は発展する。
学習能力が高いのか低いのか、理解不能な人間は、一体どこまで進めるのか。
「師匠、ありがとうございました」
一人の青年が、頭を下げた。
砂漠になりかけた広い荒野の真ん中に、ぽつん、と立っている墓は、大きめの石でできていた。
砂に水を与えて少し固めると、そこに数本の花を置く。
花は風にのってゆらゆら揺れているが、固められた砂から簡単に抜けることは出来ず、墓に眠っている主の傍で謳っていた。
青年は墓に一礼した後、墓がある荒野をあとにした。
青年の右の瞳は、宝石のような輝くグリーンであった。
身体を覆い尽くす大きめのパーカーを着て、頭にはフードを被り、大きめのショルダーバッグを肩にかけている。
いつの時代にも顔を見せると言う、その不思議な青年の姿は、どの史実にも記載されていない。
古にもその姿を見せていたというその男は、未来にもその存在を示す。
時空を越えて伝えるべきこと。
そんな青年の名は、現れる時代、国によっても異なるため、誰も正確なことはわからない。
それでも青年は旅をする。
それが、彼に託された、唯一のこと。
その国では、戦争が行われていた。
いつの時代かは定かではないが、使われている武器は農具や剣が多い。
平民が戦い、平民が死んでいく。
港から見ると、それはそれは高く強靭な鉄の壁が聳え立っている。
その上にはさらに鉄線がついており、逃げようとする者には電気が流れる仕組みになっているようだ。
逃げた者は、その壁に磔にされ、見せしめに処刑され、その死体は晒される。
その壁は空から見ると四角の形をしている。
しかし、中央の方にはもう一つの壁が存在し、そこも四角の形をしている。
その壁は、外の壁よりも強い素材で作られており、そう簡単には壊れないようだ。
戦争をしているのにも関わらず、中央の壁にはほぼ傷がついていない。
だからこそ、この戦争は何百年、いや、それ以上もの間、戦争を長引かせているのだろう。
中央の壁は分厚く、その中にはひとつの丸い施設がある。
そこでは富裕層が集まり、戦争を眺めるという娯楽を楽しむ。
逃げ惑う人の姿、殺し殺される人の姿、泣き叫ぶ人の姿、全てが彼らにとっては心を弾ませるものに過ぎないらしい。
最近では、富裕層の存在さえ分からない者達が、戦争を繰り返す。
そしてまた富裕層の者たちも、近年ではあまり姿を見せない。
緑の目をした青年は、これらの様子を史実として書き留める。
騎士たちは宿命と言わんばかりに日々戦い続ける。
そう、言い忘れていたが、この国の名は“ボヌール”という。
“幸せ”を示す、名の国だ。
港町へ向かってみる。
港町は港町で、海賊に襲われていた。
「助けて!お願い!」
「ママ―!!どこー!!」
「早く行きなさい!逃げて!」
「いやーーーー!!!!」
青年のもとに、一人の少女が青年に助けを求めに来た。
「た、助けて・・・」
「・・・・・・」
青年は、倒れるように凭れてきた少女を抱きとめると、海賊が来ている港から離れた場所へと連れて行き、そこに寝かせた。
女は売られ犯され、子は刈られ奴隷にされ、男は容赦なく殺される。
家を焼かれて、金になりそうなものは全て持っていかれてしまう。
それでも港町に住む者達は、そこ以外での生活が許されない。
「今回は生存者が多かったな」
「なんでこんなことに・・・」
そんなことがあっても屈せず、諦めず、彼らは再び町を立てなおす。
零から作りあげて行く。
ひとつだけではない港町だが、海賊が他の町を襲っても、何も連絡手段がない。
新聞も電話も無いというよりも、富裕層に取りあげられてしまうため、いつ海賊が来るのか、わからない。
「ヒュート、何を作ってるの?」
「連絡手段だよ!これがあれば、他の港町と連絡とれるでしょ?」
「!やめなさい!」
母親が、息子が作っていたよく分からない機器を取りあげ、壊した。
「何するんだよ!」
「こんなもの作るんじゃない!」
彼らは戦争している国、ボヌール同様、監視されている。
町が復活し、彼らの生活が徐々に平凡になってくると、監視していた富裕層が外部に連絡を取る。
そして、依頼するのだ。
―また町をひとつ、襲って欲しい、と。
港町で生活する者は知らない。
ただ、今回は不運にも自分達の町が襲われた、という認識なのだろう。
だが、少しでも不穏な動きや物作りをしようものなら、すぐにでも襲われる。
それだけは分かっていることだった。
港町は互いに壁で覆われており、逃げ場もない。
なぜ誰も助けに来ないのか、と問われれば、答えは簡単だ。
それは、政府も全てがグルだからだ。
戦争地のボヌールでも、監視の目が光っている。
