第86話 赤い月
クラスメイトがついに魔王領にまで到達した。
そんな噂を聞いてから、商談は終わり、令嬢はレースと胡椒と帽子と角砂糖とガラスのシュガーポットと化粧品と高級石鹸等を購入されて行った。
クラスメイトがやや心配ではあるけど、戦闘スキルはたいして強くもない私は特にできる事もないので、夕食にすき焼きを皆で食べた。
夜になって、寝る前に近所に預けていたクリスを引き取りに行った。
公園の側で頭上を見上げると、月が驚くほど赤く、不吉な雰囲気だった。
「号外〜〜!! 魔王が勇者一行と遭遇!!
魔王が倒されました! 勇者達の尊い犠牲によって! 魔王が倒されました!」
夜だと言うのに、公園には煌々と灯りが灯されて、号外のビラを配る人が公園で声を張り上げていた。
「え!? 相打ち!?」
展開も成長も早すぎる。
一年もかからずにもう魔王を倒せたなんて、勇者はチートで経験値三倍以上とかも貰っていたの?
それとも超強い武器を持っていたとか、聖剣とか?
それが凄かったのかな?
それにしても、いきなりクラスメイトの訃報を聞くとは……。
私は風に乗って飛んで来たビラを一枚拾ってクリスちゃんと家に帰った。
クリスを部屋で寝かしつけてから、私はクラスメイトの記事の載ったビラを、コウタと紗耶香ちゃんに見せた。
瞬間空気が凍りつくようだった。
コウタが窓の外を見ながら言った。
「街は魔王討伐でお祭り騒ぎか?」
「号外配って騒いではいたけど、同時に勇者パーティーが逝ってるから、お祭りはどうだろうね」
「てかさー、もう魔王倒すまで強くなっていたとか、勇者パーティー成長スピード早すぎない?」
紗耶香ちゃんの疑問は最もだ、私もそう思った。
「そんなに勇者パーティーの成長が早いならもう少し……じっくり強くなってから挑めば相打ちじゃなくて完勝できたんじゃないのかな」
コウタが窓越しに赤い月を見ていた。
紗耶香ちゃんもつられて窓の外を見た。
「王様に早くしろってせっつかれていたのかなぁ? うわ、月がめちゃ赤い!」
「ブラッドムーンって言うんだっけ」
私は地球で聞いた呼び名を思い出して言った。
「血とか怖〜〜」
「地球にいたらこんなのただの天体ショーだって思っただろうにな」
権力者怖いなあ。
「どうする? 明日は朝から喪に服す? 黒っぽい服を着る?」
「そうだね。明日も貴族のお客様が来るけど」
「あ、私、離れにいるラウルさんにも一応魔王討伐の件を知らせて来るね」
冒険者だから、情報は多い方がいいだろう。
私は離れに行って、ラウルさんにも魔王討伐のビラを見せた。
「これは……そうか、勇者一行が……」
ラウルさんは黙祷のように目を伏せた。
「それでは、明日もよろしくお願いします。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、カナデ」
私がラウルさんに報告とおやすみを言ってリビングに戻ると、テーブルの上には白い生花と蝋燭が飾られていた。
紗耶香ちゃんかな?
紗耶香ちゃんのスマホからはオルゴールのメロディが流れていた。
レクイエムの代わりなんだろうか?
廊下から紗耶香ちゃんがお皿を持って現れた。
「あ、カナデっち、お帰り。チョコある?」
「え、ああ、あるよ、袋入りをあげておくね」
私はアイテムボックスからチョコを取り出した。
「サンキュ」
紗耶香ちゃんは袋からチョコをいくつか取り出して、小皿に盛り、花や蝋燭の前にお供えした。
「……南無阿弥陀仏」
そう言って静かに手を合わせた。
「紗耶香ちゃんも仏教徒なの?」
「ただ他に死者に言う言葉が分かんないから」
「だよね……」
「コウタとライ君は?」
「明日も早朝から走り込みだからもう寝たんじゃない?
貴族が来る前にも体力作りに頑張るよね〜」
「両親の為にも失敗出来ないものね」
「アタシ達はさあ、相打ちとかでなく、ちゃんと皆で生き残りたいよね」
「そうだね」
それから、数日、貴族の令嬢相手にレースや胡椒や砂糖や化粧品等を売ったりした。
五人目の令嬢、アーシェラ侯爵令嬢から、とある地方にドラゴンが出て、討伐隊が組まれると言う噂を話してくれた。
その時、ピロンと音がした。
【ドラゴン討伐クエストを受けますか?】
と言う文字が眼前に出て来た。
一撃でも攻撃が命中し、討伐が成功すれば、経験値は山分けと書いてある。
このメッセージが眼前に出たのは私だけでは無いらしい。
コウタと紗耶香ちゃんにもだ。
私達はしばらく顔を見合わせた。
コウタは覚悟を決めたような顔をして、承諾すると言うボタンに手を伸ばした。
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