青年は、ひとつ、ため息を吐く。
口元を布で覆い、身体を休めている騎士がいた。
「デルト、俺達はいつまで戦ってればいいんだ?」
デルトと呼ばれた男は、騎士だ。
デルトたちの旗は、真っ赤な生地に鳩が描かれている。
「生まれてからずっと戦って、死んでいくだけなんて、俺はもう耐えられないよ」
「俺もだ。仲間だって失くして、家族だって死んで、何の為に戦ってるのかわからなくなってきた」
昔から、この意味の無い戦争をおかしいと感じている者は少なくなかった。
それでも戦う事を拒めないのは、拒めば捕まり捕えられ、処刑されるのを、彼らは知っているからだ。
「イ―リス、マンダ、それにみんな。戦いたくないのはみんな同じだ。同じ気持ちだ。だが、嫌だで済むほど簡単なことじゃないんだ。ここまでわざと死者が出ないように戦って来たんじゃないか。ロルダとも話し合って、こうしてなんとか生き長らえてきたんだ」
「それは・・・そうだけどよ」
「時が来るまで待つんだ」
ロルダとは、デルタたちと戦っている、相手側のリーダーの名だ。
デルタもロルダも黒髪の騎士で、互いに同じ歳ということもあり、気が合う。
ロルダの旗は真っ青な生地に燕が描かれている。
それはデルタの旗同様の気持ちが込められている。
―いつか自由を掴めるように、と。
いつからか、彼らは戦争中にも関わらず、戦う振りをして心を通わせた。
無駄な死者が出ないよう、戦おうと決めた。
そしていつか、中央の壁を破って奴らを一掃し、外の世界を見ようと。
「先人たちの教えでは、壁はとてつもなく硬く、分厚い。俺達の持っている武器ではそう簡単に破れない。だからこそ、コツコツと削ってきたんだ。例え俺達自身が出られなかったとしても、次の世代、その次の世代の奴らが壁を壊してくれればそれでよい」
勿論この会話、普通にしているわけではない。
幸せを名乗ったこのボヌールは、監視されているのだ。
昼間は通常の監視がされており、夜には夜に適した監視カメラが作動するのだ。
何年か前にそれを知り、彼らは夜にも下手な行動は取れないと、学んだ。
声まで拾われてしまうその監視カメラを前に、彼らはある手段を取る様になった。
それはモールス信号のような記号を使っての連絡だった。
だが、チカチカと何かを点滅させようものならすぐにバレてしまうため、点字を使う場合や、言葉の並びを変えて別の文章を作るなど、そういったことをした。
デルトとロルダは敵同士のため、二人は戦う以外で一緒にはいられない。
そういう時には、申し訳ないが死体で連絡を取るのだ。
「そういや、俺、変な奴見掛けたんだけど」
「変な奴?」
「ああ。初めて見る顔でさ」
「キングダムの奴らじゃねーの?」
キングダムとは彼らが勝手に読んでいる、富裕層たちのことだ。
「んー、そういう感じじゃなかったんだよな。なんか右目が緑色しててさ、気味悪かったんだよ」
「どのあたりで見掛けたんだ?」
「それがさ・・・」
マンダが指差した場所は、壁の上だった。
「無理だろ。あの高さにどうやって行くんだよ」
「わかんねーけど」
「気のせいだろ?疲れてんだよ」
「そうかなー・・・?」
特別な移動手段か、特殊な能力でもない限り、あの高さの壁を上ることなど出来ない。
デルトたちはその日の疲れを忘れるように、ゆっくりと眠りにつくのだった。
「はあ、なんだか退屈よ」
「どうしたんだい?ワインがお気に召さなかったかな?」
ロングの青い髪に、女性らしいメリハリのある身体のラインが出たワンピースを着た女の肩に、男が口づける。
「ふふ、違うわ」
「じゃあ、なんだい?俺に退屈したのかな?ロバンナ」
クスクスと笑い、男を誘惑するように身体を密着させる。
唇に触れるか触れないかまで近づき、ロバンナは男を見つめる。
「ボヌールのことよ。でも、最近確かに私の相手もしてくれてないわよね?」
「なんだ、寂しいなら寂しいって言ってくれれば、いつだってお相手するよ?」
「ふふ。じゃあ、今からでもよろしい?」
男はロバンナが自分の口に触れないことにじれったさを感じたのか、自ら口づける。
周りに人がいるのもお構いなしで、その口づけは徐々に深くなっていく。
「ん・・・ねえ、さすがにここじゃあ嫌よ?ベッドの上がいいわ?」
「恥ずかしがってる君も可愛いね」
「その言葉、何人の女に言ったのかしら?」
決して愛など無くても、彼らは一夜を共にする。
彼らに言わせていれば、愛の無い相手と身体を重ねることだって、娯楽のひとつなのだとか。
金が舞い、政治も乱れ、命のやりとりがされている場所で、またこうした遊戯が始まる。
「ねえ」
「なんだい?」
「今夜はじっくり、抱いて下さる?」
「仰せのままに」
ボヌールを挟んで港町の逆の場所には、砂漠が存在する。
きっと港町の人もボヌールの人も、知らないだろうが。
人が存在していないその場所で、花や草が懸命に咲いている。
砂漠の地下にある水を、僅かな力で必死に組みあげているのだ。
青年は肩膝をつくと、その花に触れる。
「・・・・・・」
すぐにでも折れてしまいそうな花だが、確かに色付いたソレは、逞しい。
「人間は、君たちよりも遥かに愚かだ。そして脆く、弱い」
花は青年の言葉に笑う様に、風に揺れる。
「だが、君たちのように、強く逞しくもある」
青年は小さく笑うと、再び歩き出した。
「ロルダ、そろそろだな」
「ああ、こっちも準備は出来てる」
いつまでも、時代の操り人形じゃいられない。
歴史を作りあげる者はいつだって、命を懸けて戦い続ける。
時代を作る者はいつだって、その手に持った信念を手離さない。
「いつの世にも、いるものだ」
彼らは戦う準備をする。
「デルト、俺達も行こう」
「ああ。これが一歩目だとしても、歩きださないよりよっぽどマシだ」
「キャーーー!!」
「海賊だ!!逃げろーーー!!!」
「いやー!助けて!!」
少女は、生まれてから初めて見る海賊に、目を奪われていた。
恐怖は勿論あったが、足が動かなかった。
黒髪の少女は、目の前に来た、自分よりもずっと大きい男に、目を大きく見開く。
逃げることも泣くこともしない少女に、男はニヤリと笑った。
少女のいた港町には、ここ最近宝石の原石が取れるという話があった。
きっとそれを狙ってきたのだろう。
「譲ちゃん、名前は?」
「・・・キュート」
「俺達は海賊だ。譲ちゃんはまだ小さいが、金で売れる。わかるな?」
「うん。みんな、言ってた。海賊は怖いって。私は女だけどまだ子供だから、売られるだろうって」
「そうかい。なら、話は早ぇな」
キュートという少女は、外の世界に興味があった。
だから、海賊に誘拐されると理解したときから、夢見るようになっていた。
もしかしたら、他の景色を見られるかもしれないということに。
キュートは、海賊の男に着いていった。
「ねえおじちゃん」
「なんだ。余計なことは話すなよ」
「海賊って、なに?」
「ああ?」
「悪い人なの?」
「お前の親殺して、町襲ったんだぞ。お前のことだって誘拐してきた」
「だって私、お外に行きたかったの。だから、今とても楽しみなの」
「?」
「海ってどんなところかな?これから行くところって、どんなところかな?」
キュートの目は、キラキラしていた。
何も知らない子供にとっては、初めての世界だった。
船に乗るのだって初めてで、親以外の男の人と話すことだって、そんなにない。
だからキュートにとっては、怖いことではなかった。
「ねえねえ、あれはなに?」
キュートが指差した方向では、クジラがホエールジャンプをしていた。
「あれはクジラってんだ。この船にぶつかったら、この船ごと沈むな」
「クジラ?この水の下に住んでるの?」
「ああ」
「すごいね!私、水の中で息出来ないもん!」
「・・・あのな、クジラだって水中で息出来ないんだぞ。哺乳類だからな。息する為に、時々浮遊してきて、潮吹くんだ。それが息してることになるんだ」
「ほにゅう・・・?しお?」
「えっとな・・・」
海賊の男は、他の子供たちとは違うキュートの質問に答えていた。
興味津津に色んなことを聞いてくるキュートは、船の掃除や雑用も、こなすようになった。
きっと、キュートは知っている。
泣いてもどうしようもないことを。
大人から聞いていた海賊は、やはり残虐極まりないものだった。
何もしていないのに、家は焼くし人は殺す。
でも、助けるだけの力が自分になかったのもまた事実。
自分の親でさえ、今生きているのかわからないけど、キュートは生きるしか道がない。
「ねえ、あれはなに?」
キュートは、また指差した。
今まで見たこともないくらい、輝いている星を。
「ああ?星をしらねぇのか?」
「星?」
キュートはいつも夕方になると家に入ってしまい、夜に外に出たことがない。
だから、夜の空がどうなっているのか、知らなかった。
「星・・・初めてみた!とっても綺麗!」
キュートにとって、まだ旅は始まったばかり。
月も星も、こんなに暗闇だから輝きを放っていること。
「ねえ、あれはなに?」
「ん?」
キュートが指差した先には、見知らぬ海賊の船。
「やべ。すぐキャプテンに報せねぇと!!」
そしてまた、時代は巡る。
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